信号

1931(昭和6)年の今日、8月20日に、銀座の尾張町交差点(銀座4丁目交差点)や京橋交差点などをはじめ、34カ所の市電交差点に、日本初の三色灯の自動信号機が設置されました。信号は、向かって右から赤・黄・青ですが、この3色が使われたのは光の波長が長く、見やすい色だからですが、ゲーテは、「色彩は単なる主観でも単なる客観でもなく、人間の眼の感覚と、自然たる光の共同作業によって生成するものである。」と述べています。
そのゲーテは、白い紙の上に黒い細長い紙片をおき、プリズムを通してそれを眺めると、上から順に青、紫、赤、橙、黄という色が並んで見えますが、プリズムと眼の角度を調整し、色を重ねて行くとこの並びは最終的に青、赤、黄となります。ゲーテはこれを色の三原色としました。そしてこの三原色を中心としながらダイナミックな動きを内包する色彩環を提唱したのです。そして、このゲーテの色彩論の流れに沿って、シュタイナー教育として有名なシュタイナーが色彩論を展開しています。それは、色というものは光が目に入り、それで生じた神経作用が大脳に伝えられたときにはじめて生じる感覚であって、自然界にはさまざまな色の感覚を生じさせる波長の光があるだけであるというニュートンを源とする「光学」からの観点からの色彩の捉え方に対して、精神的な色彩の持つ力、色彩の人間の心に及ぼす影響などから色彩を考えたものです。それは、彼の著した「色彩の秘密」に収められた章のタイトル「霊的諸存在と虹」を見れば、なんとなく頷けます。人は、虹を見て美しいと思う気持ちは、光の波長がどうだからというような科学的に色を判断しているわけではないのです。画家が色を使うときにも、同様なことが言えるので、絵画を鑑賞する私たちも色彩から心を感じ取っているのです。シュタイナーは、「霊的諸存在と虹」の中で、「人々は、一方では物理学者のいうことを聞き、他方では絵画を見ます。しかし、その両者を統合しようとは思いません。画家は、この両者を統合しなければなりません。」と言っています。
ところで信号における3色について、シュタイナーは「“緑”“桃色”“白または光”“黒”を像の色、または影の色、それに対して、“青”“黄”“赤”を輝きの色、影のような像から輝き出る色」としています。それに対して、「緑」「桃色」「白または光」「黒」を像の色、または影の色としています。色というのは、目にうつり、脳に伝わり、その色そのものよりもその色から感じるイメージとか、力を感じています。色彩の世界は現実の世界ではなく、像であるというのです。シュタイナーは、緑色は、「生命の死せる像」を表していると言います。たとえば、植物の絵を書くときに、その葉を緑色に塗ります。その絵を見る人は、そこに緑を見るのではなく、また、葉の本質を植物学的に観察しているのではなく、見ている緑の中に、植物の本質である生命を感じていることであり、その緑の色はその像であるというのです。
 そのような「像」に対して、「青」「黄」「赤」は「輝く」という性格をもっていると言います。これらの色は、本質は色そのものの中にあるのではなく、自ら外への表現としての輝きを持つ色であり、「像」をもつ色とは反対の性格をもっているのです。そして、それぞれの輝きは、黄は外へ輝き、青は輝きが内へ集まり、そして赤は両者を中和して、一様に輝いていると言います。
 ゲーテの色彩学からシュタイナーによる色彩学は哲学的な意味も含まれているためにややわかりにくい部分もありますが、色には、そこから感じる力があり、その訴えかける作用が人間の心に訴えかけるという色彩の力は、物理学的な説明ではできないことであり、その力が長い人類の歴史の中で、さまざまな文明がさまざまな色彩で彩られてきた所以であると思います。そう思いながら、たまには信号の色を感じてみるのもいいことかもしれません。