フード

今年の3月の日経スペシャル「ガイアの夜明け」では、「“余った食”のゆくえ ?消費期限 もうひとつの物語?」という特集を放送していました。今、日本は、世界中から集められた様々な食料品であふれています。しかし、ハンバーグショップや、回転ずしなどの店で、残った食品はどうするのだろうと思います。また、レストランや、ホテルなど行くと、食事の後ずいぶんと大量な食べ残しがあります。それは、ただ捨てるのかと思うこともあります。番組では、「簡単に食べるものが手に入る、そんな恵まれた社会になった。しかし、そういった便利さの一方で、毎日、多くの食べ物が廃棄されているという現実もある。例えば昨年、あまりにも野菜が豊作だったため、産地で2万2000トンの野菜が廃棄されたという。」私たちが贅沢な食生活を送っている間でも、ひもじい思いをしている人々が世界ではたくさんいます。日本では、こんなに捨てられているのです。「コンビニでは1日に数回、消費期限の切れていない弁当や惣菜が棚から撤去されていくのだという。消費期限が切れる前で、まだ十分食べられるというのに、品質管理を徹底するため余裕を持って事前に撤去しているのだ。」という現実が日本では行われているのです。
こんな状況の中で、当然普通であれば、残したもの、捨てられるようなものを誰かにあげることはできないのかと思うはずです。このような思いを持ち、「余った食品」を有効的に活用していこうという動きを特集したのがこの番組でした。例えば、コンビニ業界の大手ローソンは、横浜市のある店舗で消費期限間近の惣菜や弁当などを、近くの食堂に提供するような活動です。
もうひとつ、最近注目されている試みに「フードバンク」とものがあります。ラベルの貼り間違えや容器に傷があるものなど、店頭に商品として出せないものは以前は捨てられていました。それを譲り受け、それを児童養護施設などになどに配給するという仕組みです。特に、ホームレスの支援団体、高齢者や障害者などの生活困難者に対する支援団体、ドメスティックバイオレンスのシェルターなど、食料が必要でありながら財政基盤が脆弱であるため、その確保が困難な立場への配給は必要です。
また、この試みは、単にボランティア的な意味合いだけではありません。日本の食料自給率はカロリーベースで約40%に過ぎません。ほとんどの食料を輸入に頼っているのです。しかも、この輸入に頼るのは、日本では取れないということではなく、国際的な関係からの取引に関係し、単純に自給率を高めることにはなりにくいところもあります。しかし、「食品を無駄なく使う」ことで、少しでも輸入を減らすことは誰も反対はできません。
この仕組みによる活動が始まったのは意外と古く、1967年にアリゾナ州でした。それが、フランスでは、1984年にパリ郊外でヨーロッパ初のフードバンクが登場しました。その後、英国、イタリア、ベルギー、スペインなどにも取り組みが広まっていきました。そして、フードバンクを取りまとめるための組織も誕生しました。日本では、2000年代に入ってから盛んになってきました。そして、メディアがフードバンクの活動を相次いで取り上げるようになり、最初に紹介した番組に取り上げられたのです。しかし、日本ではまだまだ規模はまだ小さく、アメリカの取扱量は200万トンに比べて、日本の主要な国内組織の食品取扱量を合算しても1000トン超の規模しかありません。しかし、農林水産省のアンケート調査によると、フードバンク推進の賛否について「大いに賛成」「どちらかというと賛成」と答えた人は90.5%に上っていますので、今後もますますこのような活動が活発になることを望みます。

独自性

 イギリスやアメリカやドイツなどにおける連邦と州の関係は、日本における国と県との関係とは大きく違うようです。それは、それぞれの州が持つ権限や責任についても分担されているようです。たとえば、義務教育についても、ドイツの教育行政が地方分権でありかなり州ごとにかなり違うことが認められています。例えば、ドイツの小学校は一般的に4年制ですが、州によっては6年制の小学校もあります。これだけ見ても、連邦で統一されるべきことと、地方分権による責任の範囲についての考え方がずいぶん違うようです。学校教育による就学の形態の違いが認められているのですから、教科の考え方、学び方など違うのは当然でしょう。たとえば、私がよくミュンヘン市があるバイエルン州では小学1年生から英語を学びますが、ノルトライン=ヴェストファーレン州では2年生から授業がスタートします。このように、州や自治体によって、カリキュラムや授業時間数など、異なる教育スタイルを持つことができるシステムになっています。
 ドイツというと、日本、イタリアと一緒に思い出されるのが、国家統一を目指し、それが利用され、不幸な時代を体験したことです。ドイツではナチスが犯した犯罪を今も忘れずにいて、その反省から政治的意図によって統一化や画一化が二度と起らないように注意深く国家システムを構築しているのです。そして、初等中等教育の権限を州教育省にもたせ、各州が特色ある教育システムを構築したのです。特にバイエルン州においては、学力レベルの低下や価値観の多様化による教育に対する国民の相違、その他学校現場での様々の課題を抱える中、各州に先立って児童の統一学力調査を実施するなど州独自の教育改革を進めました。この時の学力調査は、決して他の州との競争から学力を高めるといった市場原理の考え方ではなく、どのような教育改革の取り組みを行うのかを考察する為のものです。
PISA(国際学力検査)で、ドイツ16州のうち、バイエルン州は最上位の成績だった結果について状況分析、情報分析が行われ、この調査結果をもとにバイエルン州では、民間企業や市民から出資を集めバイエルン教育振興財団が、2000年10月設立されます。ここから提案された教育改革は、日本のような「ゆとり」をなくし、総合的学習をなくし、より強固な認知的学習に移行するのではなく、このような内容でした。そして、この教育改革に、年間28万ユーロの資金助成を州教育行政に支援しています。そして、学校現場の独自性と自立性をもたせるために「モデル21」というプロジェクトをつくります。そして、このプロジェクトに参加している学校は、授業内容の評価を行い、評定結果を校長にフィードバックし、学校経営に反映させていきます。ドイツの校長は、学校全体のマネージャーとしての機能を持っており、地域の企業、産業とも連携し、企業からの情報やアドバイスを教育現場に反映したりしています。そして、州政府は、この評定結果をもとにして、実際にその学校の予算の配分を決めています。そこで評価されるのは、公立学校がどこも同じで独自性がない日本と違って、個の教育、個性ある教育を目指します。
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それは、他の州でも同様で、2008年、ミュンスター市で「ドイツ学校賞」を受賞した小学校では、教科や成績表がなく、学習内容まで子ども自身が決めて、自主的に勉強する環境作りが行われています。学校行事も生徒が決める権利を持つなど、公立学校であっても独自のカラーをはっきりと打ち出せるのがドイツの特徴です。

分権

 日本では、各地で行われる学力結果についての公表が問題になっていますが、それは、現在の子どもたちの学力の実情を把握するためでしょうが、同時に競争原理から学力を高めようとするものです。しかし、その競争が、都道府県別に行われるのはなんだか変ですね。どの県だと学力が高いか低かということはあくまでも平均であって、その分布や、そのほかの能力のどんなものがその地域には多く備わっているのか、も大切ですが、それ以上に個人の問題であって、県単位の平均の問題ではないはずです。
 また、同じように世界の中でも国々の間で学力競争が行われているのがピサの学力調査です。しかし、この調査の意図については私は少しわかる気がします。それは、まず、調査を行うのがOECDだからです。経済協力機構という経済界だからです。それは、今後経済を担うであろう人材を世界で育ててもらおうと、望ましい人材を育ててもらおうと、それを各国で取り組んでもらおうとするためです。そのために、その調査によって、今後の学力とは何か、それに気づいてもらおうという趣旨もあるのです。それは、コミュニケーション力であり、問題解決能力なのです。
 このピサの学力調査と、日本における学力調査とは似ているようで少し違うような気がします。日本の学力とは、相変わらず認知的なものが多いからです。それでも、AとB問題に分かれてきたことは少し評価しますが。このように考えてみると、他の国での学力競争も参考になります。
 ドイツは、一つの国に見えますが、実は連邦国です。ですから、州ごとにきちんと地方分権が行われていますので、逆にいろいろな分野で州ごとに比較されることが多いようです。何はどの州がいいけれど、何についてはどの州がいいというようなことです。それは、競争というよりも、その地域ごとの特徴を出し、役割分担をしていこうということであればいいのですが、その結果を見た国民は、やはりどうしても競争しようとしてしまうのはどの国でも同じようです。
 教育についてはどうでしょうか。高等教育機関を含む教育関係については主として州が権限を持っているために、ナショナル・イノベーション・システム(NIS)を作ろうとすると大変のようです。まず、州ごとの独自性と、国としての統一のものをつくるときには、ドイツ基本法(憲法)第91 条aによります。そこには、「連邦は次の任務に関し、各州の任務が国全体にとって重要な意味をもち、かつ、連邦の協力が生活関係の改善にとって必要なときは、各州の任務の遂行に協力する」と書かれてあります。また、第91 条bには、連邦及び各州は、「協定に基づいて、教育計画について、また、地域を超えて意義のある科学研究施設及び科学研究の企画の促進について協力することができる」とされています。そして、「費用の分担は協定で定める」とされています。たとえば、大学を新設しようとすると、費用は連邦が各州の支出の半分を負担することになっています。これは、日本で保育園を新設しようとするときにも似たように国と地方自治体が費用負担することになっていますが、ただ、この中に個人負担があるのは、日本だけでしょうか。
 このように連邦と州の権限についての優先順位が決められていますが、例えば、義務教育についても、ドイツの教育行政が地方分権でありかなり州ごとに違うようです。このあたりをもう少し見てみます。

戦後

 自分たちの足元も見ないで、人のことばかり言うのは大人げないとは思いますが、世界では困っている子どもが多く、援助を待っています。逆に、他人のふり見て我がふり直せというように、困っている国を見て、自分たちの生活をもう一度見直すことも大事かもしれません。
私の子どもの頃、給食に脱脂粉乳が出て、多くの人が嫌がっており、今でも給食の思い出の中の一番の悪者に脱脂粉乳が挙げられることが多いのですが、本当は善人だったのです。太平洋戦争が終わったのですが、町には戦災孤児と呼ばれる子どもたちがあふれていました。そして、物資・食料不足から日本中が飢えていました。食べるものといったら、おかゆに雑穀や芋類を混ぜて食べるといった食生活でしたから、当時の小学校6年生の子どもは、現在の小学校4年生くらいの体格しかありませんでした。そのような状況は、決して日本だけではありませんでした。そこで、1945年、終戦を機に国際連合がつくられ、その翌年の国際連合第1回総会で、ユニセフ(国際連合国際児童緊急基金 United Nations International Children’s Emergency Fund)がつくられ、戦争で被害を受けた子どもたちのために仕事をはじめます。当時の世界では、多くの子どもたちが、親をなくしたり、住む家を焼かれてしまったり、食べるものがなかったり、とてもきびしいくらしをしていました。こうした子どもたちを助けようとつくられたのがユニセフです。
 そのユニセフが、1949年から1964年までの15年間にわたり、日本の子どもたちを支援したのです。その内容は、給食用の粉ミルク(脱脂粉乳)や、くすり、服の原料(原綿)などで、ユニセフから日本への支援の総額は当時のお金で65億円にもなりました。その前の1946年には、日本の子どもたちの悲惨な様子をみて、アメリカなどから「ララ(アジア救済公認団体)放出物資」という救援物資がたくさん送られてきました。その物質の主なものは脱脂粉乳や小麦粉といったもので、これらを使って戦後の学校給食がふたたびはじめられることになりました。これらの物資の贈呈式が昭和21年12月24日に行われました。それを記念して、「学校給食週間」が定められたのですが、贈呈式が行われた日は、学校の冬休みと重なるため、1ヶ月遅らせて毎年1月24日から1週間と定められています。この期間には、全国各地の学校給食では地域の産物を取り入れた献立や、昔の献立を再現した給食を行うなど、さまざまな行事が行われています。
この時の脱脂粉乳は、ずいぶんと日本の子どもたちを救ったのです。その後、1964年から約2年間、脱脂粉乳から牛乳への移行期にかけて委託乳(脱脂粉乳と牛乳の混合乳)が導入されました。その時の混合比率は牛乳3:粉乳7、翌年は牛乳と粉乳が5:5でした。そして、1966年前後よりびん牛乳が導入され、中身が牛乳(生乳100%使用)になったのは1970(昭和45)年頃でした。その後、テトラ・クラックが、1964年の東京オリンピックで採用され、70年代以降急速に広まりました。ただその形状から積み上げることが難しかったため、徐々に四角いタイプに取って代わられます。それが、ブリックパック、ゲーブルトップ(パック上部が屋根型)と呼ばれる今の形で、軽く保管性に優れ、運搬しやすいため、1980年代以降に普及しました。
このような歴史を経過して、今の日本があることを忘れてはいけないと思います。

社会の一員

人類は、社会を形成して、その中で社会の一員として役割を分担して生きてきました。人は赤ちゃんの時から、少しずつ社会の一員となるべくいろいろなことを学んでいきます。それは、人とのかかわりの中で生まれてきます。そのかかわりが薄くなるのが少子社会ではないでしょうか。それは、子ども同士の関わりだけでなく、地域とのかかわり、社会とのかかわりが希薄になり、逆に、親子の関わりが必要以上に強くなることも意味します。もう一度、子どもたちに、社会の一員となる意識をつけ、その中で自分の役割を見つけ、自己の主体性を発揮しながらともに生きる社会をつくる基礎を培っていく必要があるでしょう。
それとは少し意味合いは違いますが、21世紀に入り、世界の様々な地域でシチズンシップ教育といわれる教育が行われるようになってきています。それは、「市民性教育」「市民教育」とも訳される教育ですが、日本では、その言葉を使うと少し誤解を生むので、私は「社会の一員意識教育」と呼んでいます。
日本でも最近は、学校教育の中で教科として位置付ける学校も増えてきたようですし、以前オランダのイエナプランという教育の講演を聞いたときにも、その柱の一つがシチズンシップ教育であるとも言っていましたが、もともとは、イギリスのシチズンシップ教育が有名です。そして、現在イギリスでは、2002年に新教科「シチズンシップ」が国の法制化を受けて必修化されています。しかし、このシチズンという「市民」というのは「国家」というような意味があるようですが、本来は違うような気がします。そこで、私はシチズンを「社会」と訳したい気がするのです。そんな試みも行われています。
戦争のない平和なヨーロッパ社会の構築をめざす欧州評議会では、1997年に多文化状況やEU発足による域内統合に対応するために民主的市民教育を推進する活動を開始しています。しかし、これもどうも市民教育というよりも市民運動のような気がします。どうもシチズンシップにはいくつかのパターンがあるようです。まず、絶対王政のもと国王・貴族の支配で苦しんでいた人々が、自ら市民としての権利を求めて立ち上がった「自由主義的シチズンシップ」という概念です。その中で、市民は、信仰・言論の自由や私的財産の所有、参政権、社会福祉など、市民権を次々に獲得していきました。次に生れたのが、福祉国家は経済的な壁にぶつかり崩れ、市民に平等な福祉を行なっていては国が立ち行かなくなってきたことから、アメリカで起きてきた「ボランティア的シチズンシップ」やイギリスでの「政治的シチズンシップ」が現れてきました。国家の福祉政策に頼らないで自分たちがコミュニティーに参加し課題解決をしていくというような能動的な市民の活動を指します。これで「市民権」が「市民性」になってきたのです。そして、国家を超えた地域・組織の提唱するシチズンシップ概念が提唱されてきています。それが、1990年代以降にヨーロッパを中心に登場する「グローバル化に対応したシチズンシップ」が生まれてきています。
私の「社会の一員意識」とは、人類としての社会を形成する中での生き方の問題です。それは、個人の力のみならず、世界の中に点在する地下資源も、海域資源も、その国の所有物という考え方から、人類が継続していくために必要なものを、役割を分けるためにいろいろな地域に分散して存在させているのではないかと考えています。

チタン

今、ハリウッドはちょっとしたギリシャ神話ブームだそうです。今年の4月に、巨匠レイ・ハリーハウゼンの「タイタンの戦い」がリメイクされました。この元の映画は、1981年に公開されたのですが、後のファンタジー映画や、ギリシャ神話自体のイメージに多大な影響を与えた名作だと言われています。
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このストーリーは、ギリシャ神話の中でも、最も英雄が活躍する部分です。アンドロメダや見たものを石にしてしまうメデュサなども登場します。神々が世に君臨していたある時代に、神々の王ゼウスと人間の間に生まれた半神半人で、人間として育てられた英雄ペルセウスの活躍を描いています。彼は世界を滅亡の危機から救うため、冥界の王ハデスを倒す戦いの旅に出て、悪魔や獣といった強敵との死闘を繰り広げます。ただ、私はこの作品を見ていないのですが、なぜタイトルを「タイタンの戦い」とつけたのでしょうか。もともとギリシャ神話では、タイタンは巨人族で、ウラヌスとガイアの子供でした。 そして、天を支配しようとしましたが、神々の戦いに敗れ、地中奥深くに閉じ込められたとされています。そして、その後をゼウスの家族が継ぎました。ですから、タイトルの名はどうしてなのかわからないのですが。
このタイタンという名は、いろいろな所に付けられています。有名なのは、土星の第6衛星で、土星最大の衛星です。また、映画で有名になったタイタニック号という豪華客船もタイタンに由来しています。また、アニメ「機動戦士Zガンダム」に登場する架空の軍隊の名前のティターンズも由来はタイタンです。
もうひとつ元素のひとつ「チタン」(元素)も「タイタン」にちなんでつけられています。私は、若干金属アレルギーがあるので、腕時計は、時計盤もバンドもチタンのものを使っています。チタンは地殻で9番目に多い元素で、平均で約0.6%存在しています。1791年、イギリス人の牧師であり鉱物学者であったグレゴールが、近所の川の砂の中に、黒い砂粒である磁鉄鉱の他に、赤褐色の粒が混ざっていることを発見しました。彼は赤褐色の粒の化学特性を調べ、未知の鉱物であることを確認し、地名にちなんでメナカナイトと名付けました。それから5年後(1795年)にドイツ人の鉱物学者クラプトーがルチル鉱石の中に未知の物質を発見して、ギリシャ神話に出てくる地球の最初の子供Titansにちなんで、チタンと名付けました。現在は、そちらの名前のほうが使われています。
 このチタンは地表近くに存在する元素の中では9番目に多いものですが、レアメタルと言われています。それほどレアではないのですが、いままでは、利用される量がさほどではないためにレアメタルとして数えられる金属です。それは、そこから純粋なチタンが取り出されるようになるには、約100年の歳月を要しているためかもしれません。それは、チタンは酸素と強固に結合している為、酸素を取り除くのが技術的に難しかったためです。
 この「レアメタル」という名前は、ここ数日急に有名になり、テレビでその名を見ない日はありません。それは、中国と急いで和解したかった理由の一つは、レアメタルの多くを中国に依存しているからです。チタンのほかレアメタルには、プラチナ、タングステン、レアアース、クロム、等約30種類あります。どうして、これらが輸入できなくなると困るかというと、これらの物質は、デジタルカメラの手ぶれ補正ジャイロや携帯電話のバイブレーター用モーター等ハイテク製品には欠かせない素材であり、製品の小型化や性能アップに貢献しているため、今は欠かすことのできない物質だからです。
レアメタルに代わる代替財の開発も行われているそうですが、早く開発してもらいたいものです。そうすれば、供給は安定し価格も落ち着くし、なんといっても外国に依存しなくてよくなるからです。

秋の夜長

今日の東京新聞に「海外ドラマファンにとっては、退屈しない秋の夜長になりそうだ。15年にわたる人気シリーズ「ER・緊急救命室」の最終シーズンをNHKが放送。抜群の人気を誇る「24」「LOST」などの最終シーズンもレンタル開始となる。ただ、本国の米国ではこのところ、新たな大ヒットシリーズが生まれにくくなっているとか。来年以降が、ちょっと心配…。」この「ER」は、米国で1994年に放送開始され、2009年春に第十五シーズンで終了した番組です。米シカゴのカウンティ総合病院を舞台に、医療の生々しい現実を描く群像劇は高い評価を集め、優れたテレビ番組などに贈られるエミー賞を23三回も受賞しています。この番組の最終シーズンが放送されるので「退屈しない秋の夜長」となるというのです。
 秋分の日も過ぎ、次第にこれからは昼よりも夜の時間が長くなっていきます。「秋の夜長」というのは、秋は夜が長いということではなく、次第に夜が長くなっていくという意味でもあるようです。大辞林(第三版)では「夜が長いこと。秋が深まるにつれて夜が長く感じられること。」とありますが、「ホトトギス新歳時記(改訂版)」では、9月の季語になっています。使う場合は、9月ごろから11月ごろまでの夜を表現する場合が多く、徐々に夜が長くなるのは冬至である12月12日ころまでなどですが、12月になるとこのような表現は使わないようです。
 この「秋の夜長」に何をして過ごすことが多いでしょうか。「アサヒビールお客様生活文化研究所」というところでアンケートを取っています。1位は、じっくりお酒を味わうで32.7%でした。以下、2ゆっくりと湯船につかる31.5%、3読書にふける31.4%、4映画・レンタルビデオ・DVD鑑賞23.5%、5好きなテレビ番組を観る21.5%、6ゆっくりと食事を楽しむ20.5%、7過ごしやすくなってきたので、とにかく快眠18.8%、8ゆっくり星を眺める17.5%、
9趣味に没頭したい16.4%、10夫婦や家族でゆっくり話をする16.1%だったそうです。ただこのアンケートは、アサヒビールがとったデータなので、基本的によくビールを飲んでいる人が答えているので、じっくりお酒を飲むが1位になっているのでしょう。
 では、何曜日に「秋の夜長」を楽しむのが一番多いのでしょうか。同アンケートによると、やはり、「金曜日の夜が一番開放的で良い。」と回答した人が33.4%で一番多かったようです。さらに「土曜日の夜」という声が28.5%で、全体の6割以上が「金・土曜日」に秋の夜長を楽しんでいるようです。
 私は、いつ秋の夜長を楽しんでいるか、何曜日に、どんな天気の日に家にいて、ゆったりと過ごしているのかをこのブログのコメント量で判断します。たとえば、もちろん、パソコンでアップするので、職場にしかない場合は、週末は少ないかもしれませんが。先週でいえば、金曜日12通、土曜日6通、日曜日2通、月曜日4通、火曜日3通、水曜日4通でした。これで見てもやはり金曜日が一番多いようですね。ところが、1日のアップ量で最高が出ました。それは雨の休日であった昨日の木曜日で、なんと22通もありました。しかも、普段と違って、ほとんどが昼間でした。休日の昼間に大雨でどこか行くにしても億劫だし、平日でもあるので、昼間にはおもしろそうもないテレビ番組もやっていず、ブログでも読んでみようか、貯めているコメントでも書こうかという姿が思い浮かび、なんとなく微笑んでしまいます。

万人のための教育

昨日の夕方、菅直人首相が、ニューヨークの国連本部で開催された途上国支援に関する「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」首脳会合で演説しました。この中で首相は、政権の理念に掲げる「最小不幸社会」が途上国でも実現するよう、保健・教育分野で2015年までに85億ドル(約7200億円)を拠出することを柱とした支援策「菅コミットメント」を表明しました。特に「紛争国を含む世界中の子供たちが教育を受けられるよう35億ドルを支援する」と表明し、途上国での学習環境改善に「日本は先頭に立つ決意だ」と訴え、今回の首脳会合の内容をフォローアップする国際会議を、来年日本で開催することを提案しました。
その演説の中で「世界中の子どもたちが教育を受けられるよう」と言いましたが、その内容は別に悪いことではないのですが、すでに「万人のための教育(EFA:Education for All)世界会議」が、平成2年(1990年)、ジョムティエン(タイ)において、ユネスコ、ユニセフ、世界銀行、国連開発計画の主催により開催され、初等教育の普遍化、教育の場における男女の就学差の是正等を目標として掲げた「万人のための教育宣言」及び「基礎的な学習ニーズを満たすための行動の枠組み」が決議されています。
今なお世界中に「読み・書き・そろばん(計算)」といった基礎教育を受けられない立場にある者が多いなかで、各国が協力しながら、国連ミレニアム開発目標(MDGs)に基づき、2015年までに世界中の全ての人たちが初等教育を受けられる、字が読めるようになる(識字)環境を整備しようとする取り組みです。この取り組みはユネスコが取りまとめの国際機関となっていますが、ユニセフ、世界銀行等の他の国際機関や、我が国を含む各国政府機関、NGO等も積極的に協力しています。
今の私たちの生活からは考えられないくらい、世界ではいろいろな人たちがいます。識字率にしても、日本は江戸時代から世界の中でも有数な高い国でしたからあまり思わないのですが、現在でも15歳以上の人口のうち7.7億人を超える人々が字を読むことができないでいるといわれています。また、学校に通うことができない児童数は約1億人に達するとされています。しかし、決議されてから10年たった平成12年(2000年)に、EFAの進捗状況を踏まえて「世界教育フォーラム」が開催され、今後の展開の方向性等に関する討議が行われました。そしてその討議結果は、「ダカール行動枠組み(Dakar Framework for Action)」として採択され、6つの目標が掲げられました。これは、とても重要な取り組みで、全世界がそれに向けて行動をしています。
(1)最も恵まれない子供達に特に配慮を行った総合的な就学前保育・教育の拡大及び改善(2)2015年までに全ての子供達が,無償で質の高い義務教育へのアクセスを持ち,修学の完了(3)全ての青年及び成人の学習ニーズが,適切な学習プログラム及び生活技能プログラムへの公平なアクセスを通じて満たされる(4)2015年までに成人(特に女性の)識字率の50パーセント改善を達成(5)2005年までに初等及び中等教育における男女格差を解消。2015年までに教育における男女の平等を達成(6)読み書き能力,計算能力,及び基本となる生活技能の面で,確認ができかつ測定可能な成果の達成 などが謳われています。
 この万人のための教育を目指した次の年2001年に、今度は、OECDが、乳幼児期に対しての教育と 養護の大切さを提案したのです。

日常の運動

 自分のおなかを眺めては、「ダイエットしなくては」と思います。しかし、何によってダイエットするかというと、あまりに情報が多く、さまざまなものを食べてのダイエットが紹介されています。また、運動もしなくてはと思います。しかし、もともとは、「ダイエット」という言葉は、英語の diet の音訳であり、「(日常的に口にする)飲食物」や「減量を目的とする食生活・食餌療法」を意味するので、減量のための食餌療法のみをさします。ですから、痩せるために行う運動はダイエットではないのですが、日本ではダイエットの一環と考えることがあります。
では、痩せるためにどんな運動をしているでしょうか。私は、できる限り歩くことにしていますが、それも意識してしないと歩かなくなります。それでも東京の人は地方に比べてよく歩くと言われます。先日園に来た浜松の市議さんがこう言っていました。「園は、駅から近い、すぐそこと言われたけれど、あまりに遠いので、タクシーに乗りました。」園は、駅から徒歩で8分くらいのところにありますので、毎日職員全員は歩いてきます。もしタクシーに乗ると、一方通行だったりして、かえって時間がかかってしまうことが多くありますし、車ですと、駐車場の確保が難しく、また、料金の30分300円ですので、すぐに金額が跳ね上がってしまいます。そんなこともあって歩くことが多いのですが、浜松の方がこう言っていました。東京の人は13000メートルまですぐそこといって歩くけれど、浜松の人はすぐそこといって歩くのは、300メートルまでだそうです。
このように東京の人が歩くのは、電車の乗り換えだけでもかなり歩きますし、地下鉄に乗ることが多く、最近の地下鉄は地中深く潜るので、かなり歩きます。また、建物も高かったり、駅でホームまで行くために階段もよく使います。そういうわけで、東京の人が痩せるためにする運動といえば、歩くことかもしれません。
昨日紹介したアメリカの医学誌に「米予防医学ジャーナル」の今月号に、減量して健康的な生活を送るために運動を心がけている米国人はほんのわずかで、体を動かすといっても「食事の支度」程度である場合が多いとする研究結果が掲載されていました。これは、米ペニントン生物医学研究センターの研究チームが、2003?08年に全国約8万人に実施された「過去24時間に行った活動」に関するアンケート調査の結果を分析したものです。いちばん多かった活動内容は「飲食」で、回答者の95%以上が挙げています。1日のほとんどの時間を飲食で過ごしているのはどこの国でも同じでしょうか。次に多かったのは「テレビまたは映画鑑賞」で約80%でした。また、活動の中で特に体を動かす活動で、最も多かったのは「食事や飲み物の支度」の25.7%で、次いで「ガーデニングや芝刈り」の10.6%でした。ランニングなど強度の高い運動を挙げたのはわずか5.07%だったそうです。あまりかでも、意識して運動をする人はあまり多くなく、日常的な生活の中で体を動かすことが多いようです。
この雑誌の9月号には、米国人の平均寿命と健康的な生活を送れる年数は、成人の肥満率上昇に伴い減少傾向にあるとの研究結果が発表されています。そんな警告にもかかわらず、米国の肥満率は1993年には14%だったのが、その後16年間で27%となり、90%も上昇したといいます。この肥満率の増加は、運動不足など修正可能なライフスタイルの要素との間に強い相関性があることが明らかになったとしています。そこで、運動が注目され、どんな運動をしているかというと、家事をすることで運動をしていることが多いという結果が出たということです。
修正可能なライフスタイルで肥満を食い止めることができるのですから、ぜひ、修正をした方がいいかもしれません。

高齢者とパソコン

先日の「敬老の日」に合わせて総務省が発表した推計によると、今月15日現在の65歳以上の高齢者は前年に比べて46万人増え2944万人、総人口に占める割合は0・4ポイント増の23・1%となりいずれも過去最高を更新したようです。自分も、次第に高齢者の仲間入りをし始めているので何とも言えませんが、ずいぶんと増えてきました。しかも、1950年に37万人だった80歳以上の人は、60年間で約22倍となり、826万人と初めて800万人を突破したようです。そして、男性の高齢者数は、全男性人口の20・3%を占め、初めて20%を超え、女性は全女性人口の25・8%にもなっています。
高齢者の新しい傾向として、09年に就業している65歳以上の高齢者は565万人で、就業率は上昇傾向にあります。また、パソコン普及率は65歳以上の世帯が56・3%に対し65歳未満が84・3%と大きな差があったが、携帯電話は81・2%に対し97・6%となっているという結果が発表されました。まだまだ高齢者はパソコンを使っていないようですが、それでも65歳以上でも半数以上は使っているようで、なんと携帯電話は高齢者のほとんどが使っているようです。
 人間の関心事は、健康に関するものが多い気がします。それは、どこの国でも同じでしょうが、特に先進国と呼ばれる国々は、健康に関して同じような問題を抱えています。アメリカの医学誌に「米予防医学ジャーナル」という雑誌があるのですが、その雑誌の7月号に、こんな思いもよらない記事が特集されていました。今まで、パソコン使用による健康被害として視力低下とけんしょう炎が有名ですが、思わない危険があることを警告しています。調査は米オハイオ州コロンバスのネイションワイド小児病院の研究者らが、全米電算機危害監視システムの1994年から2006年までのデータベースをもとに行ったものです。そこでは、パソコン機器の落下によるけがなど、これまで見過ごされてきた負傷例が急増していたことを示す論文が掲載されたのです。
研究によると、「パソコンに関連した重傷例」の件数は同期間に732%も増えていたことが分かったのですが、家庭用パソコンの同期間の販売増加率309%の2倍以上にあたるそうです。また、緊急治療室で治療されたけがは合計7万8000件以上にのぼり、パソコンモニターの落下により頭を負傷した事例が多かったと報告されています。そして、けがの割合が最も多かったのは5歳以下で、パソコン機器につまずいたり転んだりする例が多かったのはわかりますが、実は、6歳から10歳の子ども、60歳以上でも、負傷率が高かったようです。小さい年齢でけがをするのは大人の使い方と片づけ方が問題でしょうが、60歳以上でも意外と多くなったのは、この年齢層でもパソコンを使っているようになったということでしょう。また負傷例の90%以上が家庭で起きていたこともそれを証明している気がします。
しかし、モニターに関連した負傷は、1994年の11.6%から2003年の37.1%へ大幅に増加しましたが、重たいブラウン管モニターの代わりに軽量で持ち運びしやすい液晶モニターが増えたのにともない2006年には25.1%に低下したようです。今後、いろいろな物の開発には、高齢社会に向けての配慮、考察が必要になってくるでしょう。