ロシアの一元化

 日本は、歴史上経験がないほどの少子社会を迎えようとしています。戦後、団塊の世代を生み出した多子社会から、半世紀もたたずに少子社会になり、同時に多子であった団塊の世代が高齢化を迎えようとしています。その様相は、外国にも見られる現象ですが、細かく見るとその事情は国民性による違いがみられます。しかし、この少子社会はどの国でも問題であるためにさまざまな対策を練っていますので、それは参考になります。
いま、日本では、幼稚園と保育所という二つの施設が共存しているたまに、それがどうにかして一つにならないかという議論をしています。私が毎年訪れるドイツのミュンヘンでも、幼保一元化でもめていますが、この問題は他の国でも見られます。他の国では、一元化をどのように進めているのでしょうか。
ロシアにおける合計特殊出生率は、1999年に日本を下回る1.16で最小となったあと上昇に転じ、2009年には1.54まで回復しています。その背景のひとつには、全出生数に占める婚外子(=非嫡出子)出生数の割合が1995年の21.1%から2000年の28.0%、2005年の30.0%に上昇したことがあるようです。また、一人っ子も増加していて、2002年の国勢調査結果によれば、3828万余りの家族のうちで18歳未満の子どもがいるのは54%であり、その内訳を子ども数別にみると、1人が65%、2人が28%、3人以上が7%です。この背景には高い離婚率や狭い住宅事情、社会保障制度の不整備などがあるといわれています。
ロシアは、ソ連であった時代の保育制度は、ソ連解体と同時に維持できなくなります。そこで、ロシア異になって、1992年の「ロシア連邦教育法」と1995年の「保育施設標準規程」にもとづいて、新しい保育制度を確立します。その後、この二つは何度改正されていますが、骨格は次のとおりです。
まず、親の養育権と家庭養育を重視し、それを支える国立・公立・私立(私人立・社会団体立・宗教団体立)の保育施設を「幼稚園」という名称で一元化し、生後2か月から7歳未満の乳幼児を長時間、受け入れます。日本で言うと、名前は「幼稚園」にしますが、機能は「保育園」にするというものです。ただ、最長3年間の育児休暇の普及により0歳児が在園するのはまれで、早くても育児休暇のうち有給の部分が終わる生後1歳半から入園することが多いようです。次に、幼稚園のタイプとして一般幼稚園・障害児幼稚園・健康幼稚園・統合幼稚園・特別発達幼稚園・児童発達センターなどを置いて、そこでさまざまな保育プログラム(日本の幼稚園教育要領や保育所保育指針に相当)を実施するにあたり、保育者の裁量を尊重することにします。そこには、幼稚園と親の関係に政府は関与せず、園の非宗教化・非政治化を進めます。これは、脱国家化・市場主義化・自由化・多様化をキーワードにして、行政機関の保育条件整備の責任を軽減しつつ、保育界に市場経済原理の導入を図ろうとするものでした。
しかし、未就園児の半数近くの親が「できれば就園させたい」と考えていますが、高い保育料や幼稚園の不足により日本同様、待機児が多く、2009年に全国で172万人もいて、総数3分の1にのぼっています。また、直接契約制が取り入れられたため、都市部の親は園探しに走り回り、農村部の親は通える範囲に園が少なく、保育を受ける権利(保育権)は保障されなくなってしまいました。
このような事情の中で親の信頼を集めているのは、国立の幼稚園なのですが、これは、園の設置・運営形態が問題なのではなく、その公的性格にあるようです。人生の初期を、生まれた家庭の属性に強く規定されることなく、社会の到達度にふさしい保育環境のなかで過ごせることが必要だという考えからです。保育は、あくまでもパブリックな仕事で、企業参入とか競争原理を導入すべきではないことを示唆しています。

ロシアの一元化” への4件のコメント

  1. 企業参入や競争原理でどんな社会ができてきたのか、改めて考えてみました。確かにそれによって進んだ面もありましたが、コミュニティーとか伝統とか時間のかかるモノとかショートカットのできないものとか、そういったものがずいぶん失われてきたように思います。まあ自分もその流れに乗っかってここまで来てしまったわけですが、この辺でちょっと修正しなければいけないかなと感じています。モノとか地位とかではなく生き方がどうかということを、もっと大事にしなければ、といったことです。話がずれてしまいましたが、保育は公的なものというのは当然ですが、人が生きるということから考えても競争原理が馴染むとは思えません。そんなことを違う分野の方にも伝える力がないのがもどかしいところです。

  2. 日本でも幼保一元化が大きな問題になっていましたが、ドイツ、ロシアでも同じような問題を抱えているのですね。ロシアの一元化の方法は、とても参考になります。施設の名前は幼稚園にして、機能は保育園にする。これを聞くと保育園側にしてみると、負けたと思う人も出てくるかもしれませんが、もしかしたら、こういう形が一番落ち着くように感じます。ただ待機児童に関しては、直接契約を取り入れた結果、少々問題が残っているようですが、それでも国立の幼稚園の考え方は、とても参考になります。ドイツもそうですが、公立や国立の施設は、もちろん子どもの為もありますが、自分達のポジションというのを、しっかり把握しているので、自分達の思いだけで子どもに関わるのでなく、しっかり国の為に子ども達をしっかり保育するという姿が感じられます。

  3. どの国でも同じような社会現象が起きており、その中で子どもたちのよりよい生活をどう保障していこうかということを模索しているのがドイツやロシアの話をきくと感じます。「生まれた家庭の属性に強く規定されることなく、社会の到達度にふさしい保育環境のなかで過ごせることが必要」ということはとても大切なことかもしれません。北欧の保育を見ていると子どもの養育費や社会福祉など、この言葉が言われていることに近づいている国はやはり子どもが豊かなように思います。保育は「量」を高めるのではなく、いかに「質」を高めるかということをもっと考えていかなければいきませんね。

  4. ロシアの就学前行政について学ぶ機会がなかったので今回のブログはとても参考になりました。名前は「幼稚園」で、機能は「保育園」ということにも、なるほどと首肯できるものがあります。わが国では「子ども園」構想が打ち出されています。しかし、保育団体、幼稚園団体の抵抗は強いものがあります。子どもが守れない、とか、幼児教育の質の低下を招く、などなどが反対理由のようです。ただ、素直に考えれば、やはり同じ5歳児に保育園と幼稚園の両方があり、やがて小学校でひとつとなる、・・・なんか変ですね。3月31日から4月1日に変わった途端にいきなり「保育に欠ける」「欠けない」お構いなく小学校のカリキュラムに「義務」として組み入れられる。冷静に考えるとやはり変。ここいらでこの変なことは変えないといけません。と私は考えるのですが、みなさんは?

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