何回かブログでテーマに選びましたが、「グッドデザイン賞」という賞があります。この賞を、私は二度受賞していますが、その歴史は古く、1957年に始まっています。その制度が、50年以上もたっても、今日までもなお存続し発展を続けているのでしょうか。それは、時代によってあまり必要がなくなったものではなく、ますますデザインが重要になってきたからです。私のブログでも、たびたび取り上げるのも、デザインという定義は、時代によって変化をし、その変化が、他の分野にも影響を及ぼしているからです。デザイン賞とは、応募された対象の中から「優れたデザイン」を選ぶものですが、この「優れたデザイン」というものが変化しているのです。
「グッドデザイン賞(Gマーク制度)」発足当時の文書には、その目的について「商品の良質化により国民生活の向上、産業の発展及び輸出貿易の振興を図るため・・・グッド・デザインを選定公表する」と記載されています。当時、教育の目的にも似たようなことがありました。目的に「産業の発展」があるのです。当然、国を復興させ、国を富ませる課題はいつの時代でもありうることです。国が富むことによって、国民の生活が富んでくるという発想です。そのために、個人の思いはあと周りになり、一生懸命に働き、産業が発展してきました。それは、物だけでなく、建物、道路造りなどにも反映され、いろいろなものが作られてきました。それを後押しするかのように、いろいろな施設が作られました。私は、その一つが「保育園」出会ったような気がします。子どもにとっての施設というよりも、産業を発展させることを支えてきました。
ところが、2008年、グッドデザイン賞は大きな変更をおこないました。それは「産業から生活へ」を「生活から産業へ」と踏み換える改定です。産業を発展させることで、生活が良くなるのではなく、人々の生活が豊かになることで、産業が発展してくるという発想の転換です。それには、デザインのもつ「近未来を描く力」を、まず生活者である人々が感じてもらうために、デザインが生活者の意志をくみ取り、その支持を得うる具体策を提示していこう。そのすることによって、デザインは社会全体を推し進める大きな力となるのではないかという発想です。今日のグッドデザイン賞は、人間活動の様々な分野領域でデザインが新しい解答をもたらすことを示しながら、「明日の生活」を実現する手がかりを生活者、産業、そして社会全体に提供していこうとしています。
では、保育園という施設はどのように変貌を遂げたのでしょうか。「明日の生活」を実現する手掛かりになっているのでしょうか。もちろん、保育所保育指針には「子どもの最善の利益を考慮し」と書かれています。しかし、議論の論点は、少子時代における子どもたちの育ちをどう保障するのかという言葉よりも、「親の仕事と育児の両立支援」というように、「育児」という言葉も、親の行為です。ここ数日書いている江戸時代の子育て観も、子どものために「親の愛情」という言葉に隠れた「親の都合」を振り切ってまでも子どもをどう育てるかを考えています。子どもにとって、親が一番、親の元が一番ということでもなく、親が自分のことをするために子どもを誰かに預けるのでもなく、子どもを国の宝とし、さまざまなところで子どもの育ちを支えましょう、社会みんなで子ども中心に考えていきましょうという気概を感じます。それが、結局は産業を支えることになるのです。
恥ずかしながら藤森先生に出会うまでは「グッドデザイン賞」なる企画は私どもには無縁のことであろうと思っていました。この賞は企業等のもので教育界や社会福祉の世界には関係のないものと誤解していたのです。2008年のグッドデザイン賞の変更「生活から産業へ」はまた新たな時代の到来を予感させてくれます。ワクワクしますね。藤森先生の二つのGマークはこの「生活から産業へ」を先取りしていました。おかげで保育界が少し世の中の流れに合流できる機運が出てきたなと思っています。冷静に考えたらわかることですが、保育園や幼稚園に集う子どもたちは日本や世界の「明日の生活」を担う人々です。すなわち「産業を支える」人々です。こうした視点で子どものことを考えたら私たち大人のしなければならないことは自ずと見えてくるような気がします。
子どもは「自分たちのために」と制度を変えるように動くことはできません。それは私たち大人の役目です。私たちは自分たちのためということだけにとらわれず、広い意味で子どもたちのためということも考える必要があります。でもそれが結果的に自分たちに帰ってくるのだから、絶対におろそかにしてはいけない部分です。みんなでそう考えられる国は当然強くなりますね。そんな社会を保育園からデザインしていくこともできるんだと考えると、本当にやりがいのある仕事です。
藤森先生と出会うまで「グッドデザイン賞」なる賞を意識したことは残念ながらありませんでした。そのこと以前に「デザイン」ということを考えたこともなかったような気がします。そしてご一緒に仕事をさせてもらうようになって初めて「デザイン」の重要さを日々認識できるようになりました。私は「環境」がとても大切だと自身の経験に照らして強調してきました。この「環境」はそのままで存在するわけではなく、その環境を充実させる、あるいはその環境に働きかける主体のことを考えてデザインする、このことが何よりも大切であるとわかるようになりました。私たちの園は「まなびのデザイン」によって関わる個々人が豊かになってきています。あらためてデザインのもつ力の凄さを実感しています。
「人々の生活が豊かになることで産業が発展してくる」という発想で成功したのが、フィンランドをはじめデンマークやオランダなどの北欧の国々だと思う。子どもを中心にした家庭生活、子どもの育ちを保障する教育、それらが将来の国の産業を発展させ、豊かな社会づくりの基となることを国の指導者が自覚しているところがすごい。まさしく「近未来を描くデザイン」が北欧にはあると思う。
まず保育の世界で二度も受賞している藤森先生は本当にすごいと思います。しかしグッドデザインと聞くと、例えば家具、食器、など物のデザインを連想します。それは単なる使いやすい形などだと思っていましたが、そうではなく、デザインが持つ力は、人々の生活が豊かになり、産業が発展していくという流れを生んでいるのですね。そしてデザインは物や形だけでなく、教育にも影響するのかもしれません。子どもの育ちを支える、子どもを中心に考えることがデザインであり、それが産業を支えるような気がします。
デザインが生活を豊かにするだけではなく、生活から産業の発展へという意味合いも入っていることに「デザイン」の奥深さを感じました。時代に応じていろいろとデザインの示す役割も少しずつ変わってきたんですね。「近未来を描く力」を一番秘めているのは子どもたちである思います。その子どもたちがよりよく生活し、学習できる環境を作ることが大人の役目だと思います。しっかりとどんなことが子どもたちの最善の利益になるのかをよく考えていかなければいけません