人間の子育て

 私の最近の課題は「子どもは3歳までは家庭で育てる」ということです。最近、これをいう人はそれほどいなくなりましたが、「せめて0歳児のうちは家庭で育てるべき」という考え方は、多くの人は賛成します。しかし、この、子育て環境としての「家庭」というのは、子育てにどのような役割を持ち、どのような機能を備えることが「家庭」なのかということです。この「家庭」ということが論議されなければ、子どもにとって良い環境にならないのではないかということです。たとえば、極端なことを言えば、自宅の一室で子どもを育てるという一時、事件として起きた「監禁」された子どもたちは、家庭で育てられていたのでしょうか。このような状況の中では誰でも家庭で育てられてきたという人はいないでしょう。では、母子だけで、自宅の一室で1日中過ごすことは、家庭で育てるということになるのでしょうか。そのような状況で、母子の愛着形成が構築されていくのでしょうか。
 京都大学霊長類研究所の松沢哲郎氏は、長年、ちょうどホモ属のサピエンス人とネアンデルタール人の関係と言われるチンパンジーとボノボを研究対象に、人間の親子関係と子育ての進化を考えています。その中で、こんなことがわかったと言います。日々の暮らしのなかで、ふだん何気なく見過ごされがちな風景にこんな姿があります。子どもを抱いた母親の周りには、父親がいて、孫の世話をするおばあさんがいて、赤ん坊には、2-3歳上の兄姉がいたり、年子のきょうだいがいることもあります。そして、叔母や親せきの者が子どもの世話をしたり、あるいは親しいご近所が手助けする。こんなかつてどこでも見た風景は、実はすべてがチンパンジーに無く、人間に特有な子育てのしかたなのです。
また、他にも人間しかすることはなく、人間を特徴づけるふるまいがあります。それは、母親が子どもの顔を覗き込んであやす、眼と眼があってにっこりとほほ笑みあう、ガラガラを顔の前で振る、イナイイナイバアをする、それに対してあかんぼうが声をたてて笑う。そして、生後半年もすると、子どもに離乳食を与え始め、離乳させる。それは、次の子どもを産むためであり、その結果、手のかかる乳幼児を2人も3人も同時に育てる。これもごくふつうの姿で、「親が子どもを育てる」のはあたりまえだと思っていますが、実は、この地球上に生息する数百万とも数千万とも呼ばれる生物のほとんどの親子関係の基本は、「親は子どもを育てない」ということだと言います。
約38億年前、地球に生命が誕生してから長い間、子育ての基本は産みっぱなしだったのが、約3億年前に、哺乳類と鳥類と一部の恐竜の共通祖先にあたる生物が、親が子どもに投資を始めたのです。その中で、霊長類の子育ての特徴は、子どもは親にしがみつき、親が子を抱くことにあったのは、手がある哺乳類だからです。しかし、人間の母子は離れていることが基本だと言います。あかんぼうは仰向けの姿勢で安定しています。そして、直立2足歩行ではなく、仰向けの姿勢が人間を進化させたと言います。それは、その姿勢によって、豊かな対面コミュニケーション、声を交わす、手で物を操る、すべて赤ん坊の時期から始まっているといいます。
どうも、母子がべったりと1日中触れているのは、人間の子育てではないようです。また、母親だけといるのも、人間の子育てではないようです。さまざまな人間関係の中で育ち、母子はある距離を取って子どもを見守るのが人間の子育ての特徴であるようです。