屋敷と寺社

 私は、よく富山に行くのですが、車で移動している途中の景色で珍しいものを見ることがあります。それは、田んぼの中に転々としている屋敷のまわりを、きれいな森が囲んでいることです。この森は、「屋敷林」といって、日本各地の風の強い地域に見られます。これと同じような森を、同じくよく行く出雲でも見ることができます。この田んぼの中に点在する緑の森である屋敷林は、風や雪を防ぐため、家の周りに造られた人工の森で、富山県砺波平野や島根県出雲平野などでよく見られます。
出雲平野の屋敷林は、木々が、四角形にきれいに切りそろえられているのが特徴です。日本海に面した出雲平野は冬場、北西にある海から強い季節風が吹き抜ける、風の通り道です。そこで、屋敷林は、北西側に大きな壁のように植えられ、屋敷を風から守っています。使われるのは,黒松の木。築地松といいます。昨年、NHKの「美の壺」という番組で「屋敷林」が取り上げられていました。その中で、住民がこの地の屋敷林が四角く整えられるには出雲の人々の知恵と美意識が隠されているといいます。 「屋敷構え、全体として家屋、築地松一体となった緊張感のある安定感のある美しさを出すためと言われています。」また、高さ10メートル、築地松の上で行われる陰手刈りと呼ばれる作業は、築地松の枝葉を薄くすいて、家に日ざしを取り入れるせんていのことを言います。防風林としての効果が保てるギリギリのところまですいていく熟練の技は、まさにレースのカーテン越しに屋敷が透けて見えるかのようです。快適さと風格を追い求めたどり着いた形。屋敷林には風土に根ざした美があるのです。
このような屋敷林は、日本各地に見られます。2009年には、家屋を風から守り、地域の景観形成でも重要な役割を果たしている「屋敷林」について話し合う初のサミットが、安曇野市で開かれました。ここには、同じように屋敷林が点在する富山県砺波市と東京都武蔵野市の関係者も参加して意見交換しました。また、その翌年には、「2010全国屋敷林フォーラムin砺波平野」が、富山県砺波市で開かれ、「屋敷林の再発見とその保全・創造」をテーマに基調講演やパネルディスカッションが行われ、屋敷林の景観や生活の中で果たす役割の重要性を確認し合いました。
屋敷林が屋敷のまわるに植えられ、屋敷を守ったように、寺社林という森が寺社を守っていました。特に、寺社林は、鎮守の森ともいわれ、「伐らずの森」と言われるほど大切にされました。江戸幕府の厳しい伐採・流通規制、森林再生促進など森林保護政策の結果として、日本列島の森林資源は回復に転じました。同時に、幕府は、急激に人口が増えた江戸の町にも屋敷林や寺社林を勧めました。その屋敷林や寺社林は、ある意味で里山活動だったり、ビオトープ作りだったのです。
空から東京を見てみると、意外と転々と緑が残っています。それは、以前のブログで書いた江戸上屋敷とか、下屋敷があったからですが、実はその屋敷のまわりは中に屋敷林が存在しているのです。また、東京は意外と寺社が多くあります。そこには、必ず寺社林が存在します。
人口100万人の江戸の町には、武家屋敷の周囲を囲む屋敷林、寺社が所有する森が広がり、江戸市域全体の緑被地率は42.9%と世界でもまれに見る緑豊かな都市でした。

屋敷と寺社” への5件のコメント

  1. 森には様々な区分け方法があります。植生の違いから日本には亜寒帯性の森から亜熱帯性の森があり、その垂直分布を見れば亜高山帯の森も含まれます。このような森の概念区分が世界共通なのに対して、日本の風土に生まれた森の概念区分は、今日のブログにもあるように里山、奥山、屋敷林、社林、魚つき林となっています。つまり森を自然の形態ではなく、森と人間の関係で区分しようとする発想です。「森にかよう道」の著者内山節先生は、このことに注目して、西洋人と東洋人の自然観の相違を感じると言います。
    <たとえばヘーゲルもマルクスも、自然と人間は自己疎外関係にあると書いている。自然は人間の外にあるもので、人間にとっては自然は自分の外部にある対象だというのである。・・・ここには自然と人間の間に異なる世界があると考え、自然の領分と人間の領分をはっきり区分けしたヨーロッパ的思考がある。ところがそういう感覚が、日本の風土にはほとんどないのである。日本では自然と人間の領分の境がはっきりしていない。>
    今、NHKBSでスカンジナビア半島を特集していますが、北欧の人々は心豊かに生きるためにあるがままの自然を楽しもうとします。それに比べて、我が日本人は、自然を生活に取り込んで利用するのに長けているようです。自然との共生と言っても、日本と西欧とではずいぶん違いがあるようですね。

  2. 出雲平野の築地松は頻繁に見ていますが、きれいに整えられているのは知っていましたが、ぎりぎりまですくという技術が使われているのは知りませんでした。ただ風を防ぐだけでなく、日差しも取り入れ、しかも見た目の美しさもと、かなり奥の深いものだったんですね。それとはまた違った趣のある寺社を取り囲む森は、見るたびに凄みを感じます。年月の重みとかそこにかけた人の思いなど、木や森の様子からも様々なことを感じ学ぶことができます。これらに接することの大切さは今後も忘れずにいたいものです。

  3. 「屋敷林」は懐かしいですね。私の中学の時の先生のご実家が屋敷林で北側を覆っているお宅でした。その屋敷林はある意味で高い塀の役割をしているので、二列三列に並ぶ屋敷林の向こうは結構開けた平地でした。それでも屋敷林の前の家は何だかそれだけで厳かな感じがしましたね。今でも新幹線の車窓から「屋敷林」のある家を見つけることができます。見つけると同時に、ふるさとに戻ったのだという感慨を強くします。そして鎮守の森。「鎮守の森」の木々は樹齢の高い木々で、近所の他の木々とは太さが違いました。その違いに神性を感じたものです。その木々は神々が降臨する場として大事にされたきたのですね。

  4.  地方の高速道路を走っていると「屋敷林」を見ることがあります。確かに、家の周りを木で囲って、目隠しのようにしているのを見るたびに気になっていました。やはり家を他人の目から隠す為かと思っていましたが、風から家を守る為に植えてあったのですね。納得しました。しかも、ただ風を防ぐ為に植えるという簡単な作業ではなく、日差しを家の中に取り入れる為に、木の枝を剪定するのは、高度な技術が必要なんですね。屋敷林は、私が思っている以上に、奥が深いです。

  5. 屋敷林とは聞いたことがありませんでしたが、大きな屋敷には確かに四角く剪定された木が植えられていることがありますね。普段は目隠しのためかと思っていましたが、それだけではない理由があるんですね。神社も多くは木が多く植えられています。いろんなものに気づかない理由があるというのが興味深いです。人と自然との共生、大事にしようとする心が今の東京の緑の多さにつながっているんですね。

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