日本の食文化

国際食学協会(International Food and Health Culture Association)通称IFCAという団体があります。この協会では、日本の良き食文化・食の智恵を「食学」と定義し、「食は命なり」「健康・道徳・経済の根源は食である」という理念によって、石塚左玄が説いた食養学などを普及しています。現在でも天皇家の献立は「食養学」に基づいて作られることがあるそうで、その考え方は、特に日本人の体にとって理にかなったものであり、最近の目覚ましい食の文化・技術・理論の進化や欧米型の食生活が、私たちに食の広がりをもたらした半面、私たちの体に変調をきたしています。そんなことから、また日本で見直されてきているだけでなく、欧米先進国でも日本の古き良き食文化が注目され始めています。
石塚左玄は、食養という学問をきちんと体系化し、書物にも表しています。その内容は大きく五つありますが、今でも参考になる考え方です。一つ目は、「食物至上論」です。すべての本は食にあるという考え方です。「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」というように、食が心身の病気をも作用するというのです。「命は食なり」ということで、人の心を清浄にするには血液を清浄に、血液を清浄にするには食物を清浄にすることであるとしました。
二つ目は、「人類穀物動物論」ということで、食養理論を著した「化学的食養長寿論」という書物の初めに、「人類は穀食(粒食)動物なり」と書かれてあります。人間は、肉食でも草食でもなく穀物食であるということです。それは、人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、菜類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、この歯の割合で食べるべきだというのはおもしろいですね。ですから、基本的に人類は穀食動物であり、臼歯を噛み合わせると、粒が入るようにへこんでいるため、粒食動物とも言うとしました。三つ目の「身土不二論」は、以前ブログで書きましたが、その土地でとれるものを、その旬に食べることです。その土地の環境にあった食材は、その土地で生活する人の体を守るようにできています。住んでいる場所の自然環境に適合している主産物を主食に、副産物を副食にすることで心身もまた環境に調和することを説いています。
四つ目は、「一物全体論」で、生命あるものを丸ごと食べるという考え方です。野菜は根から葉まで、小魚は頭から尾まで、全部食べるとよいといいます。確かに、大根の葉は捨ててしまいますが、ここにはビタミンCが豊富に含まれた折、にんじんに含まれるβ-カロテンは皮の下の部分に最も多く含まれていますし、じゃがいもは皮つきのまま調理すると、ビタミンCの損失を最小限に抑えることができます。また、この考え方は、「捨てるところがない」ということで、ゴミも出しません。最後が、「陰陽調和」です。これは、石塚らしい説です。陽性のナトリウム、陰性のカリウムのバランスが大切であると当時の西洋栄養学では軽視されていた考え方を提唱します。ナトリウムの多いものは塩のほかには肉・卵・魚と動物性食品、カリウムの多いものは野菜・果物と植物性食品ですが、となる。しかし、塩漬けした漬け物や海藻は、塩気が多いためにナトリウムが多いものに近い。精白した米というカリウムの少ない主食と、ナトリウムの多い副食によって陰陽のバランスくずれ、病気になるという考え方です。
すべてこの通りということではありませんが、少し、食事を見直してもいいかもしれません。

日本の食文化” への6件のコメント

  1. 健康食としての日本の食文化に30年以上前から注目していたのがアメリカです。1977年に上院栄養問題特別委員会のジョージ・S・マクガバン委員長が発表した、通称「マクガバンレポート」によく表れています。当時のアメリカは、がん、心臓病、糖尿病などの生活習慣病が蔓延して、医療費が膨らんで財政を圧迫していました。これを解決するには、肉食中心の誤った食生活を改善する必要があり、最も理想的な食事と定義したのは、何と、「元禄以前の日本の伝統的な食事」だというのです。なぜ「元禄以前」なのか?実は、元禄時代に精米技術が発達して、その頃から白米を食べるようになったからです。その結果、「江戸患い」と呼ばれる脚気が大流行したという史実が残っています。アメリカ人も玄米や野菜中心の日本の伝統食の良さに気づいていたのに、肝心の日本人は、和食を忘れ洋食文化こそ豊かさの象徴と勘違いしてしまったのが、生活習慣病の増加を生んだ最大の原因です。

  2. ブログのお誕生日おめでとうございます。
    日々ブログを拝見しております。
    今回のブログで興味をもったのは「人類穀物動物論」です。
    生きていく上で必要なことの一つに、自分自身の身体を見つめていくこと、そして「自分」を含めた「人類」を理解してくことも大切だと思いました。

  3. 歯の話はおもしろいですね。どの種類の歯がどれだけ生えているから、そこから考えるとどのような割合でモノを食べるべきだという視点は、自分にとっては斬新な視点です。食に関しては、一番の基礎に身体や健康があるべきだと思っていますが、歯の種類のことは頭になかったです。まだまだそのようなこと、身体から食を考えてみることは奥がありそうな気がしてきました。

  4. 石塚左玄の食養学は参考になりますね。「食物至上論」はその通りだと思います。食が本で体や心が末という発想はおもしろい。私たちは兎角「体」や「心」を議論しますが、食が足りていないと身体も心も議論できません。その意味で「食は本」。なるほど。「人類穀物動物論」、これまた興味深い。それぞれの歯は何のためにあるか、ということを考え、そこから私たちが食べる食の割合をはじき出しているところはすごいですね。穀物:菜類:肉類=5:2:1、肉類が菜類の半分、穀物は肉類の五倍、というところから考えると、焼肉屋に行って肉でお腹を満たすことはこれはおかしい、ということになります。焼肉屋に行くことがますます遠ざかった感を受けます。私は小魚を頭から骨ごとむしゃむしゃ食べるのは大好きです。「一物全体論」にも同意。

  5.  石塚左玄が食養という学問から4つの理論を唱えましたが、どれも参考になることばかりです。病気を防ぐのは薬などではなく、食事から防ぐ。人間の歯は穀物を食べる為の歯であって、肉をたくさん食べる為でもなく、逆に野菜をたくさん食べる為でもない。地産地消のように、地元で採れた食材を食べ、その時期の物を食べる。「もったいない」という精神のように野菜は捨てるところがなく、そのまま全て食べる事で栄養をたくさん摂れる。など、こうして石塚左玄が言った言葉は、特別珍しい事ではなく、日本人本来の食のあり方だと思いました。いつのまにか、これらのバランスが崩れ始めているような気がします。確かに全てをこの通りにするのは難しいですし、子どもにしてみれば、食事がつまらなくなる可能性もあります。栄養もバランスが大切なように、日本人古来の食事と現代の食事の良い所を出しバランス良く食について考える事が大切だと思います。

  6. 4つの観点から「食」を考えているのを考えると、生物が生きていく上で「食べる」という行為がいかに生活に大きく関わっているかというのを感じます。今の社会では見た目のいい野菜を手にいれることが多くなったり、ビニール栽培などでいろんな食材がいつでも手に入るようになり「旬」を感じなくなったり、昔の知恵であったように野菜をのこすところなく食べたりと、食に対する考え方はとても薄いように感じます。アトピーやアレルギーの子が増えたのはまさに「食養」がなされていない結果なのでしょうね。

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