神楽

「神楽」の起源は、古事記および日本書記の中で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が弟神・須佐之男命の悪業に腹を立てて天の岩屋戸に隠れた際、天の宇津女命(うずめのみこと)が岩屋戸の前で舞ったとされる神話が定説となっています。
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先日、見る機会があった石見神楽の一つ目の演目は、これを題材にした「岩戸」でした。実は、古事記におけるこの神話は、かなり卑猥の部分があり、本来は子どもたちに聞かせる話ではないのですが、神楽ではそれを格調高く演じています。このように、単純に、もう一度古事記を子どもたちにというのも考えものですが、この神楽を見に、地域の子どもたちが集まり、真剣なまなざしで見つめる姿は、日本に伝わる迫力ある舞踊に魅せられている姿であり、そこには、こうやって文化が伝承されていくのだという確信が持てました
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もうひとつ、それを感じたのが、石見神楽で演じる後ろで楽器を鳴らしていく子です。石見神楽で使用する楽器は「太鼓」「締太鼓」「銅拍子」「笛」の四種類です。舞の序段の拍子は舞歌に合わせて静かにゆっくりと囃し始めます。しばらくして、鬼などの出現が近くなったり、神と鬼との格闘などのクライマックスの段になると拍子が変わり、テンポが非常に速くなり、音も激しく奏でます。そして、鬼が退散した後、神の喜びの舞になると賑やかに囃し、最後はゆっくりと締めて舞い納めとなります。これらの演奏の中心は、太鼓で、囃子の中で全楽器をリードしていきます。同時に歌いを時々に入れます。また、唯一メロディーを奏でる笛の音色は、神楽の神秘性を増してくれます。これらのリズムやテンポは、同じ石見神楽でも地域によって違うようです。
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今回見た神楽では、銅拍子を打ち鳴らしている一人に、眠気を必死にこらえながらもリズムを壊すことなく必死に奏している5歳児がいました。なんども眠くなりながら、打ち鳴らすテンポは決して崩れることなく、2時間半にもわたる講演を最後まで奏しきりました。
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今回の演目の二つ目は、「八幡」です。この神楽は、九州宇佐八幡宮に祀られている八幡麻呂が、異国から飛来した第六天の悪魔王が、人々を殺害していると聞き、神通の弓、方便の矢をもって退治するという話です。現在、全国にある八幡神社の総本社は、この宇佐八幡宮ですが、そこに祀られているのは、応神天皇と言われていますが、それらの話は古事記は取り上げられてはいません。
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次の演目は、「日本武尊」です。彼は、古事記の中では、ギリシャ神話におけるヘラクレスのような英雄です。その逸話はいろいろとあるのですが、神楽で演じられたのは、東国の平定に向かい途中の出来事です。途中、賊首の教によって、兄ぎし・弟ぎしに、尊は、大野に誘い込まれ八方より火を放たれますが、伯母君大和姫より授かった尊の宝剣が自然と抜けて、草を薙ぎ払い、守袋の中の火打石で迎火をつけて、兄ぎし・弟ぎしを退治します。この時の剣が草を薙ぎ払ったので、「草薙の剣」といいます。
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最後の演目は、最も人気があり、最も迫力がある「大蛇(おろち)」です。この話も、古事記の中では有名な話で、来年度の小学校の教科書でも取り上げられている「ヤマタノオロチ」です。須佐之男命(スサノウノミコト)が、出雲の国斐の川にさしかかると、嘆き悲しむ老夫婦と稲田姫に出会いました。理由を尋ねると、八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)が毎年現れ、既に七人の娘が攫われ、残ったこの稲田姫もやがてその大蛇に攫われてしまうと言います。そこで、須佐之男命は、いろいろな木の実で醸した毒酒を飲ませ、酔ったところを退治します。そのとき、大蛇の尾から出た剣を「天の村雲の宝剣」と名づけ、天照大御神に捧げ、稲田姫と結ばれるという話です。

神楽” への6件のコメント

  1. 島根の伝統芸能をご紹介いただきましてまことにありがとうございます。
    島根のいわゆる石見地方では、大人も子供も石見神楽が大好きでお祭りの定番でして、このときばかりは、夜遅くまで子どもたちも鑑賞が許されます。
    神話に登場する土地柄ですが、こどものころ読んだ日本神話と旧約聖書やギリシャ神話に共通点が多い気がしていますが考えすぎでしょうか。
    ちなみに、不肖出雲屋の宴会芸はどじょうすくいでございます。
    http://www.youtube.com/watch?v=mUALuGno6Go

  2. 神楽であれ雅楽であれ、それを観たり聴いたりすると、日本人のDNAが呼び覚まされる。ああ、この国にはこんな素晴らしい伝統文化が受け継がれてきたんだと先人の労苦に心から感謝する。感謝、そうか、ひょっとしたら昨日の「愛国心」とは言葉を変えて言えば、日本という国に生まれたことを心の底から感謝できることではないか。それは外から押し付けられるものではなく、きわめて内発的なものだと思う。出雲の子どもたちは、石見神楽を通して日本人としての自覚を身につけることができて幸せだと思う。

  3. 神楽を観に来ている子どもたちの姿は、言われるとおり、まさに文化が伝承ですね。あまり興味のなかった神楽ですが、文化という視点で眺めるようになってからは、子どもたちが熱中している姿を大事にしなければと思うようになりました。神話も自分なりに勉強しているのですが、想像以上に面白く、またそれが様々な形で演じられているのが興味深いです。今では一年中あちこちで観ることができ、ミュンヘン日本祭でも石見神楽の公演が行われたりしているようです。自分の住む土地の文化に対する自分の捉え方をあらためている最中です。

  4.  恥ずかしいですが、「神楽」という伝統舞踊は初めて聞きます。また演目も古事記や日本書紀の中に書いてある話しを題材にしたようですが、かろうじて「ヤマタノオロチ」を知っているくらいです。そうは言っても写真からでも迫力は伝わってきます。話は変わりますが、地元のお祭りで天狗が獅子舞を刀などの武器を使って獅子を倒すという舞踊があり、それを見た瞬間に自分も天狗になり、格好良く舞ってみたいという夢を抱きました。おそらく、神楽をし真剣な眼差しで見ている地元の子ども達も、自分もいつか、格好良い鎧や刀を持ち舞ってみたいという夢を持つ子どもも多いと思います。気軽に伝統舞踊を見出ることで、それを見て感動した人たちが伝承舞踊を守り続けていくのでしょうね。

  5. 私は生れながらにして「神楽」には縁があったようです。というのは、私の生れた家は巡回神楽の定宿となっていたからです。毎年2月頃神楽の所属する神社を出て各地域を巡る神楽の方々7~8名来ました。私の家に泊まって(一泊ですが)ご近所の家々の門うちをして商売繁盛家内安全を授けるのです。泊まるその晩には我が家で神楽舞が披露されます。松迎えから始まり天岩戸、山ノ神、恵比須舞、ヤマタノオロチ、などなどの演目です。決して広くはない座敷がステージとなり太鼓、笛、銅拍子、の音色が冬のしじまに響き渡ります。近所の皆さんも大勢見え屋内は熱気に包まれます。この舞は夜半まで続きました。今は巡回神楽に宿を提供することはできませんが将来はまた提供し今度は地域の公民館センターで舞の披露をしてもらおうと思っております。今回のブログで子どもの頃を懐かしく思い出すことができました。ありがとうございました。

  6. 「石見神楽」一度見てみたいものです。写真で見ても、集中して見てしまうほど神秘的な様子がうかがえますね。八岐大蛇や日本武尊の話はとてもわくわくしたことだと思います。また、テレビやビデオなどのメディアではなく、その場で見るものはいかにも迫力あるのもだと思います。5歳の子がこの神楽の銅拍子をうっている写真を見るとこの地域の伝承が今でもしっかりと文化として根付いているように感じます。きっとこの地域の子どもたちは人一倍、神話について興味を持ったり、多くのことを感じたり知っていたりするのでしょうね。

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