自己本位

 人は年を重ねるごとに、自分の考えが明確になっていきます。しかし、常にそれは真理に近づいているのだろうか、まだまだ学ぶことをしていかなければと自分の考えに不安を持っています。人からは、自信があるように聞こえるようですが、常に迷い、だからと言ってその迷いは自分自身のことであり、人にはきちんとした考えを伝えていくことの責任を感じ、気持ちを奮い立たせて決断をしていくことが多いのです。これは、「人は」と言いましたが、実は「私は」です。来月16日に、久しぶりに私の著作本が発刊されるにあたってそんなことを考えます。
 新宿区では、夏目漱石の生誕140年を広く伝えるため、さまざまな記念事業を平成19年度から実施していますが、その一環として平成20年12月に、脳科学者の茂木健一郎氏による講演がありました。彼は大の漱石ファンだそうで、講演では漱石が苦悩の末にたどりついた「自己本位」という生き方について熱く語ったようです。私は、その講演は聞いていませんし、講演内容はわかりませんが、前から漱石の「自己本位」に興味がありましたし、その考え方に共感し、今の私の心境に近いものがあります。
 夏目漱石は、晩年にはいろいろな人に慕われ、人を育てるのですが、その人生は必ずしも順調ではなかったようです。母親が高齢出産で、漱石誕生の翌年に江戸が崩壊し夏目家が没落しつつあったことなどから、生後4ヶ月で里子に出され、更に1歳の時に父親の友人に養子に出されます。その後も、9歳の時にその夫妻が離婚したため正家へ戻りますが、実父と養父の対立により夏目家への復籍は21歳まで遅れることになります。そのような家庭環境の混乱からか、学生生活も転校を繰り返し、小学校をたびたび変えます。中学以降も、12歳の時に東京府第一中学校に入学しますが、漢学を志すため2年後中学校を中退、二松学舎へ入学しますが、2ヶ月で中退します。その2年後、神田駿河台の英学塾成立学舎へ入り、17歳のとき、大学予備門に入学します。ここから、頭角を現し、ほとんどの教科において主席で、特に英語はずば抜けて優れていたようです。23歳のとき、東京帝国大学英文学科へ入学し、特待生に選ばれます。
大学卒業後、東京高等師範学校の英語嘱託を経て、松山の愛媛県尋常中学校に英語科教師として赴任します。ちょうどこのころ静養のため帰郷していた子規と共に俳句に精進します。年末のNHk「坂の上の雲」にも登場すると思います。33歳のとき、文部省から英文学研究のため英国留学を命じられ、渡英します。最初は勤勉に励んでいましたが、じきに英文学研究への違和感を感じ始め、神経衰弱に陥り、下宿先を何度も変えます。そんな中、 池田菊苗という化学者と出会い、刺激を受け下宿に一人こもりきりで研究に没頭し始めます。これを耳にした文部省は、急きょ帰国を命じます。帰国後、小泉八雲の後任として東京帝国大学英文科講師となりますが、彼の分析的な硬い講義は生徒に不評で、「八雲留任運動」が起こり、神経衰弱を再発させてしまいます。そのような中、高浜虚子に小説を書くようにすすめられ、38歳のとき 「吾輩は猫である」を執筆し発表します。
結果的に英文学から小説家に向かわせたのが、イギリス留学をしたときに感じた「違和感」でした。それは、日本人とまったく異なる生活を営む西欧人の姿を見、日本人には英文学の本質をわかることができるかと悩むのです。その結果、たどり着いた答えが、自分の感じ方を大切にするという「自己本位」だったのです。自己本位とは、自分自身を大事にして自由に生きていこうという考え方です。そして、自己本位とは、自己中心的な個人主義とは違って、他人の個性・自由をも尊重していく考え方だと悟るのです。もう少し、その考え方を探っていきたいと思います。

自己本位” への5件のコメント

  1. 自分と漱石先生の唯一の共通点は、大学で英文学を専攻したことで、19世紀の小説家トマス・ハーディーの文学を研究テーマとしていました。一度も訪れたこともないイングランドの農村風景を空想しながらの文学研究でした。漱石先生ですら悩む問題ですから、凡愚の小生には力及ばぬ難題。卒論も冷や汗ものでした。今は、全く学究の世界とは無縁ですが、『自分自身を大事にして自由に生きていこう』という今日のテーマは今の自分にぴったりです。「自己本位」の生き方を模索するようになって、とても自由になったように思います。竜馬伝がもうすぐ始りますので、今日はこれにて(笑)。

  2. 茂木さんの話の中には夏目漱石のことがたびたび登場してきます。例えば「坊ちゃん」の登場人物の中で夏目漱石は誰かという話があります。一般的には坊ちゃんが夏目漱石だと思われているが、実は赤シャツだとのこと。本当であれば隠しておきたい自分自身の嫌な面を赤シャツという人物を通して描いているとのことです。ユーモアを持って自分の欠点を表現することが他者との関係の中で自分を高めるためには必要で、これも自己本位という考え方に少しはつながっていることのかな、とも思いました。

  3.  新しい本、とても楽しみです。藤森先生は常に自分の考えをしっかり持っておられますし、講演も何度聞いても新鮮に聞こえますが、それでも迷っているのですね。それを聞くともっと自分でも考えないと!思うのですが、やはり藤森先生に頼ってしまう私がいます。
     夏目漱石がたどり着いた「自己本位」という考え方。私が聞くと、ぶれない自分の考えを持っている。ある意味自己中心的な考えという印象を持っていますが、そうではなく「自分自身を大事にして自由に生きていこうという考え方」そして他人も尊重していく。言っている言葉はとても理解できますが、正直私の頭の中では漠然としています。次回からのブログが楽しみです。

  4. 私は今回のブログ「自己本位」を読みながら一方で「則天去私」を考えました。私の勝手な解釈によると、自己本位とは、私心を去って、天の法則すなわち自然(じねん)に順う、ということで、そこには作為や有為はなく、ただ無為に過ごす、ことが求められています。従って、夏目漱石の「自己本位」とは漱石自身の悟り、ということなのでしょう。これまた私の勝手な解釈なのですが、夏目漱石の緻密さはおそらく、漢学や英語という言語を理科系的に捉えた結果、だろう、と考えています。だから大学での授業がつまらなくなるのですね。やがて自己矛盾自己分裂による神経衰弱に陥ります。しかし復活して個人主義ならぬ自己本位主義を打ち立てる。やっぱり漱石は悟ったんだ。ところで、こうして勝手な想像を巡らすと実におもしろい。そうそう夏目漱石の「自己本位」からは私は夏目漱石の「私の個人主義」を思い出しました。学生時代に読んだのに忘れてしまいました。この後のブログに取り上げられるか、請うご期待、といったところです。

  5. 自分の感じたことを大事にするというのは大切ですね。しかし、それが他者も同じように感じると勘違いしないのが、個人主義と自己本位主義との違いのように思います。一見、個人主義のほうが自分の感じたことを大事にしているように思いますが、その反面、自分の考えを他人に押しつけているようにも思います。自己本位主義にはそういったことよりも自分の考えをしっかりと持っているからこそ、他人の考えを尊重できる考えをもてるといったように私は受け止めました。自分自身、自己本位主義的に生きたいとは思っているのですが、なかなかむずかしいですね。

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