上昇、下降

「トランスパーソナル」ヘと進む道の第3段階は、「下降の道」であるといいました。それは、日常に着地しつつ、自分を越えた何かの働きを享受することです。頭の中だけの考えや、机上の学問だけではなく、きちんと地に足をつけた実践が大切であるということも言っている気がします。また、易経の時のブログで書きましたが、今までの苦労が実って人々から高く評価されるようになると、どうしてもその実践の評価ということを忘れて、その地位とかが評価の様な気になり、そんな気はなくても、どうしても驕り高ぶるようになります。驕り高ぶると、周りの人々の意見をよく聞いて取り入れる心や風光明媚な自然を愛でる心が失われてきがちです。そうなると、兆しを察する能力は衰えてきます。すると、幾が見えず、せっかく上り詰めた地位から転落してしまいます。易経では、このような段階を「亢龍(降り龍)」と言っています。

以前のブログで、孔子のこんな言葉を紹介しました。「上下常なきは、邪をなすにあらざるなり。進退恆なきは、羣を離るるにあらざるなり。君子徳に進み業を脩む、時に及ばんことを欲するなり。故に咎なし。」これは、ある時は成功して上になったり、またある時は失敗して下位に下ったりするときがありますが、そのように常に一定を保たないのはなにも野心・野望などのよこしまな心、邪な思いからではないのです。また、進んでみたり退いてみたりと行動が定まらないのは、独断専行して部下がついてこないからではないのです。すでにいくつもの経験を重ね、充分に業を修めているので、この時期は、時を捉える力をしっかりと培うためにあるのです。もし、失敗したとしても、大きな過失には至らないと言っています。この言葉は、上がったり、下がったりしながら次第に真の力がついてくると言っているのでしょう。

人生は、必ずしも上昇するだけでなく、下降の時期もあるものです。それを著した言葉に「禍福はあざなえる縄の如し」「人間万事塞翁が馬」「人生山あり谷あり」「楽あれば苦あり」などがありますが、若干ニュアンスが違いますが、これらの言葉は、悪い時期の時の慰めに使われたでしょうが、人生には、予期しない悪いこともあります。人生は、計り知れないのです。今回の東北大震災も、それほどのことが起きるとはだれも思わなかったでしょう。英語に、It’s a long lane that has no turning. (曲がり角のないのは、長い道)という言葉がありますが、悪いことがいつまでも続くことはないから苦しくても、いいことは、必ず起きるということを言っています。

テレビドラマ「レガッタ」の挿入歌にも使われたダニエル・パウターの「バッド・デイ?ついてない日の応援歌」では、「人生は円であり、上に上る事もあれば、下に下がることもある。今、ボクは人生が上向いているけれど、いつ下がるかわからない。それと同じで、もしも、あなたの現在が『バッド・デイ』だとしても、良くなるときが必ず来ると思うよ。」という歌詞があります。

下がることは、上がる時のための準備とも言えるかもしれません。今年の6月の「nature communications」に「鳥の飛行のように、海洋生物も上昇と下降をくりかえして進むことがわかった。」という記事がありました。長距離の移動は、動物にとって非常に体力を消耗する行動の一つです。鳥は飛行の際、羽ばたきによる上昇と滑空による下降を周期的にくりかえし、エネルギーを節約することが知られていますが、この飛び方と同じように、ジンベイザメやキタオットセイなど4種の海洋脊椎動物も、ひれの動きを止めた下降を周期的に行い、上下に波打つ遊泳パターンをえがいていることがわかったというものです。

先日、乗った船を後ろについてきたカモメは、手で差し出した餌を取ろうと、上昇と下降を繰り返して餌を狙って、見事についばんでいきました。人生における上昇、下降も、人生を効果的に生き、目的に到達するうえで必要なことかもしれません。