風の祭

現在、台風が日本を襲っています。各地での被害が少ないことを願うばかりです。今年は、東北大災害があったので、自然の脅威を思い知らされていますが、台風は怖いですね。先日のNHK歴史秘話ヒストリアでは、「地震の神様 命を守る闘い?関東大震災を”予知”した男 今村明恒の苦闘?」という内容を放映していました。関東大震災の18年前、今村は過去の地震の統計調査から、来るべき大地震を警告、都市の防災を訴えます。しかし新聞がこれをセンセーショナルに報じ、パニックが発生。結局、他の学者が火消しに奔走し、今村は「ほら吹き」と呼ばれました。そして、対策が進まないまま、大正12年9月1日、今村の警告は現実のものとなり、関東大震災が発生し、大きな被害をもたらしてしまいます。そして、その被害は彼の予測通りのものだったのです。
地震の予知についての研究がその後進みますが、たびたび日本を襲う台風についての予測も研究されてきました、現在では気象学が発達し、観測技術も高度に発展していることから台風の接近の時期はかなり正確に予測できるようになり、台風による被害も昔に比べれば遙かに少なくなってきています。しかし、人工衛星や高層の雲のレーダー映像などを活用できなかった昔は秋に訪れる台風は恐ろしい存在でした。
 しかし、台風の脅威は、農耕民族である日本人にとっては特に深刻なものでした。それは、最重要な農作物である米の生産においてもその収穫時期に当たるため、台風が稲の刈り取りの前に来るか後に来るかで、その年1年の努力が水の泡になるのかどうかにかかっているのです。そのほかの穀物や果実も収穫の時期と重なり、かつて青森のリンゴに大きな被害をもたらしました。また、台風は、海が荒れるために漁をする人たちにとっても大きな影響を与えます。
そのように昔から日本人にとって台風の到来やその進路は非常に生活に密着していたのです。そこで、暦に「嵐の来る日」として「二百十日」が載るようになりました。二百十日とは立春の日から数えて210日目の日だということから名付けられたものです。二百十日を最初に掲載した官暦は1684年の貞享暦だそうですが、この貞享暦の編纂を行った渋川春海が釣り好きで、たびたび出かけた品川の漁師から教えられたのがきっかけだと言われています。しかし、それ以前から、民間の暦ではすでに記載されていたとそうです、その時期に台風には気をつけよということは人々の間では言い伝えられていたようです。同様に、立春から数えて220日目)も、台風の多い頃として警戒が必要な時季とされています。今年は、9月1日が二百十日、11日が二百二十日にあたりますので、今回の台風は、まさにその時期ですね。
こんな自然災害に対して、二百十日前後に人々は、農作物を風害から守るため、神に祈る祭りである「風祭り」を行います。その一つが、今年、講演先の皆さんの心遣いで越中八尾の「おわら風の盆」を見ることができました。
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風神を踊りにあわせて送り出してしまう祭りといわれ、300年以上の歴史があるそうです。この祭りは有名で、一度見てみたいと思っていましたが、「風の盆」の風というのは台風の事とは知りませんでした。女性は、それぞれの町によって違う彩りの涼しげな揃いの浴衣に、編笠を、その下からあごがかろうじて覗けるくらいに深くかぶり、実に幻想的であり優美です。それに対する男踊りは、手の動きの切れが鋭く、足を挙げるしぐさが多く、とから強さを感じます。また、その音色は、三味線、太鼓という演奏に、胡弓の音色がしみじみとした、潤いを感じさせます。
遠く傾斜地に建つ家並みに沿って並ぶぼんぼりに淡い灯が、長く伝えられた自然への庵を感じました。yatuomatinami.jpg
本来、その町並みを流して踊るのですが、あいにく小雨で、胡弓や三味線は雨には弱いため、舞台での各町内の踊りを見ました。
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小さな子どもたちまで踊る姿から、地域に伝承される自然への畏敬の念を感じることができる祭りでした。