世界の食育

 日本では、食育が叫ばれて久しくなりますが、ますます食を人間特有の行為としての特徴である「調理する生き物」が軽視されてきています。デパ地下で調理された惣菜を買ってお皿に乗せるだけの家庭もよく聴きます。そんなこともあって、2006年、誰もが生涯にわたって「持続可能な社会」を実現するために必要な教育を受ける機会が得られる世界の構築を目指す、日本国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画が改訂され、これに「食育」を国民運動として展開していくことが記載されました。そして、この年の5月に、海外からの「食育」に関する積極的な問い合わせに対応するため、オランダ、オーストリア、ニュージーランドのジャーナリストとの間で「食育基本法」や「食育推進基本計画」に関する意見交換が行われました。そして、独立行政法人国立健康・栄養研究所ではアジア各国の若手研究者を研究所に招聘し、研修及び共同研究等を行っていますが、「食育」への関心は強く、自国での展開も含めて、その手法や成果が世界に発信されることを期待するとの意見があります。
また、外務省では、食育の海外展開の一環として、海外広報活動の中でも食育関連トピックを取り上げ始めています。具体的には、在外公館で配布している一般広報誌「にっぽにあ」、在外公館で上映や貸出しをしたり、海外のテレビ局に無償提供している映像資料「ジャパン・ビデオ・トピックス(Japan Video Topics)」において日本の食文化の紹介を行いました。 
このような食の乱れは、日本だけに限ってのことではないようです。アメリカでは、食の乱れが深刻化したのはかなり古く、また、その乱れが犯罪などを引き起こす原因になっているということで、いち早く「食育」や「味覚形成」を取り上げています。その一環として「kids in the kitchen、not in the clinic(子どもを病院へ行かせず台所へ)」という運動があります。このコピーは、おもしろいですね。それと、「子どもを少年院へ生かせず台所へ」というスローガンはあるわけではありませんが、たとえば偏食により、カルシウム不足がイライラを招き、キレやすく、犯罪を起こしやすくなるなどという認識のもと、食の乱れは心身の乱れにも繋がるということで「食育」や「味覚形成」に関しては日本よりも先を行っています。そして「おむつが取れたら食育を!」というスローガンもあるそうです。スープのキャンベル社での、CMで、「子どもを丸ぽちゃには育てない」と謳っているそうです。
 日本では、2000年に厚生省、農林水産省、文部省が共同で「食生活指針」が策定されています。アメリカでは、日本の厚生労働省にあたる保健福祉省と、食材についての施策を行う日本の農林水産省にあたる農務省(USDA)の2省が共同で作成したのが、「アメリカ人のための食生活指針」です。この指針は書籍として発行されていて、5年ごとに改訂されます。現在出ているのは2010年版ですが、2005年版では、適切な食事とともに日常の運動にも重点を置いた指針となっています。その普及のための媒体として、食品群ごとの望ましい摂取量の割合や運動の重要性を表現したデザインの「マイピラミッド」を公表しました。マイピラミッドの活用等によって食習慣の改善を目指す「チーム栄養」プログラムが、学校を中心に家庭や地域との連携も含めた多様な手法を活用したプログラムとして展開されています。「チーム栄養」の目標は、子どもの生涯にわたる食習慣や運動習慣を改善することです。そして子どもや子どもの身近にいる大人たち、子ども向けフードサービスの専門家に一貫したメッセージを届けるための包括的ネットワークの構築を目指すものでもあるようです。
 食習慣も、家庭、学校、地域の連携が大切なようです。

世界の食育” への6件のコメント

  1. 美食文化の国フランスの食育事情です。フランスには「フランス国立食文化評議会」(CNAC)と呼ばれる国家機関があります。CNACは?食文化の実態把握?小学校の味覚の授業?郷土食の味わえる場所の選定とその広報?菜園づくり運動?味覚の週間などの事業を行っています。「味覚の週間」なんていかにもフランスらしいですね。これは、1990年から始まった国民的なイベントで、毎年10月第3週に行われます。その目的は?消費者を対象に、食についての教育と実習?多くの人に食体験を通じ味覚と風味についての提案を行う?安全で良質な生産者を勇気づける?食品の産地、生産方法や質についての情報提供?バランスのとれた食生活の促進となっています。この味覚の週間の初日には、全国の小学校で「味覚を目覚めさせる授業」が行われるそうです。フランスは、栄養教育だけでなく、子どもたちの味覚を育て、味覚をはっきり表現できない子どもには味覚についての正確な言葉づかいまで教える徹底ぶりです。さすが世界に冠たる料理大国だけのことはあります。

  2. 食は生きるためにも重要ですし、どう生きるかということにも関わってくることでもあると思っています。食育ということについていろいろ考えているのですが、根本的なところで、体が何を食べたがっているか、体が欲するものを感じる力というのも、軽視はできないと思っています。そのためにも十分に体を使うことを基礎として、その上にどのような食に関する取り組みを積み重ねていくか、そんなことをじっくりと考えてみたいと思うようになったところです。

  3. デパ地下の惣菜を食べる機会は正月などの特別な日です。それが日常というのは私にとってはかなり衝撃な事です。そういう話を聞くと、いかに自分の親と祖母が毎日手作りでご飯を作ってくれていることに感謝します。そのお陰で今の健康な体があるのだと思います。さて「子どもを病院へ行かせず台所へ」というアメリカでのスローガンは確かに面白いですが、それだけアメリカでは子どもの食事が偏食しているという事が分かります。日本もデパ地下の惣菜を食事にしている家庭が増えてきているのは、偏食が増えつつ傾向がある気がします。デパ地下の惣菜が悪いのではなく、親が台所でご飯を作る姿、そして家族で食べるという経験をする事が大切だと思いました。

  4. 日本の食育計画に海外の研究者たちが関わっていたのですね。日本の食は海外からの輸入に多くを頼っています。その意味からもわが国の食に関する研究・実践に海外の有識者の意見が反映されたらいいなと思います。私はこの「食育」について考えた時、栄養バランスがどうのこうとか、食事のマナーがどうのこうのとか、そうしたことに注目するよりもやはり「食べたい」という意欲を子どもたちが持つようにする、あるいは「食事は楽しい」「みんなと食べるとおいしい」ということに重点を置くべきだと考えます。この考え方について異論はないと思うのですが、いざ実践ということになるとうまくいかないのでしょうね。たとえば学校の生徒には「給食」が楽しくない、休み時間をもちたいので飲み込む、早食いをする、などなどの意見を耳にします。食は私たちの基本です。その食に対する意欲を喪失する時私たち日本人はダメになるのでしょう。

  5. 食育と聞くと「食べ物を無くす」や「食べる物がどう出来ているか知る」といった内容が多いような気がしますが、「食」というものをデータで捉えるといろんなことに影響が出ているというのがブログを読んでいて分かりますね。いろんな国で「食育」が問題になっているというのはもしかしたら生活が豊かになってきたから、その分「人間の本来のもの」をどこかにおいてきたのかもしれませんね。

  6. 生きていく上で最も重要な「衣食住」は人間にとってなくてはならないものです。中国の古い言葉で「医食同源」という言葉があります。それは日ごろからバランスの良い食事を摂ることで、病気を予防しさらには治療をもするという考えですが、まさにその通りだと思います。子どもたちには何でも好き嫌いなく食べてほしいですが、まずは興味や食事とは楽しいものなんだということを感じてほしいです。と同時にそれを感じさせる食事や雰囲気作りを考えていかなければなりませんね。

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