武士道16

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 この世には、男と女がいて、その関係はいつの時代でも問われています。そして、その関係は、絶対的なものではなく、時代が求めるものによって変化してきましたし、職業においても違ってきます。昔ですと、身分によってもその関係は違ってきます。しかし、多くの時代によるその男女差は決して上下関係ではなく、役割の差であったのです。ただ、その役割は、個人差を無視して、固定的な役割分担をもたらし、また、どちらかがどちらかの隷属的な存在として扱われた時代もありました。しかし、おおむね世界では、女性は家庭的な存在でした。日本で「婦」という字は、箒を持っている女性を表しています。英語の妻というワイフという語源は「織り手」であり、娘というドーターは乳搾りという語源から発生したと言われています。
 武士道は本来、男性のためにつくられた教えですから、女性について重んじた徳目も女性的なものからかけ離れていたのは当然です。ですから、讃えられた女性は、「自己自身を女性の有する弱さから解き放ち、もっとも強く、かつ勇敢である男性にもけっして負けない英雄的な武勇を示した」ような女性です。しかし、これが、男女平等なのでしょうか。男と女が同じような働きをすることが対等なのでしょうか。このような女性になるために、「若い娘たちは、感情を抑制し、神経を鍛え、武器、特に長い柄の「薙刀」と呼ばれる武器を操り、不慮の争いに対して自己の身体を守れるように訓練された。」ことは、男女平等を目指したのでしょうか。このような武芸を女性が身につけようとした動機は、男性のそれとは大きく違っていたと新渡戸は言っています。
 男性の多くは主君を守るため、戦場でそれを行使するためであったのに対して、女性の武芸は、一つの理由は、個人のため、いわゆる自分の身を護るための術だったのです。もうひとつは、家のため、家庭において息子の教育のためだったと言います。つけ加えると、体を健康に保つためのエアロビック的な役目ももっていたのです。
 その動機は別として、女性における武芸は、決して男性のようになることではなく、その稽古は必ずしも技巧や芸そのものを学ぶためではなく、究極の目的は「心を浄化すること」にあったと新渡戸は言います。さまざまな芸事は、常に道徳的な価値に従うべきものとする考えであったのです。
 家を治めることが女性教育の理念であり、古き日本の女性の芸事は武芸であれ、文書であれ、主として家のためのものであったことは否定できません。しかし、当時の女性が夫、家、そして家族のために、わが生命を引き渡すことは、男が主君と国のために身を捨てることと同様に、自らの意志にもとづくものであって、名誉あることとされました。それは、男性の忠義同様に女性が家を治めることの基調であり、女性が男性の奴隷でなかったことは、その夫たちが封建君主の奴隷ではなかったことと同じだと新渡戸は考えています。
 新渡戸は、男女の関係は、「差異」ということと、「不平等」ということを区別しないと誤った考え方をしてしまうと危惧しています。男女それぞれが、この世において、その使命を果たすためにさまざまな要素を備えていると言います。そのことを考えると、男女の相対的地位を測る際にとられるべき基準は総合的な性質のものでなくてはならないのです。武士道においては、それ自体の基準を持っていたと新渡戸は言います。ですから、女性は社会的、あるいは政治的な存在としては重要ではないが、他方、妻、あるいは母としては、女性は最高の尊敬と深い愛情を受けていたというのです。
 最近、その分担は明確ではなくなりました。というのは、男女差よりも個人差が優先されるべきことと、その分担は、あくまでも主体的に分けるべきで、社会通念としてしばりつけるものではないことが合意されていますが、だからと言って、女性が家庭を大切にすることを否定するものではありません。また、人にはそれぞれ特性があり、その特性を生かすために個人的に対応することをせずに、男女平等だけを叫んでも解決にならない気がします。

武士道16” への6件のコメント

  1. 最近、保育園に子どもを預けるお母さんの衝撃的な発言を耳にしました、「子どもが熱を出しては保育園から連絡があり、そのたびに会社を早退しなければならない。このままではキャリアをつめない」というものでした。ご主人は何をしているのでしょうか?連れ合いに「キャリアをつめない」と言われて平気でいるのでしょうか?あるいは、そのお母さんの勤務する会社はどうなのでしょうか?そのお母さんが「キャリアをつめない」と言わせる程度の会社なのでしょうか?子どものことはお母さん、ではないはずです。かつては、近所のおばさんが面倒みてくれたり、江戸時代の武家には乳母がいて子どもの教育を掌っていたはずです。男女の差異は実は社会的に作られた差異であることがしばしば。その差異は認め合って補い合えば埋められる差異だと思うのですが・・・。キャリアと子の育ちは天秤にかけられるものではないと思うのですが・・・。

  2. 新田次郎の小説「芙蓉の人」は、明治時代に富士山頂で初めて冬季気象観測をした野中到・千代子夫妻を描いた作品である。
    野中到は、大いなる夢を抱いていた。?富士山頂で通年の気象観測が成功すれば、正確な天気予報が実現して、国民の利益となり、世界に日本の名を高めることになる、と。そのためには、厳冬期の富士山頂で気象観測を成功させる!一大決意した彼は、明治28年、真冬の富士山に初登頂。私財で建てた小屋で厳寒期の観測を開始する。
    (登山技術も装備も今ほど発達していない時代に、厳冬期に富士山に登頂できただけでも快挙である。まして、そこで一冬滞在するのは命をかけた冒険以外の何物でもない。)
    夫人の千代子も、夫には内緒で、気象学を学び、体を鍛えて、夫の後を追って富士山へ。彼女は、女性らしい細やかさで食事、栄養、睡眠、暖房、トイレにまで配慮して到を守ろうとする。さらに、苦しい観測生活を救ったのは、千代子の底抜けの明るさだった。『千代子は一日に何度か声をあげて笑った。その笑い声を聞いているだけで到は、富士山頂に一人でいるのではないという気持ちになり、千代子のためにも自分のためにもしっかりしなければならないと思った』
    (理想家肌の男性を守るのは、こまやかな心遣いができる現実主義者の女性である。また、女性の明るく聡明な笑顔は男性のみならず、多くの人々に希望を与える源泉である。)
    二人は、励ましあい、支えあいながら、病気と戦い、困難と戦いながら、気象観測を続ける。しかし、肝心の観測機器が壊れてしまう。ついに、夫到が重い高山病に。千代子は夫に代わって観測を担う。命がけの苦闘の末、二人して貴重な高層気象観測の記録を作りあげる。
    (どんな偉業も安曇野の道祖神のように「二人」が目的を共有する「同志」として力を合わせることから生まれる。)
    しかし、男尊女卑の風潮の強い明治時代のこと。気象学の権威といわれた学者からあらぬ中傷を受ける。彼女は決然として言う。『学問に男も女もないでしょう。何かにつけて女を軽蔑する男は許せません。そういう男の存在は日本の将来に決していいことではありませんわ』
    (男とか女とかそんな違いをやすやすと乗り越えて、人間としての理想の生き方に目覚めた明治女性の気概に心打たれます。)

  3. ずいぶん前ですが、「女性は男性と同じような役割を与えられるべきではないか」「それは平等とは少し違う気がする」「そんな風に考えるのはあなたが男性だから」という議論に巻き込まれたことがありました。そう言う人に限って、いやたまたまその人がそうなのかもしれませんが、会の責任者のような役をお願いすると「そういうのは男性のあなたが向いていると思う」と言われたりします。いったい何がなんだか分からなくなってしまいます。しつこい性格なのでいまだに忘れられずにいます。男女平等についてはなかなか突っ込んだ議論まではいきませんが、やはり大事にしていきたいことなので、いつでも意見が言えるようにしておく必要があると考えています。

  4. 今まで男女差というのは、特に考えたことがありませんでした。ただ女性は結婚をして、子どもが産まれると家事と子育てをする、という印象はありました。ですので、結婚後も逆に外に出てバリバリ働くという姿はイメージがつきませんでした。時代の変化か、そうい女性も多くなってきていると同時に、男性が家庭に入るのも多くなってきていると思います。実際に「イクメン」という言葉も出てきました。そういうのを見ると、女性だから、男性だからというでなく、藤森先生が言われるように男女の差も個人差として考え、得意な人がやれば良いという考え方が大切なんですね。

  5. 性差というものをあまり考えたことがなかったですが、考え方や思考は男性と女性とではやはり違うことが多いように思います。そのため、それに応じて向き不向きといったものが出てくるのは当然のことです。しかし、最近では女性の社会進出が取りざたされ、女性もどんどん社会で仕事を始めてますね。寿退社という言葉も最近はあまり聞かなくなってきています。何が男女平等で、何が不平等か考えると考えただけ答えが分からなくなるように思います。実際、女性が社会に出てきたのはそういった女性的な感覚が社会で求められているからなのかもしれません。自分の特性を気づき、磨くことは男でも女でも重要なことですね。そのためにはサラリーマンだけではなく職業の多様性が認められることが必要だと思います。

  6.  人にはそれぞれの生きる使命や役割があると思います。すごく要約すると、明るく楽しく笑顔で生きていけば自ずと道も開けてくるということを実感する今日この頃です。〝道が開けてくる〟、これは感情なのかわかりませんが、その瞬間のあの感じは誰にでも訪れるものであると信じています。自分の生き方を変えるような考えるような本に出会ったり、人と出会ったりすることで、自分の人生がどんどん膨らんでいくことを、誰しもが実感できる時代にいると思います。
     女性、男性、と性別で区別するのではなく、全ての人に幸せになる義務があります。幸せとは、ないものねだりの中では生まれません。ありきたりな言葉かもわかりませんが、今の自分にあるもので幸せになるという、心の有り様であると思います。当時の武士にとって刀はその象徴であったのかもしれません。薙刀も然りといったものであったのかもしれません。何にでも練習が必要で、それを発展させて鍛錬というのかもしれませんが、幸せになる術を刀や薙刀、つまり自己鍛錬の中に見出していった時代があるように、現代もまた幸せになるために、自分の心を満たしていく、いつだって上キゲンで過ごせるように、自分にあるものに感謝をしていくという自己鍛錬が必要なのかもしれません。

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