自己本位2

夏目漱石は、個人主義について大正三年十一月二十五日に学習院輔仁会において講演をしています。その中で彼は学習院で講演することになった因果を述べています。彼は、実は、学習院の教師になろうとした事があるのです。ある知人に推薦され、本人もすっかり採用された気になっていたのですが、米国帰りの人に決まってしまい、漱石は採用に落ちてしまいます。しかし、その時に高等学校と高等師範から声がかかり、その時、柔道で有名な加納治五郎が高等師範の校長だったために、そちらに行くことになります。その後、作家になり因縁の学習院で講演することになるのですが、それを漱石はこう言っています。「たとい私にしたところで、もしこの学校の教授にでもなっていたならば、単に新らしい刺激のないというだけでも、このくらいの人数が集って私の講演をお聴きになる熱心なり好奇心なりは起るまいと考えるのですがどんなものでしょう。」確かに、教授になっていたら、講演をするような立場にはならなかったかもしれませんね。ですから、漱石44歳のとき、文部省から博士号授与の通達があったのですが、これを辞退したため波紋を呼びました。この博士号辞退事件は、権威主義的な政府に激しい憤りを感じていた漱石の反抗の現れであったとされ、彼は博士号という名誉より作家であることを選んだのです。
そんなある意味で屈折した人生を送る中で、常に漱石は自分に問いかけます。文部省から英文学研究のためにイギリス留学を命じられたときにこう悩みます。「いったん外国へ留学する以上は多少の責任を新たに自覚させられるにはきまっています。それで私はできるだけ骨を折って何かしようと努力しました。しかしどんな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出る訳に参りません。この嚢を突き破る錐はロンドン中探して歩いても見つかりそうになかったのです。私は下宿の一間の中で考えました。つまらないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足しにはならないのだと諦めました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくなって来ました。」
このように悩んだ結果、文学という概念は、根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟ります。それまでは、「全く他人本位で、根のない浮き草のように、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事にようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似を指すのです。」所詮、日本人にとっては、英文学を語るということは、彼によると、「西洋人のいう事だと云えば何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が比々皆是なりと云いたいくらいごろごろしていました。」
夏目は状況の中で、自分に正直になるために居直ります。それは、何も世界に反しようとするわけではなく、「世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。」そして、自己本位という境地に達します。そのために文芸とは全く縁のない書物を読み始めます。それは、自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の施策に耽り出すためです。すると、「今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。」
このあたりの悟りは、全く今の私の心境です。保育を語る人は、すぐに西洋の理論を持ちだします。そして、カタカナで語れば、それが時代の先端かのように聞こえます。しかし、保育というのは、人の生活の営みであり、その風土、歴史、環境からの影響を多く受けます。しかも、それに味付けするのは科学であり、哲学です。私も最近は居直って、「自己本位」の四文字によって、考えを深めることにしています。

自己本位2” への5件のコメント

  1. 最近、思うことがあって人生のある決断をしました。自分の気持ちをごまかしながらやってきましたが、そろそろ「自分に正直」になりたいと思って、自分を変えてみることにしました。他人がどう言おうと、結局は自分の人生。自分の選択力に賭けるしかない。漱石や藤森先生の「自己本位」の生き方にはまるで遠く及びませんが、「生きるために」働くのではなく、自分が本当にやりたいことのために人生の貴重な時間を使ってみたいと思います。これが目下の私の「自己本位」の生き方です。

  2. 夏目漱石は本当にすごい人ですね。自分に問いかけ続けることによって自分自身で道をみつけていったという部分は、まさに自分が目指すところでもあります。そういう方が書かれた本ということを頭に置いて、あらためて著書を読んでみようと思います。「自己本位」という事の意味もぼんやりとしかつかめていないので、時間をかけてでも考えていきたいことです。

  3.  文科省からの博士号の授与を辞退したことなど、確かに屈折した人生かもしれませんが、その結果、他人本位から自己本位という境地にたどり着いたのですね。自己本位というのはそう簡単に会得できるスキルではないというのが分かりました。まだまだ私のレベルでは難しいですが、ただ保育に関してのだけの知識を知るのでなく、全く関係のない事にも興味を示して知識を得るのも大切だと改めて思いました。

  4. 前回の私自身によるコメントをお読みの方々は希少かとは思いますが、前回のコメント予測が今回のブログでドンピシャ、でしたね。今回のブログで紹介されていた内容こそが私が前回紹介した夏目漱石『私の個人主義』なのです。私はこの講演内容を講談社学術文庫によって読み知った(今ではもう内容をすっかり忘れた)のですが、この書を薦めて下さったのは学部時代にドイツ哲学について講義して下さった日本人の先生でした。今回のブログによってその当時の哲学科の当該教授の思いが分かったような気がします。すなわち、自己本位哲学の確立だったのでしょう。当時は日本論が盛んでしたから。それからつい先日帰郷の際にこの「自己本位」を滔滔と私に説いた方を思い浮かべました。氏曰く「toshiさんは・・・理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似・・・で、自分は中学しか出ていないが自ら創造している云々」と。まぁその通りで今後とも藤森本位で参りたいと思っています。自己本位など数十年先いや死ぬまでないかも・・・。

  5. 「世界に共通な正直という徳義を重んずる点」これを悟った夏目漱石は本当にすごい人ですね。自分自身、他人本位に生きているつもりではなくても、そうなっていることが多くあると思いました。「自分に正直に」この言葉は簡単なようで、実はとても難しく感じます。知らず知らず、人の意見や過去のデータにとらわれている自分を感じ、まだまだ自分本位の境地にはとても遠いと感じました。ただ、そうならないためにも一つのことにとらわれず、多くのことを自分に取り入れる柔軟さと探求心はしっかりと持っていないといけないですね。

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