私がテレビ番組で好きだったものの一つに1969年にNHKで放送されていた「からくり儀右衛門」という番組があります。江戸時代、儀右衛門という少年が、いろんな発明をしていく物語ですが、もちろん少年ドラマということでだいぶフィクションの部分があるのですが、この儀右衛門は実在の人物です。彼は小さいころから特別な能力を発揮しますが、彼を紹介するHPには、まず「探究心」(儀右衛門は失敗を恐れることなく、チャレンジし続けた!)と書かれてあります。生まれつきの天才とは、生まれつき探究心が強いということでもあるのです。生まれつき、いろいろな知識を持ったり、生まれつき、未知のものを予知する能力があったのではなく、生まれつき探究心が強く、いろいろなものを知ろう、いろいろなものをやってみようという気持ちが強いということで、その結果、いろいろなことを知り、生み出し、発明していったのです。また、その探究心の強さゆえに、失敗してもなおかつ挑戦しようとしたのです。次のキーワードに「好奇」が書かれてあります。べっこう細工師だった父親のその高度な技能、手業を目の当たりにし、またあるときは近所の鍛冶屋へ出かけ、真っ赤な鉄の塊が鎌や包丁などに形が変わっていく様子を一心に見つめ、道具屋でかんなで板をけずるやり方を見たり、刃物のつくり方や傘づくり、漆塗り、人形づくりなど、幼い頃から、好奇の目で見つめ、創作の何たるかを知らず知らず学び、どうやってつくっていくのかをすっかり覚え込んでしまいました。
また、彼が自らの道を拓くエネルギーにしたのは、「いたずら心」であったと書かれてあります。それは、私が大切にしている「遊び心」にも通じることです。こんなエピソードが紹介されています。儀右衛門が数えにして九つのとき、「これ、開けてみ?」と言って、自分が作った硯箱を開けるよう寺子屋の仲間に促します。それは、何の変哲もない硯箱でしたが、誰一人として蓋を開けることができませんでした。この硯箱こそ、発明家として最初に彼を有名にした「開かずの硯箱」だったのです。この箱を開けようとしてみんなが腕を組み唸る姿を見て彼は微笑みます。このように、常にまわりの人々を仰天させる小さないたずら心が、新しいものを発明していく動力なのです。彼が多く発明した「弓曳童子」をはじめとする、精巧な「からくり」は、そんないたずら心が生みだしたものです。
彼の名は、田中久重といい、現在、国立科学博物館に保存されている「万年時計」は、彼が発明した中でも和時計の最高傑作ならびに江戸時代の技術の精華として名高いものです。彼が、75歳の時、政府の要請を受けて東京に移る。銀座に電信機などのメーカーとして「田中製作所」を開きます。その製作所の看板には「万般の機械考案の依頼に応ず」を書かれていたといわれていますが、何かを考えだすことが楽しくて仕方なかったのでしょう。田中製作所において久重は、電信機や時報機などの機器を次々と開発し、日本のエレクトロニクス分野に光明を開いていきます。そして、彼の没後、弟子の田中大吉が受け継いでいきます。それは、看板ではなく、「情熱」と「探究心」なのです。その後、田中製作所は「芝浦製作所」と改称され、さらに後には東芝と改称します。
「いたずら心」からさまざまなからくりをつくっていった久重は、次第に、日本初の製氷機械や自転車、人力車、精米機、川の水を引き上げる昇水機など、生活に密着した製品の開発改良にも情熱を傾けていきます。「人々に役立ってこそ技術」というポリシーは、大切にしたいものです。
やはりといった感じですが、自分自身から湧いて出たものが学びにつながり、創造性につながるんですね。おそらくどんな子どもでも、程度などの違いはあるでしょうが、いたずら心を持っていると思います。それを伸ばす手伝いをしてあげるだけというシンプルな発想でいいんでしょうね。あとは人の役に立ついたずら心へ向かっていくような方向づけを心がけることでしょうか。
昨日の御講演で「親子の愛着関係」と「保育者との信頼関係」が、子どもたちの「探究心」を育むという藤森先生のお話、心から納得できました。「探究心」が「道具」を使うことに発展して、自発性を育むことで自尊感情が芽生え、情緒の安定を生みだす。「医学」と「保育」の違いも目から鱗です。資源のない日本が、世界に冠たる技術大国になったのも、からくり儀右衛門以来の技術へのあくなき探究心があったからと思います。見守る「保育」が「探究心」豊かな人間を創り、その人間が科学立国日本を支えていく。国はもっと、この点に注目すべきです。
今回のブログに出てきた少年「からくり儀右衛門」の話しを読んでいて、私が小さい頃にテレビで放送していたアニメ「キテレツ大百科」の主人公を思い出しました。歴史上の有名な偉人や発明家などは「探究心」というのは共通して持っているのですね。そして藤森先生の言われる「遊び心」も大切な物の一つです。子どもの頃に誰しもが持っている、探究心や遊び心、いたずら心などを大人の観点で押しつぶさず、人の役に立つ方向へ進ませてあげたいと改めて思いました。
大江戸からくり人形の「茶運び人形」と「段返り人形」「弓曳き童子」を、たしか在庫してましたので、組み立てて次回持参いたします。
展示させてくだい。
「からくり」細工は見ていて飽きません。とても興味深い。中は一体どうなっているのだろうと興味は尽きませんね。私は結構いい年齢になりつつあるのですが「好奇心」は一向に衰えず、「探求心」も少しはあります。まぁ端的に言うと「知りたい!知りたい!」なのです。「知ってどうする」と問われれば「生きることを楽しむ」と答えると思います。だから、長生きはしたいですね。生きていろいろを知りたいと思います。悲しいことも含まれるでしょう。それでも「知りたい」ですね。私を打ちのめす言葉は簡単です、「教えない」です。さて、とにかく子どもたちには「探究心」「好奇心」をもってもらいたいと思います。私の愚息に対してもそう思います。よって大人の私がやることは「教えない」ことです。あれ?
「弓曳童子」見たことあります。いかにも生きているような首の動き、からくり人形としても最高傑作と名高い有名なからくり人形ですね。それを作りあげた儀右衛門の色々なものを「探求」と「好奇」の目線で知らず知らずもの作りの基礎を学んだというのはまさに教育の神髄のような気がします。自分の中で本当に必要なものを抽出して、「いたずら心」や「遊び心」をもって、試してみる。それが後日の発明になる。この流れは色々な発見や発明をしてきた偉人たちに共通するように感じるのは私だけでしょうか。学ぶ楽しさ、見つける楽しさの基礎になる「探求心」や「好奇心」を幼少期に培ってあげることが私たちの役目だと改めて思いました。