模倣

 今月の科学雑誌「ニュートン」の特集で、ヒトの脳に着いて書かれてありますが、ヴィラヤヌルS.ラマチャンドラン博士がインタビューに答えています。その中で、「“模倣”こそ文化の基盤。そのカギを握る“ミラーニューロン”」とは?」について話をしています。ヒトは、「ただの毛のないサル」ではなく、一部の局面において、より優れた能力を獲得した、極めて進化した類人猿です。それは、15万から10万年前に、突如、脳にあることが起き、爆発的な進化が起きたのです。そのあることとは何でしょうか。そして、それがどの様な作用をもたらしていったのでしょうか。人間の成長は、人類の進化の過程でもあると言われています。それは、必ずしも全く同じというわけではありませんが、ヒトの発達、赤ちゃんの成長を知る上でも何を大切にするべきかなど、とても参考になります。
 何十万年も昔、ヒトの脳では一部が専門化していきます。その中の2?3の事柄が偶然同時におきます。それらが連携しあい、相乗的な相互作用が突然生まれます。それによって爆発的な進化が起こったのです。子どもの発達でも、同じようなことが生まれているような気が私はしています。他の子どもと関わる中で、その関係性の相互作用により、いろいろなことが発達し、さまざまなことを覚えていく気がします。
脳は、相互作用によって生まれたものの一つが、洗練された「ミラーニューロン」と呼ばれる前頭葉の神経細胞なのです。昨日のブログでも書きましたが、この細胞によって、ある行動の予測をするという仮想現実のシュミュレーションを行うことができ、極めて社会的な生活を送れるようになったのです。ということは、人間が社会を構成することができる生き物であるということは、他人の心を推し量れる能力があるということであり、逆にそのような力が備わっていないと社会は構成しにくくなるということのようです。最近、どのも自分本位にものを考えたり、自分主体で他に要求したりする行動は、もしかしたら、脳のこの部分の細胞が少し衰えてきたということかもしれません。
この能力は「心の理論」と呼ばれ、ヒトしか洗練されていないようです。もうひとつ、このミラーニューロンが関与していると思われる重要な活動は、高度な「模倣」です。模倣は一部のチンパンジーにも見られますが、ヒトの場合、複雑な行動をわずか1回か2回見ただけで、模倣することができます。ヒトは、素早く観察し、学習します。このような模倣により、子どもは、他人の視点で考えたり、他人の視点で周囲を観察したり、何らかの意図をもった存在として他人を認識したりすることができると博士は言っています。
今日の朝のNHK教育テレビの「日曜美術館」はゴッホが取り上げられていました。ゴッホは、さまざま何との絵画を模写します。それは、真似をするということでなく、その人が書いた絵を、構図、タッチ、色使いなどをその人の気持ちになって描くことで、他人の視点でものを見る目を養っているのです。このように赤ちゃんは模倣することによって発達していくことは誰もが論じますが、模倣する対象物としてどんなものを環境として用意するべきかはあまり論じられない気がします。なぜかというと、私は、赤ちゃんが模倣する対象としては、他の子どもが重要な気がします。他の赤ちゃんがものを食べたり、触ったり、手足を動かす姿を見ることは大切なことです。この時期に、特定の大人とだけと毎日接したり、無表情な、装飾もなく、動きのない狭い部屋の中だけで過ごしたり、何も言わない壁を向いて食べたりする赤ちゃんが落ち着いているというのは、人間の発達上、将来ねじれを起こす気がします。

模倣” への4件のコメント

  1. 昨日から登場しているミラーニューロンというものにとても興味があります。他人の心を理解するために重要な役目を果たしているということなので、社会を形成して生きていくヒトにとって、非常に重要なものだということがわかります。他人の行動を、あたかも自分が行っているかのように感じるというのはすごい力で、赤ちゃんの頃からその力を発揮できる、様々な対象を模倣できる環境は大切だと思います。ヒトとして成長していくために、様々な関係性を保障すること、他人の気持ちを理解するための基礎となる自分の感情を育むために自発的に活動できる環境を保障することが、私たちの大きな役割であることを再確認させてもらいました。

  2.  藤森先生の講演の中から人間しかできないことをいくつか教わりました。それだけでも感動するのに、全てを説明できないくらい人間しか出来ない事がたくさんあるのには驚きます。私達が当たり前に行っている事、例えば言葉を使っての読み書きや人とコミュニケーションを取ること、道具を器用に使う事などは日常すぎて特別視をした事がありません。そしてブログに、ものすごい勢いで進化を続けてきた要因が「ミラーニューロン」と呼ばれるもので、他人の行動を予測したり、気持ちを察する事もできますし、一番重要な活動は高度な「模倣」と書かれています。以前から学ぶ事は人を真似る事で学ぶと藤森先生が言われるように、人類が元から持っている「模倣」という能力を十分に発揮する事がとても大切だと思いました。

  3. ゴッホ展に行きました。ゴッホの模倣の跡をトレースできる展覧会でした。ゴッホはミレー始め模写に模写をくり返したようです。浮世絵の模写には本当に驚きましたね。その結果がファンゴッホの傑作になって結晶したのです。ゴッホによって、模倣は単なる模倣にとどまることなくやがて独創性の創出となるのだということがわかります。私たちはともするとこの「独創性」の追求に走り勝ちです。そしてその結実を楽しむことができるのはほんの一部にすぎません。その点模倣は模倣ゆえの新たな可能性の地平を開くような気がします。今回のブログのミラーニューロンのことはとても興味深く、模倣神経ミラーニューロンこそがヒトがヒトでいられる証明かもしれません。模倣が先天的であるなら赤ちゃんの頃から模倣は当然なはずです。この模倣がある時点で学びが始まっていると言えるでしょう。

  4. 模倣と聞くと遊びでのことがよく出てきますが、食事やそのほかの活動でも模倣が行われているということを考えなければいけませんね。乳児の子どもたちの関わりを見ているたびに模倣の大切さを感じます。そして、それまでの子どもたちの能力の発揮が環境によって、いかに阻害されてきたかということを感じます。子ども同士の関わりが子どものストレス耐性を強くすることや模倣など、コミュニケーション能力にいかに必要かということを改めて考えなければいけませんね。なにも落ち着いて黙々と職員の言いなりに動く子どもが「いい子」という意識自体、保育者は意識を変えなければいけないと思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です