最近、何人かの人に「最近は、NHK大河ドラマつながりの場所に行かないのですか?」と言われることがあります。私は、毎年、妻とどこかに出かける時に、どこに行くか迷うことがあるので、その年のNHK大河ドラマの舞台を訪ねることにしています。今年は「龍馬伝」ですので、坂本竜馬に関係ある地を訪ねることになっているからです。しかし、坂本竜馬と言えば、土佐の高知と、現在活躍している長崎ですが、高知には「功名が辻」のときに山内一豊つながりで訪問しています。しかし、その時には、山内一豊が主役のため、彼はいい人として描かれていますが、龍馬伝では、彼が築いた身分制度が、幕府を倒すきっかけの一つになっていったとは歴史の因果を感じます。そういう意味では、NKH大河ドラマつながりは、舞台になった地を訪れることだけでなく、今までのドラマの出来事が、後の歴史にどのように影響していくのかというつながりを知ることも面白いですね。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」は、ずいぶんと大詰めに来ましたが、今年の1月3日の第1回放送は、「上士と下士」という題でした。当時の土佐藩においては関ヶ原の合戦以来、厳しい身分制度があり高知城城主山内家の出身である尾張や美濃出身の正規の藩士を上士といい、山内家が高知に入る前の藩主、長宗我部士の遺臣や、農民、商人から取りたてられていた藩士を下士として、厳しくも理不尽な身分制度がまかり通っていた時代が描かれていました。
土佐藩における上士は、原則的に家老・中老・馬廻・小姓組・留守居組の五等級に分けて構成されていました。また、下士は、郷士・徒士・足軽・武家奉公人に分かれていました。そして、土佐郷士の懐柔政策の一つとして、下士の中でも格式が最上位にある郷士や、その働きが認められた場合に上士の格式の最下位にあたる留守居組に昇格する場合もあり、それを白札と言いました。少し前に、ドラマの中で悲惨な最期を遂げた武市半平太は、白札郷士という留守居組に昇格しています。また、主人公の坂本竜馬は、郷士という家格の家に生まれました。本来、江戸時代の郷士とは、八王子市における「千人同心」のように、普段は農村で農業を行っていた武士のことや、または苗字帯刀を許された農民のことを指しましたが、土佐藩の場合は、関ヶ原の戦い以前に四国を支配していた長宗我部家の旧臣らで、山内家が土佐藩を統治するようになってから下級武士として藩に仕えるようになった武士を指す名称として用いられています。しかし、その中で、坂本家は、元々商家で郷士身分を金で買って譲受郷士になった商人であり、経済的にはかなり裕福な家だったようです。
今、放映されている「龍馬伝」の最近重要な舞台になっているのは伏見の「寺田屋」です。
現在でも、宿屋を経営していて、もちろん見学ができるのですが、宿泊もできます。妻とは、昨年暮れに訪れました。ここを仕切っているのは女将のお登勢です。彼女は、池田屋で働いていた「おりょう」と龍馬を結びつけます。そのためか、寺田屋の横には「お登勢明神」があり、そのわきの立て札には、「坂本龍馬とお龍さんを結んだ寺田屋の女将お登勢は百年祭を記念に神と祭られ将来の若き男女の守り神になりました。」と書かれてあります。なんでも、守り神になるのですね。
大河ドラマを観ていない者にとっては、そのつながりを感じることができません。大河ドラマを観ることが生活の中に入ってこないと現状では忘れずに観ることは難しいそうです。竜馬ブームに全くのることができていません。
それにしても、お登勢明神のような話はよく聞く話ですね。以前だとこういう話を受け入れることが苦手だったのですが、最近は少しだけですが「まあいいか」と受け入れることができるようになってきました。「こうでなければいけない」とか「こんな風に考えるのはおかしい」と一人ムキになったりしていましたが、ちょっとそこから離れると意外とおもしろいその先が見えたりします。そんな感じをもっと自分のものにしたいと、読んでいて思いました。
大河ドラマのつながりで旅行をしていると、過去の大河ドラマの内容と重なる場合があり、訪れる場所も被ってしまいますが、同じ登場人物でも話しによっては違ったように見えたりするのは、なんだか面白いと思いました。個人的には前回の大河ドラマ「天地人」で登場した豊臣秀吉は私が思っていた秀吉と全く違うように見えました。授業で歴史上の人物を知ると、その人物の印象というのは一つの方向しか見れませんが、大河ドラマや色々な方向から知ることで、実際にどのような人物かより詳しく知ることができます。子どもと一緒で、歴史上の人物もあらゆる方向から見ることが大切だと思いました。
竜馬とともに薩長同盟の締結に命をかけたのが中岡慎太郎。大河では、以前山内一豊を演じた上川隆也が演じていますが、竜馬のような派手さがないせいか、今一つ注目されません。土佐勤皇党の出身で脱藩して志士活動に入り、薩長同盟だけでなく、薩摩と土佐の同盟関係まで構築した功労者で、盟友の竜馬とともに近江屋で暗殺されています。竜馬と同じような経歴の彼の業績が、竜馬伝ブームの陰に隠れてしまっているのは残念です。彼の生家が高知県北川村に復元されています。藤森先生はここはご覧になっていますか?
NHK大河ドラマは小学校3年生の頃から観ています。途中なんらかの事情で観ない回もあったかもしれませんが小3以来40年間観続けているテレビ番組です。おかげで日本の歴史が好きになったことは言うまでもありません。そして日本史好きの偏りもNHK大河によって形成されています。大河ドラマの歴史的場所を訪れるという藤森先生の大河トレースの仕方は私にとってはとても新鮮でした。お金と時間を見つけ出せれば私も、と密かに思いを熟成させています。結婚した頃は付き合いで大河を観ていた家内も今では私以上にそのドラマにのめりこんでいます。hi-visionまたは総合またはBS2または土曜日の午後、と選択肢が広がった今、ほぼ観落とすことはなく、さらにHDD録画によっても楽しんでいます。NHK大河ドラマはまさに一家団欒の時間を提供してくれる必需品となっています。今年の「龍馬伝」も見ごたえがあります。
歴史とはどこかでつながっているのでしょうが、それを体感するのは難しいものだと思います。しかし、色々と訪れて、よくよく考えてみると時代・歴史がつながっているのがよくわかりますね。実際その場所に訪れて、その風景を見ることでドラマや教科書とちがったまた新しい感覚が得られるように思います。色々な目線を持つことはこういった歴史だけではなく、多くの物事に共通してとても大事なことですね。興味を持って楽しむ、そこから色々な探求心や好奇心も生まれてくると思いました。