共視共食

 今日から、このブログも6年目に入りました。
 おんぶには、スキンシップという面だけでなく、こんな役目があることをアーノルドという人が指摘しています。「(おんぶによって)あらゆる事柄を目にし、ともにし、農作業、凧あげ、買い物、料理、井戸端会議、洗濯など、身の回りで起こるあらゆることに参加する。彼らが4つか5つまで成長するや否や、歓びと混じりあった格別の重々しさと世間知を身につけるのは、たぶんそのせいなのだ。」このように子どもたちが他の人がするのを見ることは、社会性の発達の中で重要な役割をしていたのではないかということが最近発達心理学の中で重要視されてきているそうです。この行動を「共同注視(ジョイントアテンション)」というそうですが、おんぶにはそのような効果があったのであろうという指摘は、とても面白いと思います。
 同様に、最近、食事をみんなで一緒に食べることによる社会的認知的発達や、自己と他者理解に効果があるのではないかということを、香川大学の川田学準教授「食の中の模倣過程と自他関係の形成」ということで発表しています。これは、おんぶ同様に、みんなで食べる意味を社会性の発達の中で重要であるとするのは、とても面白い観点だと思います。いままで、みんなで一緒に食べることで食欲が増すということは知られています。また、最近、他の人と食べることで味覚が変わることもわかってきています。いわゆる、たくさん食べようとする意欲が生まれたり、好き嫌いがなくなるのは、みんなで食べることによるということが分かってきているのです。
最近、どこでも「食育」ということが言われていており、新しい学習指導要領、幼稚園教育要領、保育所保育指針にも食育が取り上げられ、食の営みとして見直されてきています。一方、一時期、家族の生活リズムの違いから子どもたちが一人で食事をするという個食や孤食が問題になり始めました。また、孤食をさびしいと感じずに、好むようになってきた子どもたちも問題になってきています。また、一緒に食卓で並んで食べていてもそれぞれのメニューが違う個食ということも問題になっています。また、乳幼児では基本的にはだれかに食べさせてもらわなければなりませんので、孤食はないのですが、母親と乳幼児2人きりで食事をするというケースが多いようです。
人類学的視点から見たヒトの食は、「人間は料理をする動物である」および「人間は共食する動物である」といいます。複数の個人が集って食事をするという共食が、ヒトの食を特徴づけ、また、人類における家族の起源と共食は深い関係にあり、子どもは家族を中心とした共食環境の中で、食行動や食文化はもちろん、他者理解や社会的ルールを学ぶ機会を得てきたのです。特に、食の基本が形成される乳児期では、多くの発達過程が見える中での食事は、食の自立、食具使用の発達、社会認知的発達においてとても重要であったようです。
最近取り上げられる「食育」は、栄養指導、料理活動、栽培活動での事例が多く、どれも「食材」に焦点が当たっていますが、誰と食べるかも重要です。そういう意味では、少子社会において、幼稚園や保育所で、子ども集団による食事はとても意味があります。特に、乳児からの食事も大人との二人きりで食べることは見直さなければならないようです。今年ドイツに行ったときに、園で保育者が乳児に食事を与えている姿を、幼児にも見せていました。
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共視共食” への7件のコメント

  1. いよいよ6年目のブログの開始ですね。不真面目コメンテーターとして当ブログにお付き合いして参ります。何卒宜しくお願い申し上げます。ご飯は一人で食べてもつまりませんね。最近家族と離れて暮す経験をしその後reunionして「共視共食」の有難さを実感しております。家族の絆とは恐らく「共視共食」によって形成されるのでしょう。家族であれ職場の仲間であれおよそ集団をつくりそこに「むすび」を作り上げるのは「食」でしょう。それゆえ「おむすび」はおにぎりであってはいけないのですね。そしてこの「おむすび」はもともとある絆をいつでも持ち歩ける、すなわち「おむすび」によって離れていながら見守られているのだ、ということになるのでしょう。食育と言われていることも、共に存在することの喜び楽しみ嬉しさに繋がらないと意味ないですね。

  2. 一昨年に従業員ともども、あいやま先生にお願いして研修させていただいたことがありました。
    そのとき、給食の時間の様子をつぶさに拝見しましたが、興味深かったです。
    こどもたちの食事中の会話が大人顔負けでほほえましい限りでした。
    食事は栄養摂取ということ以上に大切なことなのですね

  3. 6年目突入おめでとうございます。スタートした頃から読み続けていますが、今では臥竜塾が生活の一部であり、思索を深めるための道場になっています。これからもよろしくお願いします。「共食」の概念を初めて説いたのは文化人類学者の石毛直道氏ですね。石毛先生は、共に楽しく食する行為である「共食」によって生まれる人と人とのネットワークを「共食縁」と呼び、この「共食縁」を広げることによって、地産地消や町おこしなどの地域の活性化や少子高齢化などの社会的問題を解決できるのではないかと主張しています。この「共食縁」の広がりの出発点が、家庭や園で家族や友達と楽しく食事をすることであることは言うまでもありません。園での給食は成長に必要な栄養を摂取するだけでなく、食事の楽しさを共有することで社会性を養うことができるわけですね。

  4. 6年目に突入するんですね。藤森先生の考え方に合わせて臥竜塾の内容も深まって変化しているのを感じています。6年目はどのような深まりが待っているのか、そこから自分自身が何を掴むことができるか、楽しみは続きます。
    食事についての内容ですが、「食育」という言葉が、それを使えばそれなりの活動に見えてしまうような使われ方が目立つこと、栄養面の話が多くなっていることなどが気になっています。様々な栄養の大切さは十分に理解した上で、でも限られた栄養素だけを取り上げて摂取を促すのではなく、食べることに対しての具体的な提案や取り組みがなければ意味がないと考えています。みんなで食べることの重要性とその意味について、保育園から発信すべきことはまだまだあります。写真のシーンがもつ意味は大きいですね。こうしたことをもっと言葉にしていこうと思います。

  5.  6年目突入おめでとうございます。毎日勉強させていただいています。これからもよろしくお願いします。
     最近、盛んに食育が謳われています。子供たちに食の楽しみを与えるというのもそうですが、最近感じているのはそういっている大人のほうが食育が大切だということ。個食は子供がやりたくてやっているのではなく、大人がそうさせているのではないかということです。考えが柔軟な子ども達に食の大切さを伝えるのも大切ですが、大人一人ひとりが食べることを生活の営みの一つとして大切にすることが大事な気がします。

  6. ブログ6年目ですか、おめでとうございます。まだまだ、初心者で愛読一年目ですが、毎回多くの学びがあり、これからもよろしくお願いします。今回のブログでは「共同注視」という言葉が出てきましたが、江戸時代の子どもを取り囲む環境はこの「共同注視」ができる環境が多くあったのだろうと思いました。それが食事の場でも普通であったからこそ「好き嫌い」や「食事の量」が問題になることがなかったんでしょうね。栄養指導、料理活動、栽培活動での活動だけではなく、「共食」での学び、食の基本をもっと充実することが大事ですね。

  7.  6年目おめでとうございます。ただそれよりも、6年間も一日も抜けずにブログを書き続けている藤森先生がすごいと思います。
     食事をみんなで一緒に食べるのは本当に良いことだと思います。みんなで食べれば、嫌いな食べ物でも勢いで食べてしまうと思いますし、隣の人が多く食べれば自分も食べると思います。歴史の教科書を見ても人類が食事をしている絵を見ても、集団で食べています。決して一人で食べている絵は見たことがありません。ブログに書かれているように、孤食を好む子どももいれば、家庭環境も要因しているかもしれませんが、それは集団で食べる楽しさを知らないのかもしれません。そういう意味で集団の場というのはとても大切であり、集団の楽しさというのを知ってもらう必要があると思いました。

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