開発

 今回の災害は、地震、津波といった自然災害ですが、その被害を大きくしたのは、人災の様相を呈します。自然は、人間に被害をもたらそうと思っているわけではなく、地球を存続させようとする変動でもあるのです。しかし、人間は、その自然を切り開き、開発し発展してきました。そのお互いの確執は歴史的にいつの時代でも繰り返されます。
人間はいつの時代も何かを学び、智慧をつけてきました。それは、ある意味で、自然と共生するために学問をしたところがあります。江戸時代前期には、教科書として農書が多数成立します。江戸時代になって、戦いがなくなり、安定期になります。さまざまなルールが作られ、それによって成長し始めます。そして、4代将軍家綱の頃まで新田開発が進み、耕地は3倍に増え、人口は2.5倍になります。戦いに明け暮れ、やっと成長期になったかと思うと、鎖国により海外の知識、技術は遮断されてしまいます。その中で、耕地を3倍にし、人口を2.5倍にしたのです。現在、少子化を防ごうといくらさまざまなことをしても効果がないことを考えると、この時の成長は目覚ましいものがあります。
しかし、耕地を3倍に増やすと、災害が多発しはじめ、1660年頃になると飽和状態になります。そして、このころを境に、成長期から停滞期に移行します。その時に、これ以上開発すると、もう乱開発となり、資源はなくなり河川も荒れると、儒学者の熊沢蕃山は開発反対をとなえます。蕃山は朱子学の天人合一、陽明学の万物一体思想の影響を受けています。しかし、その陽明学の本家である中国の儒学者が自然を人のための資源と捉えたのに対し、蕃山は「宇佐問答」の中で「山沢気を通じて流泉を出し、雲霧を発して風雨をなすものは、山川の神なる処なり。五日に一度風吹ざれば草木延らかならず。蟲つき病を生ず。十日に一度雨なくんば五穀草木の養ひ全からず。故に山川は万物生々の本、蒼生悠々の業、是に仍てあり。然らば山川は天下の本なり」と書いています。開発は必要であるが、常に自然に対して畏敬の念を持っていたようです。
蕃山の憂える通り、新田開発に走るあまり従来の農地が放置されたり、山の中まで開墾したり、無理な河川開発で洪水が度々起こるようになりました。一夜にして1000軒の町が消え去ったこともあったようです。そこで、幕府も政策転換をしました。寛文6年(1666年)2月2日に、4老中連名で「諸国山川掟」が出されます。これは、諸代官に草木根の乱掘の停止、植林の奨励、川筋の焼き畑や新田開発を禁じて土砂の流出防止を計ったもので、三条からなります。「一、近年は草木の根まで掘り取り候ゆえ、風雨の時分、川筋へ土砂が流出し、水行き留まり候ゆえ、今後は草木の根を掘り取ることを禁止する。二、川上左右の山に木立がなくなりたる所々は、当春より木苗を植付け、土砂が流れ落ちざる様にする。 三、川筋河原等に開発された田畑は、新田畑はもとより古田畑であれども、川に土砂が流出する場合は耕作をやめ、竹、木、葭、萱を植え、新規の開発を禁止する。」
草木を根こそぎ掘り起こすな、川の上流の山方左右で木の無いところは植林せよ、河川敷を開発して田畑を作らない、竹、木、あし、かやを植えない、山の中で焼畑をしないことといっています。この掟をつくった4老中の中の一人久世大和守広之は、蕃山を尊敬していて教えを受けているので、その考えの影響を受けたのでしょう。
蕃山は、当時の儒学者と同様に儒教的自然観を持っていました。それは、「一木一草も其時にあらずしてきるは不仁也。人も志をとげて後死するは遺恨なし。 こころざしを遂ずして死するは遺恨有。春夏の生長は草木の志也。」というように、他の生物にも彼らなりの“生”があるのであってそれをまっとうさせてやることが“仁”であると主張しました。すなわち人以外の生物も道徳の対象に 含まれるべきであることを示しているのです。
成長期の後には、もう一度自然に対する畏敬の念を思い出すべき時が来たのかもしれません。

開発” への5件のコメント

  1. 大震災は「人間が自然とどう向き合うことが真理なのか」というテーマをあらためて考えさせてくれます。哲学者の内山節先生の次の言葉はとても示唆に富んでいます。
    『自然と人間の共生とはなんだろうか。この問題を考えるとき、生存の条件を変えながら生きてゆく人間と、その条件を受け入れながら少しずつ過去の状態に戻っていこうとする自然との、根本的な生存原理の違いを感じてしまう。そしてこの自然と人間の違いの奥には、自然がつくりだしている時間世界と、人間の時間世界の相違があると思う。・・・自然は特有の時間世界を持っている。少しずつしか変わることのない森の時間はゆったりと流れ、時にその森の中に数千年を生きる古木が息づいている。それとくらべれば、人間の時間世界はあわただしくその短い時間を変わっていく。・・・だが、それだけが、自然の時間の特徴だとは思わない。なぜなら自然は円を描くように繰り返される時間世界に生きているのに対して、現代の人間たちは、直線的に伸びていく時間世界の中で暮らしているのだ。・・・ある意味では、人間はこの直線的な時間世界を確立することで、循環する時間世界で生存している自然から自立した動物になった。こうして、人間は自然の営みを阻害するようになったのではないか。』(森にかよう道より)

  2. 「自然に生かされる」ということをテーマの1つにしているのですが、改めてその言葉の重みを感じています。決して軽く考えていたわけではありませんが、どこか自然はキラキラと輝いて美しいものといった単純な捉え方しかしていなかったのかもしれないと反省しています。自然の様々な変化は地球にとって必要なことという見方をすると無力感をおぼえたりもしますが、それでもそこから学ぶ姿勢は崩してはいけないんでしょう。「自然に生かされる」という視点をまずは自分たちが持ちながら、それを子どもたちにどのような形で提示していくか。ずいぶん大きなテーマを与えられてしまいました。

  3.  人間は生きるために、色々な事をします。それと一緒で地球も生きるというか、存続するために色々な事をします。それが人間に災害としてもたらしたのかもしれませんが、元々人間が埋め立て地などをして、地面を広げてしまった結果、色々な地域で災害が起きています・・・。今は少しでも早く復興できるように、日本全体が一丸となって協力しあっていますが、それがいつ落ち着くか分かりません。落ち着いたあとは、今回の災害を忘れずに、開発するにあたって自然との共生をしっかり考えるべきです。ただこれに関しては、以前から藤森先生が言われていたことですね。

  4. 人間は欲が強いからか本当に大きい出来事がないとなかなか反省に至らないことが多いですね。それは国家であればなおさらだと思います。今までも戦争で国家が転覆しそうになって初めてその愚かさを感じたりとなかなかその現場に立っていると分からないものだと思います。だからこそ、今回の大地震で日本の人々がおもったり感じたりしたことは多いように思います。自然を全部制御することは人間の範疇を自然が当たり前のように超えるため、無理です。だったら、うまく自然と共存していくしかないように思います。今後、どんどん土地開発や復興とまた、環境を模索していくことになり、開発も進んでいきますが、自然と「共生」していくように人間の開発が進んでいくといいですね。

  5. 今回の地震と津波と原発事故でいろいろと考えています。結論が出たわけではありません。地震も津波も自然の力です。そこには金銭欲も名誉欲もありません。ただただ起こるべくして起きたことです。これを神の業という捉え方もできるでしょう。神の業も為されるべくして為された、と考えると自然と通底します。この自然力に対して人間の叡智を傾けたのが防潮堤や防波堤、あるいは地震警報のようなものでしょう。防潮堤や防波堤によって死者行方不明者の数が抑えられたとする学者の発言があります。そうかもしれません。しかし、2万7千余の方々が犠牲になりました。これから震災関連死も増えるでしょう。そして人為による原発事故による犠牲者はこの後何人になるのでしょう。開発は、自然に反する限り、人類が自らの首を絞める行為に他ならないと私は考えます。

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