学ぶ意味

 「江戸の教育力」の中で、寺子屋師匠の多くに受容され、コンセンサスともなったのは、学而第1の「余力学文」であると言っています。
江戸時代には、朱子学が台頭してきます。朱子学は、もともとは、儒教の学説とその学説の研究する学問ですが、その解釈の中で階級制社会を維持する上で便利な思想であったために、江戸幕府などに重宝されました。そうなると、どんな身分、地位にもかかわりなく学問をすることによって人は平等になれるという考え方とは矛盾します。この朱子学によって、学問する意味を否定されかけた町人や農民たちは、いかにしてその圧力をしのいだのか。寺子屋が普及する為に、大人たちは過去の経験を吟味し、子どもたちに自覚を促す方策を講じたはずです。その経緯を「江戸の教育力」という書物の中では、こう書かれています。「寺子屋師匠は百姓町人の子どもが“学文”、読み書きを学ぶことを正当化してくれる金科玉条を探し求めていた。彼らは孔子が若者に“学文”を強く勧めていることに着目した。」
 それが、「余力学文」で、「子曰。弟子入則孝。出則弟。謹而信。汎愛衆而親仁。行有餘力。則以學文。」(学而第1)の文言です。孔子は、「若者というのは家では親孝行して外では目上を敬わなければならない。さらに慎み深く誠実で区別なく人を愛して人格者に従わなければならない。それだけのことをした後に余力があったならば、そこで学問を学ぶべきである。」と言っています。ここには、学問は必要ないと言っているわけではなく、まず、人と接するうえでの態度を学び、余力があれば、知識を得ることが必要であるという考え方です。つまり、優先順位の話です。この優先順位を間違えている人を多く見かけます。実践があり、実際に人との関係性の中から共生と貢献を行ってから、学問という机上の学びをするべきだということです。
 藩校などでの学びは、武士として一人前になるために通わされていたというイメージがありますが、商人や職人、農民の子どもが義務ではなく、寺子屋に通う意味をどう見出していったか不思議です。そこには、庶民にいたるまで、子どもには教育が必要であるという意識の強い思いがあったからでしょう。しかも、それは、7,8歳で寺子屋で学び始める前の「0歳児教育」の必要性までも江戸時代には認識されていたのには驚かされます。江戸時代の子育て論には、子育ては「胎教」から始まり、さらに乳幼児期の教育が強調されているのです。それが、昨日のブログの「性、相近し。習い、相遠し」が根拠になっています。誰でも平等に持っているものは、「人の世にうまれていまだ私欲に染まらぬ前の、ひたすらに素直な心」であり、このような「生まれながらの気質の性」をいかに損なわずに育むかが子育ての目標になるのです。これが、子育ての本質である中庸で言う「誠」なのです。
この考え方は、最近私も強く感じることで、エデュケーションの基本的な考え方にとても近いものです。「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり」と中庸にあるように、人間は生まれつき、天から平等に「誠」を与えられているのです。しかし、これを本当の「誠」にすることが教育であるともいえます。それは、そうするというよりも、持っているものを引き出していくというイメージです。

学ぶ意味” への6件のコメント

  1. 江戸時代の支配者である武士階級の人々が、庶民が学ぶ寺子屋をどう見ていたのか興味があります。「人間生まれつきの性は変えられない」と主張する朱子学を統治のために官許の学問とした点から推測するとあまり好ましく思ってなかったかもしれません。その辺をうまく潜り抜けるために寺子屋の師匠たちは、一計を案じて「論語の読みかえ」をやってのけたのが、「余力学文」の思想の誕生の真相だと思いますがいかがでしょう。彼らの子どもの教育に対する執念を感じます。江戸時代は15歳までに一人前にすることが大人の責任だったようです。二十歳の成人式で暴れだす若者がいる現代とは比べ物になりません。

  2. 「人との関係性の中から共生と貢献を行う」ことと「知識を得る」ことの優先順位を間違えてはいけないということは、いつの時代でも大切なことがよく分かりました。寺子屋は本当に素晴らしい教育機関だったんですね。「生まれながらの気質の性をいかに損なわずに育むか」というのも、とてもシンプルですが大事なことです。このような江戸時代の教育がどう変化して今の形になったのか、不思議でなりません。

  3. 「学ぶ意味」というタイトルはとても重要です。今日、私たちの子どもたちは「学ぶ意味」を理解して学んでいるでしょうか?そもそも「先生」と呼ばれている人々はこの「学ぶ意味」を了解した上で教壇に立ちあるいは子どもたちの間にあるのでしょうか?私たちは何故学ぶか?それは端的に私たち人類が「共に生き貢献しあう」ことで豊かな世界を築きあげるため、と私は理解しています。これは江戸時代の寺子屋の先生たちと同じですね。そしてこの「共生と貢献」は遺伝です。従って、オギャア、と生れてから即座にこの遺伝のために「学び」が始まると考えられます。Starting Strongとか「生まれながらにして教育を受ける権利がある」とするのはこのことを言っているのですね。そして我が国には既に「胎教」があった。この事実は過小評価されるべきことではありません。今回もテンションを上げながらブログを読ませて頂きました。ありがとうございます。

  4.  ただ学んで、たくさんの知識をつける事が大切なのではなく、親孝行、目上の人を敬う、人を愛する、人格者に従うなど、生きる上で人との関係性の中でたくさんの事を学ぶ事がとても大切でその次に学問という順番を間違えてはいけないのですね。ブログに「生まれながらの気質の性」いわゆる「誠」をいかに損なわないのが本質を書いてありますが、優先順位を間違えなければ、それらを損なわずに育む事ができるのかもしれません。

  5. 「学ぶ」ということの意味を改めて考えさせられました。「知識を得る」ことがずっと「学習」であり、「教育」だと思っていたのですが、もっとそこに行き着くまでのプロセスとして、「目上を敬わなければならないことや、慎み深く誠実で区別なく人を愛して人格者に従わなければならない。」ということが大切なのですね。もっと人間性を高めていくことが「学ぶ」ということであったのに、いつのまにか寺子屋での考え方がなくなっていったことが残念で仕方がありません。改めて江戸時代の日本の教育の質の高さに驚きました。日本も一度原点回帰する時期なのかもしれませんね。

  6. 我が家の子どもたちを教育する、そういう視点で息子たちを考えた時にそれはとても難しいことと常々思っていましたが、この度のブログと昨今の先生のブログとが結びつき、その理由がわかったような気がします。子どもは外と内があり、家にいる時には内なのですね、その部分を保障してあげる必要が今はもしかしたら家の中にあるということ、そして、引き出すという意味合いでの教育は現代においてはとても専門的なものであり、それは保育機関や教育機関が行うべきものであること、家での躾に手をつけられないことの言い訳になってしまいそうですが、そのような着想を得ました。

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