今年の4月に、来年4月から使用される1、2年生の国語の全教科書に神話が登場するというニュースが流れました。現行の小学校国語教科書には、全学年で神話は掲載されていません。それが、来年4月から使用される1、2年生の国語の全教科書に神話が登場することになったのです。私の子どものころには、古事記が教科書にもありましたし、子ども用古事記の中での冒険ものを読んで、ギリシャ神話に近いわくわくした気持ちを持ったことを覚えています。確かに、正義や勧善懲悪などが素朴に描かれている神話は、いじめやネットによる情報過多など複雑な人間関係の中で生きている児童にとって新鮮に映り、「子供たちの心の中で強い印象を残す」という理由はよくわかります。しかし、江戸時代、本居宣長は,「古事記」を研究して「古事記伝」を書き、国学を大成しました。その国学は、有力な町人・百姓のあいだに広まり、のちに天皇をうやまう尊王論を育て、幕府を批判する思想になっていき、今NHK大河ドラマ「龍馬伝」で描かれている尊王攘夷に結び付いていきます。
今回、文部科学省によると、「古事記」「日本書紀」「風土記」のいずれかに含まれる話を神話として位置づけましたが、それは、歴史とか、史実ではないということをきちんと意識して伝えなければならないと思います。今回、教科書で取り上げられた神話は、どの会社も「古事記」であり、その中の「因幡(いなば)の白ウサギ」を5社中4社が、「ヤマタノオロチ」を2社が掲載、ある社は、これら2つに「海幸彦と山幸彦」などを加えています。確かに、これらにより当時の日本の様子を知る上での資料となることは間違いはありませんし、私たちの祖先が文字のなかったころから歴史を語り継ぎ、現在へ至ったことを子供たちに伝えることも重要です。
それは、多くの伝承文化が古事記に由来していることも多いので、古事記を知っていると、いろいろと興味を持つことできます。たとえば、いろいろと問題がありますが、今大相撲名古屋場所が解されています。その相撲の始まりは古事記にあるタケミカヅチノカミ(建御雷神)とタケミナカタノカミ(建御名方神)との国譲りの力比べといわれます。そして、日本書紀には、垂仁天皇の7年に野見宿禰と当麻蹶速が大和で相撲をとり、宿禰がすごい技をかけて、蹶速をふみ殺したとあり、宿禰は相撲の始祖とされています。これらの話を見ても、それはあくまでも神話の世界での話で、事実の裏付けはなく、真偽のほどはわかりませんが、ワクワクすることは確かです。
古事記を由来とし、それを知っていることで見方が深まるものに神に奉納する為に奏される「神楽」があります。先週末、「石見神楽」を見る機会があり、とても激しく、おもしろく興味深いものでした。
石見神楽の公演を見たのは、温泉津温泉の龍御前神社を会場に、月1回行われているものでした。この龍前神社は、その名のとおり、神社の前に立って見上げると、神社裏の山の中腹に竜の顔に見える岩が見えます。これが「龍岩」と呼ばれる天然の巨石です。その龍岩自身が神の宿る存在として信仰されていて、その岩の前に1532年、「龍の御前神社」が創建されたそうです。
ここで演じられた演目が、古事記と深いつながりであることは明日のブログで紹介します。
4月1日付の産経新聞は、「小学校教科書 神話で日本の良さを学ぼう」と今回の教科書改訂を手放しで歓迎している。『神話は古事記や日本書紀などにある古代日本の物語で、その時代の人々の生活や考え方を伝える貴重な遺産だ。神話を通して自国の伝統文化に親しみ、誇りを持てる教育を実践して欲しい。』さすが産経と思わせる主張ですね。神話の日本固有の歴史遺産としての価値は認めますが、それを小学生に教えることが自国を愛することにつながるというのが今一つ理解できません。これでは道徳の時間に命の尊さを教えることと大して変わらない。国を愛せよと一方的に教えるだけで愛国心が育つものか。翻って今の日本の教育が、子どもたちに寄り添ったものなのか。日本の家庭や社会が、子どもたちにどれほどやさしいものか。子どもたちが果たしてこの日本に生まれてきて心からよかったと思っているのか考えることから愛国心の議論は始めたいと思う。
古事記の内容などは確かに魅力的ではありますが、気をつけなければいけない点があるんですね。物事を深く知ることは、やはり大切なんだとあらためて思いました。芸能を通して古事記に触れる機会は比較的多いのですが、全く考えなかったことです。こうしたことを踏まえると石見神楽の演目がどのように解釈できるのか、丁寧に考えてみたいです。
藤森先生より小学校の頃は私の方が近いのに、国語の教科書に載っていた物語が思い出せません。今になってギリシャ神話や古事記に載っている話はほとんど藤森先生のブログを通して知ったものが多いです。それらを知らなかったせいもあり、ブログに書かれている話しに新鮮さを感じながら読んでいました。それがギリシャ神話や古事記なのかもしれません。今の時代の子ども達もきっと、わくわくしながら読むでしょうね。
今では「古事記」「日本書紀」共に興味の対象となっています。但し、じっくりと腰をすえて取り組むまでには至っておりません。いつかは・・・と思っています。ところで、こうして「古事記」「日本書紀」に興味関心を持つようになったのはわりと最近のことです。10代20代の若い頃はそれらの存在は知っていても旧世代の遺物と思っていました。そして左傾化すると共にそれらを右翼のシンボルと勝手に決め込みますます見向きもしなくなりました。若さはバカさですね。今はそうした若い頃の偏見を後悔することがしばしば。あの時ちゃ~んと読んでおけばよかった思う「古事記」「日本書紀」です。さて、「石見神楽」は有名ですね。いつかは実際の石見神楽を拝見したいと思っております。「神楽」については私も大変な関心を寄せています。
日本の神話を教科書に載せることは面白いでしょうね。というのも、私自身がそういった物語に興味をもっていて、少し知っているということもあり、わくわくする内容の物語やその土地土地に色々な文化や話が残っていることがたくさんあります。ただ、こういった神話は天皇の権威を象徴する内容が多いので、史実や歴史ではないということはしっかりと伝えなければいけないのは確かですね。しかし、日本に古来からある古事記や風土記といった物語は自分の周りにある神社や寺院にも密接に関わっていますし、日本の文化を知るのに重要だと思いました。神話を学ぶことで日本文化の色々な面に興味を持って、色々な発見をしてほしいですね。