昨日、紹介した新宿区立「漱石公園」の計画は公募でした。そこに集まった「区民プランナー」を中心にリニューアルプランを策定し、詳細な設計図を作成し、工事を行ったものです。そして、昨年は、夏目漱石の生誕140年を広く伝えるため、区では関係各所と連携し、区全体として、漱石生誕140年記念事業 を、1年を通して実施していました。
新宿では、公園整備については、住民とともにいろいろな計画を進めるやり方は評価されると思います。私の園の裏にある「おとめ山公園」についても、第一次実行計画として、隣接する公務員宿舎用地(約10,000㎡)とあわせた「区民ふれあいの森」として整備するとしています。一時、公務員宿舎があまりにいい場所にあり、国民から非難が出たことがあり、それを売却することになりました。当然、それを購入するのは、土地開発業者とか、マンション業者であることが多いのですが、新宿区の場合は、その土地を区で買い上げ、しかも、それに隣接する公園を広げる計画を立てたのです。
しかも、その次の計画として、このおとめ山公園に隣接し「区民ふれあいの森」の要に位置する民有地を取得することにしたのです。それによって、この購入する民有地が、既存公園と整備予定の公務員宿舎用地との有機的な連携を持ち、それによって公園の機能を高め、よりよい公園としようとしています。その計画に、区民から「区民ふれあいの森検討区民委員」を募集して話し合いをしています。
いろいろな施設をつくるときに、バブルの時は大きなもの、豪華なもの、そんなことに価値を置いた建物が多くつくられました。しかし、その多くは維持費が多大にかかったり、また、利用しにくかったり、今では持て余している施設も多く見られます。もっと、利用者サイドに立った施設づくりが必要です。また、大きな、さまざまな機能を盛り込んだ建物を一つ作るよりも、住民の生活に密着した、生活圏内に点在する施設整備が必要でしょう。そして、壊すのは簡単ですが、自然なり、文化なりを残すような整備も必要です。
夏目漱石は、明治40年9月、早稲田南町に引っ越し、大正5年、49歳で「明暗」の執筆中に亡くなるまで、この地に住み続けました。この、漱石が晩年を過ごした家と地を、「漱石山房」といっていたところをリニューアル工事をし、公園として保存することにしたのが「漱石公園」です。その中で、どんな施設を残し、新しく何を復元しようかという話し合いの中で、「漱石山房」の家どんなであったろうかという話になったのだと思います。そこは、ベランダ式の回廊のある広い家で、庭には背丈を越す芭蕉がそよぎ、とくさが繁っていて、内部は、もとは医者の家ということもあり、奥の十畳は診察室として使われていたような板敷きの洋間があり、漱石は、この洋間に絨毯を引き、紫檀の机と座布団をしつらえて、書斎としていたようです。書斎の手前の十畳間が応接間となっており、毎週木曜日に午後からここを開放し、訪問者を受け入れたのが、「木曜会」の始まりです。
そんなこともあり、まず、ベランダ式の回廊の一部を復元したのでしょう。そして、公園内「交流施設」の愛称を公募し、その中から「道草庵」に決まりました。

小説「道草」は、漱石の唯一の自伝的小説であり、大正四年(1915)に漱石山房で執筆されたというところからつけられています。「道草庵」では、漱石の関連資料やパネルを展示しています。 先日の日曜日に、道草して、妻と立ち寄りました。
漱石公園ができる経緯はいい話ですね。公共の施設を作ろうとするとき、効果などの数値になりやすいものが優先されて、実際に利用する人の声は生かされにくいような気がしています。利用する人の声というと、様々な立場の声を集めてもまとまらないのかもしれませんが、意見を出す側でそれらの意見をまとめ上げるところまで任せるようにすれば、ずいぶん出来上がりは違ってくるんでしょう。行政と利用者のそんな関係を作ることがこれからはもっと必要になってくるんでしょうね。
今回のブログのように藤森先生は散歩をした時に見つけた内容を書かれていますが、東京にはまだまだ有名な場所がたくさんあるのですね。
新しい建物が地方でもどんどん増えていきますが、東京のスピードはとても早そうですね。今建設中のスカイツリーなどの新しいものは出来上がると人々は感動しますし、観光産業としても活発になるので良いと思いますが、必ずしも新しい物が全て良いとは限らないような気がします。ブログにも書かれていますが、利用者が使いやすい、生活に潤いをもたらすような建物を作るべきだと思いました。
漱石ゆかりの土地と言うと松山や熊本を思い浮かべますが、夏目漱石が新宿生まれで新宿で最期を迎えたことは初めて知りました。没年が49歳。病気がちだったようですが、ずいぶん早逝ですね。「明暗」は彼の自伝的小説ですが、自分自身はもう50の半ばを迎え、彼の生涯よりも長く生きているのに、まだ何一つ世に問うような仕事を成し遂げていない。ほんと道草ばかりで…。「則天去私」-私心や少欲を捨て、天の道に則って生きる、それにはまだ修行が足りないか…。
夏目漱石の家や区民ふれあいの森のプロジェクトなど、新宿区の取り組みはすんでいる人の目線で作られているのがとても良いですね。検討区民委員を募集し、運営やその他諸々のことも行政と実際にすんでいる区民とで作っていく姿はまさに「民主主義」のいいモデルのような気がします。考えがぶつかることもあるかもしれませんが、うまくつながってほしいですね。ただ闇雲に大きく新しい建物を作るだけではなく、「漱石庵」のように、自然なり、文化なりを残すような整備を考慮した上ですんでいる人たちの憩いになるような施設が多くなっていってほしいですね。
区民のひとりとして、また「区民ふれあいの森」に隣接する地で仕事と暮らしを営む者としてその完成が待ち遠しい限りです。新宿区長さんとお会いするたびに、この「森」に期待してくれ、子どもたちにとってきっといい場所になるから、と嬉しい言葉を頂戴しています。人々に癒しをもたらす公園になるのでしょう。今からとても楽しみです。さて漱石没年と同年となった今年、このブログをきっかけに、そして地縁によって、夏目漱石について学んでみようと思います。読んでいない作品もたくさんあります。10代後半から20代前半にかけて幾つか読んだだけです。おそらく今漱石を読んだらたぶん当時とは違った何かを見つけ出せそうです。「道草庵」、今度行ってみます。