おもてなし

「名古屋おもてなし武将隊」という何とも奇妙なグループがCDを出したらしいのですが、この歌には、河村たかし名古屋市長もゲストボーカルとして参加しているそうです。この「名古屋おもてなし武将隊」とは、10年の名古屋開府400年で名古屋の魅力を全国に伝えようと09年11月に結成され、国の緊急雇用対策「ふるさと雇用再生事業」を活用し、ハローワークなどで募集し、オーディションで選ばれた21?31歳の男女のグループで、前職は俳優やモデル、すし職人、会社員、フリーターで、約1カ月間かけて武将言葉や歴史の勉強、ダンスなどを特訓し、信長、秀吉のほか、徳川家康、加藤清正、前田利家、前田慶次の6武将と4人の陣笠隊を演じています。
その話題はさておいて、この「おもてなし」という言葉が気になりました。もともとは、「もてなし」に丁寧語「お」を付けた言葉で、やはり、「モノを持って成し遂げる」という意味ともいわれています。「お持て成し」を英語にすると「Hospitality」だそうで、それはラテン語のhospesという単語で、「旅人・客・旅行者をもてなす主人」という意味が語源です。また、「表裏なし」ということで、表裏のない気持ちでお客様を迎える事だとも言われるように、別にお客様に応対する扱い、待遇とも言われています。
この「おもてなし」には目に見える「もの」と、目に見えない「こと」があります。お茶の世界でいうと、お客様をおもてなしする際に、季節感のある生花、お迎えするお客様に合わせた掛け軸、絵、茶器、匂い(御香)など具体的に身体に感じ、目に見える「もの」と、おもてなしをする人の瞬時に消えてしまう言葉、表情、仕草など、目に見えない心を「こと」があるのです。また、ずいぶんと前になりますが、服部さんが、小学生に給食にお年寄りを招く時の心得として「おもてなしの心」を話していました。その時のポイントとして、「相手への気配り(食器の置き方)」「雰囲気作り(装飾の工夫)」「におい、音、色に工夫をする(秘密のデザート)」「会話(相手の話をよく聞く)」を挙げていました。
これらは、園で食事を出すときにも気をつけたい心です。かつての学校で出す給食は、その名のとおり「上の者から食事を与える」という意味合いがあり、食器はアルマイトで、味もそっけもなく、勉強していたつけの上で、前に黒板という装飾を見ながら食べ、おしゃべり禁止で黙って食べなさいと注意をし、そこには少しもおもてなしの心が感じられませんでした。
この心は、日本の懐石料理でも見ることができます。この料理では、客の五感を刺激するような工夫をします。たとえば、まず、どんな料理内容にするかを、その季節の趣、旬の食材、食感、臭い、彩り、その大きさと量、出す順序などを考えます。そして、それらの料理内容によって、食前酒のためのグラス、器の形状と色、模様によって選定します。そして、その時の客の状態を素早く察知し、手配り、身配りなどの動作で応える気遣いをします、そして、料理をより楽しんでもらうために会話や日本文化のわびさびの余韻を与えるなどが配慮をします。もてなされた客は、あらゆる五感から、その食事を味わい、おなかがいっぱいになると同時に心に満足と、感動と余韻を与えられるのです。
これらのおもてなしは「茶道」の中にも見ることができます。茶道では、大切な人やお客様をもてなす際、季節感のある生花、もてなす相手の個性や季節に合わせた掛け軸や絵など、まず環境を考えます。そして、五感の中の臭覚を刺激するために、御香をたきます。このように、身体で感じたり、目に見えたりする具体的なものでけでなく、心でもてなすために、言葉、表情、仕草などにも配慮します。
それら「おもてなしの心」は、日本文化の中でそれらは継承され、日本人の「思い遣り」の心や「感謝の心」として表わされてきました。そして、裏表の無い心で触合う相手と心をひとつにし、誠実に奉仕の心で伝えることが「おもてなし」です。

おもてなし” への5件のコメント

  1. 食器をどのように配置するかといったこともおもてなしの心の表れだと学びました。作法が先にあるのではなく、おもてなしの心から作法が生まれていったこともあると思うので、おもてなしの心を抜きにして作法のみを伝えることはできるだけ避けるべきだろうと考えます。裏表の無い心で触合う相手と心をひとつにすることを大事にしたいものです。特に食事は、単に栄養をとるだけの場にはしたくないですね。

  2. 「全米一のサービス品質」「世界で最も優れたカンパニー」として数多くの受賞歴を持つザ・リッツ・カールトン・ホテル。私のような下々の者が泊まるところでないのですが、その真心からのおもてなしは顧客の感動を呼ぶことで有名です。例えば、風邪気味の宿泊客には、オーダーがなくても蜂蜜とレモンを添えた紅茶を提供したり、客室に残された外れたボタンは滞在客のいない間に縫いつけてあげる。こうしたマニュアルにない演出を「ワォ・ストーリー」と呼んでスタッフに奨励しています。もちろん優れた実践例は社内で共有して、スタッフのやる気を促す工夫も忘れません。結局、従業員満足度が仕事の質を高め、ひいては顧客の満足度の向上につながるわけです。

  3.  年に数回は珍しく家族全員が揃う時があります。そんな時は少し高級な料理を食べに行きますが、そこで出される料理の味はもちろん文句のつけようが無いほど、美味しいです。ただそれよりも、その料理を盛っているお皿、食前酒が入ったグラス、そしてお部屋の装飾など、全てを含めて、料理が完成している感じがしました。そうなると自然と会話もはずみ、楽しい雰囲気の中で食事ができます。これこそが「おもてなしの心」なのかもしれません。ただそれは、高級なお店だけで体験できるのでなく、子ども達が毎日食べる給食の時間も、少し考え方を変えるだけで、同じ雰囲気をかもし出せると思います。服部さんが小学生に「おもてなしの心」を話した内容は、私達もできると思いました。そもそも食事は、決められた量、嫌いな物もちゃんと食べるという、強制的な物でなく、楽しく食べる事だと思います。子ども達に食事の楽しさが伝える事ができるよう私自身、見つめなおしてみようと思います。

  4. 最近では「気配り」をする機会や見る機会が減ってきたのではないかと思います。昔は近所付き合いもあり、家に色々な人が出入りしていましたが、最近はそういったことも少なく、子どもたちが「おもてなし」をする姿を見なくなったのではと思います。というのが私の考えでしたが、日本には色々な場面で「おもてなし」の様子が隠れていたんですね。懐石料理や食事の置き方、あまり意識していませんでしたが、「おもてなし」の様子はいろんなところに残っているんですね。「裏表の無い心で触合う相手と心をひとつにし、誠実に奉仕の心で伝える」これはとても大切にしたい日本の心ですね。

  5. 私の知り合いの保育園の園長さんは「おもてなしの心」で保育を行いたいと言っていました。藤森先生はかねてよりジャパニーズ3MということでMottainai, Mimamoru, そしてMusubiを提唱されています。実はこの「おもてなし」も丁寧を表す接頭辞「お」をとると「もてなし」でMotenashiとなります。日本の根本精神を表す言葉のM始まりにこの「もてなし」も該当することになります。「裏表の無い心で触合う相手と心をひとつにし、誠実に奉仕の心で伝えること」こそが乳幼児という大人とは別人種の人間に対する私たち大人の基本態度となるでしょう。おもてなしの究極は主客の存在しない梵我一如の絶対の世界です。乳幼児と共にある大人ははその世界をめざすべきだと思います。その意味で保育は「道」であることがわかります。

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