幸せな子ども

2005年?2009年にかけて、世界155の国と地域を対象に数千人を対象に行い、各地域住民の生活に対する満足度(1?10点で評価)を分析し、ランキングをアメリカの調査機関が出していました。この調査によると、1位はデンマークで、続いてフィンランド、ノルウェー、スウェーデン、オランダとなっており、上位5か国のうち4か国が北欧でした。ちなみに日本は香港と並び81位、中国は125位でした。この幸せを感じる観点を分析していましたが、もちろん、「上位にランクされた国々では、国民の基本的なニーズがほぼ満たされているため、幸福と感じる」としていますが、一方で「収入は幸福と密接な関係があるものの、心理的に得られる満足感や社会との関わりも幸福のカギになっている」と分析しています。心理的満足感、社会との関わりが幸福のカギであるという分析は、日本人が幸福と感じない理由がわかる気がします。
少し前に話題になりましたが、2007年に発表されたユニセフの報告書で、オランダが先進国の中で子どもの「幸福度」がもっとも高いと報告されました。そのカギは、「オートノミー(自律)」にあると言われています。たとえば、カリキュラムは子どもが決めます。それは、オランダの小学校は4?5人の小さなグループ単位になって授業が行なわれますが、先生は「今から算数と国語の説明をするから、どちらか自分がやりたい方を勉強していいわよ」と一言声をかけます。自分で好きな方や苦手と思っている方を選んで始めるのです。 算数や、国語は分かっているからいいやと思っている子は、他の勉強をしてもいいのです。先生は、子供のその選択を尊重しているのです。
また、「ステイ」という留年がありますが、それを決めるのも自分で決めます。前の学年で勉強したことが「内容が難しく、ついていけない」と感じると、自らの判断でもう一年学び直すことを決めるのです。クラスメートも、留年をネガティブに捉えてはいません。親もまた、「子どもが自分で決めた事なので」とその選択を尊重し、その決定を応援してくれているのです。オランダでは、「オートノミー(自律)」という価値観が最も尊重されています。そのため、小学校からこうした教育が行われているのです。この「オートノミー」とは、物事を自分で選択することですが、わがままとは違います。辞書には「自律とは、自分で自分のわがままを抑えて行動すること」と記されています。オランダではその「オートノミー」の考え方で決断した選択を周りが尊重してくれる社会環境ができているのです。そして、人は、自分の行動や判断が認められることに最も「満足感」や「幸福感」を持てるのです。
そしてもうひとつのオランダの子どもたちが「世界一幸せ」と考える理由に「親と過ごす時間」が長いことが挙げられます。オランダでは、これが社会的に保障されている権利でもあります。子どもにとって、自分を最も身近で認めてくれる親と長い時間一緒に過ごすことが出来る環境があるのです。
明治の初め日本に来たモースは、こう書いています。「世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供の為に深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。彼等は朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を、その家の家庭内の仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりする。彼等は満足して幸福そうに働き、私は今迄に、すねている子や、身体的の刑罰は見たことがない。」
「小さな子供を一人家へ置いていくようなことは決してない。彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけられて、とても愉快に乗り廻し、新鮮な空気を吸い、そして行われつつあるもののすべてを見物する。日本人は確かに児童問題を解決している。また、日本人の母親程、辛抱強く、愛情に富み、子供につくす母親はいない。だが、日本に関する本は皆、この事を、くりかえして書いているから、これは陳腐である。」
このころの日本の子どもたちは世界一幸せであったかもしれません。それは、そのころ日本に来た外国人が書いた本には皆書かれているというのですから、誰でもそう感じたのでしょう。

幸せな子ども” への6件のコメント

  1. I think that “stay” is a really good system beacuse I had also experienced this system when I was a junior high school student. To tell the truth, I had been absent from my school for 3 years: the last 2 years of the elementary school and the 1st one year of my junior high school. When I decided to come back to my school, I chose the 1st grade of junior high School once again, even though my class mates were going to be the 2nd grade of the junior high. I think I was a really happy boy because I was satisfied my decision as well as my parents did at that time. I believe if many Japanese have tolerance for being different from others, they will be free from many pressures. Then, people can accept as they are now and can move on the next step.

  2. 英文科出身なのに、↑の英文がうまく訳せなくて、思わずYahoo知恵袋に投稿しそうになりました(笑)。taku先生、見事な英文です。先日の生臥龍塾でも話題にさせていただいたオランダの子どもの幸福度の高さですが、オランダの国が、家庭や学校での生活の中で子ども自身が「自立」と「自律」を身につけられるような社会を目指していることを深く理解することができました。「ステイ」を子ども自ら選べる能力を持っていること、それを温かく受け入れる親がいることがなんとも羨ましい。
    江戸時代までは、日本の子どもは世界一幸せだったというのは、社会全体で子育てをするシステムができていたおかげです。大名家の乳母、仮親制度、父親の子育てなど、様々な大人が一人の子どもに関わりを持っていたといわれています。ところが、明治から大正時代にかけて、高等女学校での良妻賢母を目指す教育の登場で、「地域での子育て」が「母親の母性による子育て」に一気に変わっていきます。今の鳩山前首相の曾祖母の鳩山春子著「わが子の教育」は当時の母親の育児のバイブルだったとか。少子化の時代になっても、いまだに「母性愛信仰」が残っていることが青少年の問題の根幹だと思います。

  3. 「自律とは、自分で自分のわがままを抑えて行動すること」これは本当に大事なことですね。それが尊重される社会環境や親子の時間が尊重される社会環境は、どんな理由があったとしても大切にされるべきだと思います。何を大事にすべきかを大人が間違えてはいけないというわけですね。ステイという考え方もよく聞きますが、自動的に学年が上がっていくことと、自分がどこまでできるかでそこに留まることも選択肢として用意されていることでは、どちらが子どもの自律を育てることにつながるか。きちんとした議論が必要なところだと思います。

  4.  日本人が生活に対する幸福度が81位という順位はかなり低いですね。私は今の生活に十分に満足していますし、お金に関しても特別大変でもありません。そうは言っても、おそらく多くの日本人はお金がたくさんある事が幸福と感じているので、心理的満足感や社会との関わりが幸福度に関係しているとは思ってもいないでしょうね。それが子どもの幸福度も日本と外国の捉え方が違ってくるのは否めないかもしれません。まず「ステイ」というシステムは、ぜひ可能ならば取り入れて欲しいと思います。やはり無理をせずに進級したいですし、親としても子どもが無理をする姿を見るよりも、自信を持って進級する方が安心すると思います。そして「自律」をさせる事で子どもの満足感や幸福感に繋がっているとは本当にその通りですね。私もそうですが、やはり人から認められたり、誉められると嬉しいですし、仕事ももっと頑張ろうという気持ちになります。それが最初に言った生活の幸福度に繋がるのですね。

  5. どの国でも「自律」というものを掲げて実践している国は子どもの満足度も高いように感じます。日本も「自律」というものを保育指針やその他教育書で掲げていますが、いまいち社会でそれができているかと考えるとどうも薄いように感じます。また、日本は親と一緒に過ごす時間が少ないことなどをあげても子どもたちが感じる満足度が思ったよりも低いのは納得します。子どもを育てるためにお金も確かに必要ですが、外面的なものばかりを見るのではなく、子どもの社会での育ちなど内面的なものをわれわれ大人はもっと目を向けていかなければいけないように思います。

  6. 私はどうも小中高の選べない授業に不満だったようです。しかも中学高校と学校の上からの押し付けの「規則」にも大変不満で何度か先生とトラブルになったことがありました。そういった意味では、一日のうち最低でも4,5時間過ごさなければならない学校は基本的に苦痛でした。小学校の高学年になると中学にはより多くの選択が可能だと知り期待を持ちました。しかしは現実は・・・。高校はもう大学へ行くためのトンネル以外の何ものでもありません。とにかくトンネルを抜け出してパラダイスへ。大学へ行って驚きました。全て授業を選べると思いきや、なんと履修必須科目があります。一つは語学。これはまぁ好きだから良しとしましょう。な、なんと、体育が必須でした。私は体育が嫌いでした(高校時代は時々エスケープ)ので困りました。大学の先生も文部省による、と嘆いてくれました。この国は教育現場における「自律」や「選択」を保障しない。明治からそのまんま。第二次世界大戦であれだけ多くの人が亡くなってもそれとこれは別、と考える特殊な思考回路によって成り立っているわが国の教育体系。なんとかしないといけません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です