金さん

 今、日本中が自粛ムードです。東京の夜の街からネオンが消え、店内は薄暗く、自動販売機の前面も暗くなっています。先日も沖縄から羽田に降り立ったとき、なんだかドイツのミュンヘン空港に降り立ったような気がしました。少し薄暗く、逆に落ち着いて見えました。あのギラギラする明るさはなく、そのせいか何かせわしない感じがしていたのが、ゆったりしているのです。その落ち着きは、夜の街からも感じられます。あの音と光の洪水の代表であるパチンコ店でも静かに見えます。夜遅くまで開店していたデパートも夕方6時には閉まります。園から見える新宿の都庁に代表する高層ビルも、早めに窓は暗くなります。このような生活の見直しは、もっと早くやるべきでした。
 このような自粛ムードの中、浅草神社及び浅草神社奉賛会は、今年の「三社祭」を中止すると発表しました。この度の東日本大震災による東日本全域に及ぶ被災状況をはじめ、福島原発事故の影響、また首都圏における電力不足など、今後も想定される現状とそれに伴う社会的情勢を鑑み、協議の上、斎行中止を決定したのです。また、現在各社で行われるであろう花見や歓送迎会の自粛で、ビール需要の大幅減少が見込まれているようです。また、東北へだけでなく、関西、九州への旅行も中止が相次ぎ、ホテル、交通機関のキャンセルが相次ぎ、外国人観光客も来日を敬遠しているようです。週刊ダイヤモンドには、「薄日がさしかけていた日本経済は、一転して、未曾有の危機に見舞われた。当面、経済活動の急激な落ち込みは避けられない。壊滅的な打撃を受けた企業にとって再建はいばらの道である。」
 先月末、職員数人と「遠山金四郎」の墓に行きました。ちょうど今月3月2日は、1840(天保11)年の3月2日、遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元が北町奉行に任命されましたということで、「遠山の金さんの日」ということになっているそうです。遠山の金さんというと、桜吹雪の入れ墨と、べらんめえ言葉で有名ですが、庶民の味方で人気がありました。
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 江戸時代は、世に言う三大改革が行われましたが、その中で最も失敗したと言われるのが「天保の改革」です。老中職の水野忠邦は1839年に老中首座に就任して幕政を掌握するのですが、家斉の存命中は放漫な財政に加えて年貢収入の減少によって幕府が弱体化していく様子を成すすべなく見ているしかありませんでした。しかし1841年に家斉が死去すると、それを待っていたかのように改革に着手します。それが天保の改革です。その数年前、1833(天保4)年ごろから連年、天候不良により全国的な大飢饉がおこり、とくに1836年は気温が低く、雨が多かったため農作物の収穫は全国平均4分の作柄といわれています。主な原因は洪水や冷害であったのですが、特に東北地方(陸奥国と出羽国)の被害が最も大きく、特に仙台藩は盛んに新田開発を行い、米作に偏った政策を行っていたため被害が甚大でした。
 このこともあって、水野忠邦は、倹約をすすめ、風俗をただし、都市にでた農民を村に返す(人返し)一方、都市の商業を独占する株仲間を解散し、江戸・大阪周辺の大名・旗本領を取り上げて、他に代わりの土地をあたえるなど改革政治を進めました。それは、素晴らしい改革でした。しかし、奢侈の禁止、風俗匡正、棄捐令など贅沢や娯楽を禁止するような政策が多かったため、庶民には極めて評判が悪く、街は次第に活気を失って行きました。この時に、南町奉行の鳥居が天保の改革を厳密に実行しようとしたのに対し、北町奉行の遠山景元はそれを緩和して庶民の暮らしを守ろうとしたのです。あまりの自粛ムードから、庶民の楽しさを守ったと言われています。例えば鳥居が、風紀上よくないとして江戸中の舞台小屋を全て廃止しようとした時、遠山は全て廃止するのはひどいとして、数個を残せるように交渉し、江戸の人々に喝采されました。そして、芝居などで、背中の桜吹雪の入れ墨として有名になり「遠山の金さん」と親しまれて人気があり、庶民のヒーローとなりました。その後、鳥居が失職した後任の南町奉行に、遠山が任命され、今度は南町奉行として、再び江戸庶民の権利を守るために活躍しました。
天保の改革はきびしすぎたため、街は沈滞化し、2年あまりで失敗に終わりました。

金さん” への5件のコメント

  1. もし、大震災が起きていなかったら、3月12日は九州新幹線・鹿児島ルート全線開通で沸いていたはずですが、記念式典は自粛。静かな出発となりました。この日開通したのは、博多ー新八代間の151キロ。これで鹿児島から青森まで新幹線がつながったのです。(現在は不通区間もありますが)列車は、最速の「みずほ」と「さくら」、各駅停車の「つばめ」の3種類。最速の「みずほ」は新大阪ー鹿児島中央を3時間45分、新大阪ー熊本を2時間59分で結びます。ちなみに、私の地元駅から岡山でみずほに乗って4時間43分で、桜島の景色を眺めることができます!東日本大震災の被災者に配慮して放映が中止された九州新幹線のCMが、ネットで話題になっています。新幹線の開通を喜ぶ人々の姿に復興を願う気持ちも込められています。
          http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU
    自粛ムードで経済が停滞すると、震災復興に必要な税源も心細くなります。季節は春。桜前線も西から北上していきます。大いに西日本から日本を活気づけていきましょう!

  2. 私の思いです。今いろんなところで言われている自粛という言葉は、一見相手の立場に立って考えている言葉のようにも聞こえますが、他者への視点が欠けているものが多いように感じてなりません。それを大勢に呼びかけているものほどそう感じてしまいます。自粛の仕方は様々で、他者への思いの向け方も様々であるはずなのに、一斉に同じ態度をとることを求めるというのは受け入れがたいんですよね。最初の方に書かれている生活の見直しと、イベントや花見や旅行などの自粛が同列で扱われることのないよう、生活の見直しも時が経てば終了とはならないようにして欲しいと思います。

  3.  ニュースでも現在の夜の渋谷の映像を見ましたが、以前とは比べ物にならないくらい、暗くなっているのですね。おそらく新宿なども同じような状態かと思いますが、早く店を閉めたり、明るい看板の電灯を消したりするなど、節電を実施していて、日本全体が協力しているように感じます。ただ、今日のニュースで見ましたが、計画停電などの影響で宴会などがキャンセルや、上野でも花見が中止など、店側にしてみると大きな損害が出ているようです。なんだか、とても複雑です・・・確かに節約はとても大切ですが、だからといって、色々な催しなどを中止するのは、楽しみにしていた人にしてみれば、とても残念でしょうね。また祭りなどの伝統文化までも中止になるのは、自粛しすぎのような気がします。全てを無くすのでなく、残す物は残すように、バランスがとても大切のような気がしました。

  4. 自粛ムードが街を飲み込んでいますね。近頃はいつもやっている花見の祭りも自粛のため取りやめになり、花見をするひとも例年より少なく感じました。たしかに未曾有の大地震だったため、気持ちもそういう気分にはならないというのはあります。しかし、だからこそ「明るくありたい」という気持ちもあります。「がんばれ日本」といっている人たちが暗い顔をしていると元気も出ないような気がします。まったく東北のことを考えないのではなく、こんなときだからこそ元気でいたいと思えるように気持ちを持つようにしようと思います。自粛という形だけではなく、もっと日本が活気づくようにすれば、祭りなども意味があるように思います。遠山の金さんのように町を盛り上げるようなことは日本も盛り上げるものになると思いました。

  5. 電気をあまり使わない盛り上がり型もあるような気がしますから、何でもかんでも「自粛」というのは、税収減を考えると、いかがなものか、と思えます。被災地でもお花見で歌ったり踊ったり飲んだり食べたりしていました。被災しなかったところは同情共感で「自粛」するのではなく、飲んで食べて歌って踊って、そうして被災地の人々を励まし、税収を増加させ、もって復興財源とし、被災地を支援する、ということもできます。天保の改革の失敗は人々の楽しみという自然を過度に制限したところにあるのでしょう。力のある人々は出し惜しみせず、世のため人のため精一杯出していくべきです。エネルギーの節約をしながら大いに楽しむ。バランスよくやりましょう。自粛はやはり不自然です。花が咲いたら宴を張って楽しみましょう。GWは東北地方をはじめとする日本各地に出かけましょう。そしてあちこちで盛り上がり、この災難を乗り切りましょう。

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