納得

 日曜日の朝9時になると、東京ではTBSラジオから天地総子さんの声で「ダイヤル ダイヤル ダイヤル ダイヤル 回せば ジャカスカ ジャカスカ … 子ども 電話相談室!」という元気な歌声が流れ、「全国こども電話相談室」が始まります。この番組は、1964年7月13日から2008年9月28日まで続いた人気番組です。司会者で印象に残っているのは、高階鈴子さんで、1966年4月から1970年5月まで担当していました。回答者として印象に残っている人として、永六輔さん、無着成恭さん、大橋巨泉さん、動物園長の矢島稔さん、そして、ドラえもんの声で回答していた大山のぶ代さん、天気のことについて回答した森田正光さんなどがいました。
 この番組では、子どもたちがさまざまな大人が答えに困るような質問や、今更聞けないような質問が多く出て、大人にも人気があったのですが、もうひとつ印象に残ることがありました。アナウンサーの女性の方が、回答者が答えたあとで「わかりましたか?」とか「わかった?」と念を押していたのを、ある時から全く言わなくなったことです。たぶん聴取者から局に、「しつこく子どもたちに念を押すのはどうか」とか「無理やりに子どもたちに納得させるのはどうか」という苦情がいったからだと思います。
 子どもたちはさまざまなことに興味を持ち、好奇心を持ち、知りたがります。よく大人に「なぜ?なぜ?」と質問をします。その問いに大人が答える時に、どの程度まで説明するのかを迷うことが多くあります。それは、質問をした子どもの理解度が年齢などによって違うからです。逆に、小さな子どもにわかりやすく説明するのは、とても大変です。たとえば、「テレビはどうして映るの?」と3歳児に聞かれたときにどう答えたらいいかわかりません。
 また、大人に対しても相手に納得がいくように答えるのはなかなか難しいことです。しかも、相手にだけ納得がいく答えをしていても、他の人にとって納得がいくものでなければ単に独りよがりにすぎないのです。以前のブログで紹介した「理科」という教科を学習するうえでの考え方があります。一人の人が納得がいったというのは、この人の頭の中で矛盾のない,調和のとれた一つの自然科学的な知識の体系ができたからですが、それは出発点であり、さらに,いっそう進んだ,あるいは完全な科学となるためには,納得のいった主体である自分を検討しなければならないといっています。この主体である自分が,単なる一個人限りのものであると,実は科学とはいえず、独りよがりでなく,多くの人が判断しても同じ結論が得られるものでなくてはならない。ということは,多くの人の経験した事実にも矛盾しない解釈が下されているということになるのです。これは,科学が主観的なものでなくて,客観性のあるものだといわれることだといいます。また,条件が同じであれば,常に同じ結果が,どこでも,いつでも得られなくてはならず、これか科学の普遍性といわれるものであるのです。
このように納得のいった解釈が,客観性や普遍性をもっているならば,このような解釈で築きあげられている知織の体系は,完全な科学ということができるのです。そして、そのような科学を子どもたちは,それぞれの発達の段階において持っていると考えられているのです。そして、その知識の体系は,だんだんと発達していき、次第に広く,深くなるのであって,子どもの科学といわれるものは常に進歩すると考えてよいです。ですから、幼児の疑問に対しては、質問に答えることではなく、そのことへの理解が深まるまで疑問を持続させることに意味があるのです。そのために不思議さに共感することが必要になってくるのです。

納得” への6件のコメント

  1. 幼児や生徒の疑問質問にはいろいろありますね。「不思議さに共感」して敢えて回答を出さないものと「これはすぐに教えたほうがこのことに関する関心が持続するだろう」という場合です。回答を出す場合私自身注意していることがあります。それは『「わかりましたか?」とか「わかった?」と念を押』さないことです。この念押しは大人の自己満足でありまた大人の強要です。自分の出した回答が正しい場合もありますが間違えている場合もあります。それ故「念押し」は当の子どもにとってはあまり意味を持たない、どころか、おそらく迷惑なお仕着せでしょう。大人の知ったかぶりはやはり子どもにとって有害とさえ言えるかもしれません。保育者が子どもにお説教して最後に「わかった?」と念を押す姿は私にとっては決して美しい姿ではありませんね。念を押してどんな意味があるのでしょう。念押しは蛇足です。

  2. 科学の定義を考えたとき、自分が子どもの問いに対して答えていた内容は、かなり不確かなものだったと思います。子どもの探究心から考えてみても、決してそれが増すような答え方をしていなかったと今更ながら反省しています。ある説に対して疑問を持続させるのは科学の一つのあり方だとも思うので、問いに対していきなり答えを提示する態度は科学的でもないですね。でもそんなことを知ったおかげで、探究心が増し疑問が持続するように答えるためにはどうすればいいのかを考えるようになりました。子どもを自分に置き換えて考えると、どのような答え方・接し方が適切なのかが少しずつ見えてきます。この奥の深さが楽しくてたまりません。

  3. あ?無着成恭先生、独特の東北訛りで一世を風靡した有名な方ですね。とっても好きでした。「宇宙人は何を食べてるの?」という質問に、「あのね?宇宙人はねぇ、宇宙食を食べてるの」という答えをしてスタジオを大爆笑させたことがあるそうです。こんな愉快な無着先生ですが、本当は質問にとても丁寧に答えたことで知られています。ある子どもが、途中で「わかりました」と言うと、先生は「まだわかっていないよ」とおっしゃって、子どもの理解がどの程度が察して、さらにわかりやすく説明を続けたそうです。ちなみに最後の相談内容は、「神様と仏様はどう違うか?」だったそうですが、どう答えたか定かではありません。

  4.  私も「子ども電話相談」と同じ番組かどうか分かりませんが、似たようなラジオを何度か聞いた事があります。最近、久々に車の中でその番組を聞く機会がありました。懐かしいなぁと思いながら聞いていましたが、子どもに説明をした後に「わかった?」と聞いた瞬間、子どもは間を置いてから、いかにも言わされたかのように「・・・わかりました」と答えていました。確かに難しい内容の質問でしたが、説明中も子どもを無理やり納得させた感じがしましたし、聞いていた私も理解するのが難しかったです。もし私が質問をした子どもの立場だと、トラウマになり、二度とその事については触れたくなくなると思います。「わかった?」という言葉はいかに子どもに脅迫をし、子どもの探究心、好奇心を無くしていると思いました。

  5. 「子ども電話相談」という番組は知ってはいるのですが実際には聞いたことがありません。「わかりましたか?」という質問は実際、保育の中でもよく使ってしまう言葉かもしれませんね。それはわかってほしいという気持ちの表れなのですが、結局考えを押しつけてしまっているということも多分にあるように思います。子どもたちの考えを受け止め、そこから探求心や好奇心をよりいっそう深めるためにもうまく距離感を保った上で言葉がけや環境作りが保育者としての専門性の一つであると思いました。

  6. 子どもの問いに対して見せるべき態度、姿勢、そこに人格が現れるように感じられ、先日もピクニックデイで先生は子どもからたくさん話しかけられていましたが、たくさん共感されていました。頷いたり、驚いたり、関心したり、だから2歳児クラスの子でしたが、会話が止まらず、先生が帰られたあとも「園長先生はどこに行ったの?」と側にいる先生方に聞いて回っていました。子どもに伝わる人格、子どもにも伝わる魅力、そういった小手先の技術でないところを磨いていきたいと思いました。

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