最近、内閣府から発表された「引きこもり」についてその数値を見ると、少し前の引きこもりと少し様相が変わっています。引きこもりの定義は、「ふだんは家にいるが、趣味の用事のときだけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」状態が、「6か月以上」にわたり続いていて、「(引きこもる)きっかけが統合失調症または身体的病気」や「家事・育児をする」人たちを除いた人数ですが、その内訳を見ると、「自分の趣味の用事のときだけ外出する」と「近所のコンビニなどには出かける」人を合わせると、「引きこもり」の88%になるようです。「引きこもり」というと、「自室からほとんど出ない」という状況に困っている様子がテレビなどで報じられます。しかし、このタイプは、わずか7%に過ぎないのです。
では、「引きこもり」と言われる人たちは、どのようなタイプなのでしょう。そうでない人との比較で、大きな差が出たのは、「初対面の人とすぐに会話できる自信がある」について、一般の人たちは「はい」と「どちらかといえばはい」を合わせて57%で、「引きこもり」の人たちは、合わせて23%でした。この数字を見ると、世の中が厭になって閉じこもるのではなく、人と接することに負担を感じたり、人と接することが苦手だという人が増えたということでしょう。最近の学力とも、生きる力ともいえる「コミュニケーション能力」に欠けてきたということにもなるのでしょう。
もうひとつの傾向は、「自分の感情を表に出すのが苦手だ」について、「はい」や「どちらかといえばはい」と答えた人は、一般の44%に比べ、「引きこもり」の人たちは71%と高く、自己表現が苦手だと感じているために、人と接することを避けるようです。ですから、自分の好きなことであれば、また、自分の世界だけで過ごせるのであれば、外にも出かけることはするのです。
仕事はできるのに、人間関係に不安を感じて、職場に行けなくなってしまう人が、最近の「引きこもり」の中核になりつつあるといわれています。いま、社会で働いている人たちの中にも、人間関係に不安や緊張感を抱えている人が少なくないと言われています。もちろん、いじめを受けて不登校になったり、引きこもりになるケースもありますが、それほど人との関係の中でのきっかけがなくても、人とかかわることが困難な人が増えてきているようです。
これらの現象を嘆くのではなく、どこに原因があるのかを考えなければなりません。「ダイヤモンド・オンライン(DOL))のメールマガジン第439号でジャーナリストである池上正樹さんが例に挙げている引きこもりの例で、 その人の両親をこう言っています。「母親は、外面はいいが、子どもにはヒステリーのようにわめき、きつく当たった。父親は学者で、学問には熱心だが、家庭に興味はなく、まったく子どもと話そうとしなかった。子どもが話しかけても、返事は来なかった。」いわゆるキレる子の多くの生育歴は、過干渉の母親と、無関心の父親との間で育てられた子が多かったようです。
親子の関係から、もう少し子ども同士の関係を重視し、子ども同士の関わりの中で、発達を保障する保育を考えていく時代になった気がします。
「引きこもり」を「自室からほとんど出ない状況」と勘違いしていました。ですから、引きこもりが約70万人とか約150万人とか報道されると、これだけの人が家の中に閉じこもりっきり???これは由々しき大事!!!となっていましたが実際は「わずか7%に過ぎない」とあり、ホットしたり、いやいややはり待機児童問題どころではない大問題だ!と強く思ったり、・・・。いじめ、対人恐怖症、引きこもり、キレる、人間関係に不安や緊張感を抱えている、これらは大人主導の縦関係の弊害ですね。「子ども同士の関わり」重視は学校時代に徹底して行われるべきだろうと思います。そのときの先生たちのスタンスは「見守る」ですね。その根底にあるものは子どもたちの潜在的な能力を信じるということです。概して、こうしたことができる人が子どもに対する「大人」なのでしょう。大人とは何か、今回わかったような気がします。
一般的にメディア等で伝えられているものを見ると、乳幼児教育を見直す必要があるという意見をあまり聞くことがありません。でも、人が育っていく一番の基礎となる乳幼児期にどのような体験をするかはとても大事なことだとだと思うので、アピールをしていかなくてはいけないと思っています。少子時代の子ども同士の関わりを大事にし、多様であることが豊かなことで社会にとっても重要なことだということを少しずつでも伝えていく必要があります。
先日の御講演の時にお聞きした〇〇制保育なるものが子どもの発達にもたらす影響というお話が思い出されます。医学の見地からはそのような手法は「情緒の安定」をもたらすかもしれないが、保育とはその子が将来どんなストレスにも負けないように育てることが目的だという趣旨の話はとても納得のいくものでした。所詮、医学は子どもの「今」を分析するもので、将来にわたる人格の基礎を築くのは保育の役目だと思います。その保育の在り方を、人と関わる力(コミュニケーション能力)を育てる保育にドラスティックに変えていかない限り、今後この国の引きこもり人口を減らすことはできないと確信しています。
今まで「引きこもり」と聞くと、自室に閉じこもり、食事も部屋から出ない様相をイメージしていました。その人数が大幅に増えたと思っていたので、大問題と捉えていましたが、ブログにも書いてあるように、引きこもりと言っても少し違うようですね。ただそうは言っても、人と関わることが苦手だから外にあまり外に出たくない、職場に行きたくないというのは、これはこれで大問題だと思います。そして、引きこもる子どもを認めてしまう親にも問題があるかもしれません。親子の関係から、子ども同士の関係を深く結びつけることが、とても大切になってきます。
人間関係の不安や緊張感は人間社会ですからそういったストレスはあるでしょうが、それに耐えることができない人が多くいるんでしょうね。だからこそ、外にでるのが億劫になったり職場に行けなくなったりする人が多くなってきたのだと思います。過干渉の母親と、無関心の父親がキレる子どもの多くの生育歴だと考えると少子化時代の大きな問題のように感じます。いま、子ども集団をつくる場所がどんどん少なくなっている中、保育園や幼稚園の存在はとても大切なものだと改めて思いました。