住処

 今回の大地震の日のブログに「安心」というテーマで、「高度開発によってわれわれの住む社会が、知らず知らずのうちに脆弱になっていることも関係しているような気がします。」ということを書きました。そこでも書いたのですが、これからのまちづくりは、「安心・安全」がテーマになりそうです。これまでは、とにかく自然をコントロールし、それを抑制し、征服していた歴史があります。巨大な堤防を築き、海を埋め立て、山を削り、これが開発といわれてきました。しかし、今回の災害によって、住むところは、自然に逆らわず、自然と共生し、人も自然も共に心地よい住環境をつくっていかなければならないでしょう。
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 古代人は、長い歴史の中で、そんな場所を住まいに決め、生き延びてきました。もしかしたら、そうではない場所に住んでいた原人たちはそこで滅びてきたのかもしれません。そんなおもいのする原人の住処であっただろうと言われている場所に先週末行ってきました。そこは、1967年に沖縄で発見され、2008年の8月8日から一般公開されている、沖縄でもっともホットなスポットとして話題を集めている「ガンガラーの谷」です。ここは、太古の森と出会える秘境、守り慈しむべき聖地です。その谷で、約90分のヒトの起源と向き合える壮大なネイチャーツアーに参加しました。
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ガンガーラの谷ツアーのパンフレット
この谷は、約1万8千年も前に生きていた日本人のルーツとされる港川人の居住区であった可能性が高いため国立科学博物館と沖縄県で共同の発掘調査が行われています。港川人は、新人(現代型ホモ・サピエンス)に属する南方系の古モンゴロイドの一派と考えられており、専門家の調査研究によりインドネシアのワジャク人(インドネシア)と類似していることから、海に沈んだスンダランド(タイ湾から南シナ海へかけての海底)からやってきたワジャク人が琉球に定着して港川人になった可能性が強いそうです。身長はおおよそ150cm前後で、現代人に比べると小柄です。その骨格から、森の中を歩き回りながら狩猟採集の生活をしていたであろうと推測されています。
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太古の時代、日本人の祖先は、子を生し、森を歩き、食べ物をとり、暗闇に寝、この地で生を営んでいました。ここは、恵まれた亜熱帯の森で、豊かな実りをもたらしてくれる反面、同時に過酷な環境でもあったでしょう。それでも、この地で生き延び、他の地にも広がり、山を越え海を渡り、多くの命を犠牲にしながらも、世代を重ねて今、私たちの命に受け継がれてきました。
日本列島に、私たち“新人”(ホモ・サピエンス)が住み始めたのは、およそ3万年前からと考えられています。アジアの各地でさまざまな環境に適応し生き残った人々が、独自の文化をもって、いくつかのルートで日本列島にたどりつき、互いに影響を与えつつ融合して“原日本人”が誕生したといわれています。日本列島に到達した私たちの祖先が厳しい自然環境と共生しながら、技術・文化を築き上げてきたのです。
 現在判明している世界最古の人類は、アフリカ中部で発見された約700万年前の猿人トゥーマイで、その後、様々な人類が誕生し絶滅しました。そして、私たちホモ・サピエンスは今から20万年ほど前にアフリカで誕生し、10万?6万年前にアフリカを飛び出し、世界中へと旅立ったと言われています。そんな私たちは、きっと、これらの困難にも負けず、立ち直っていくでしょう。