東京も梅雨に入っています。今日は晴れていますが、明日から雨の日が続くそうです。子どもたちは外に行けず、体を持て余し、ストレスがたまってしまいそうです。そんな心情を歌った歌が、北原白秋作詞・弘田龍太郎作曲の「雨」です。「雨がふります 雨がふる 遊びにゆきたし 傘はなし 紅緒の木履も 緒が切れた」遊びに行きたい子が、雨を恨めしそうに見ている姿が目に浮かびます。「雨がふります 雨がふる いやでもお家で 遊びましょう 千代紙おりましょう たたみましょう」この歌詞を読むと、子どもの気持ちがわかります。まず、「いやでも」とあるところを見ると、本当は子どもというのは、外で遊びたいのです。では、仕方ないので家で遊ぶとしたら、千代紙を折ったり、たたんだりして遊ぶところを見ると、女の子かもしれません。ということは、女の子でも外で遊びたいようです。それは、刷り込みかもしれませんね。その子が折り紙を折っていると、外で声がします。その声は、なんと、「雨がふります 雨がふる けんけん小雉子が 今啼いた 小雉子も寒かろ 寂しかろ」小さいキジのようで、「ケンケン」とないています。それは、雨に当たって、寒いからなのでしょう。キジの鳴き声は、雨の日の寂しさを強調しているかのようです。何も音がしないよりも、静寂さを感じます。そろそろ折り紙にも飽きました。というより、千代紙は貴重なので、1枚おれば終わりなのでしょう。まだ、雨はやみそうにありません。そこで、人形を寝かしつけます。「雨がふります 雨がふる お人形寝かせど まだ止まぬ お線香花火も みな焚いた」まだ雨はやみそうにないので、線香花火をやって止むのを待っていようとしたら、すべての線香花火をやり終えてしまった。どうして、雨の日に線香花火なのでしょう。それは、その燃え方が、寂しさを増すからなのでしょう。あくまでも、女の子の遊びの種類は、寂しさ、静けさを強調するための小道具なのです。
昨日、フィンランド在住の女性の方と、保育についてのシンポジウムを行いました。その発表の中で、フィンランドの幼児施設では、ほとんど毎日森に行きます。雨が降っても、室内で遊ぶことはしないで、レインコートを着て出かけるという報告がありました。子どもにとっては、雨も教材であり、遊び道具なのです。雨には雨の良さがあると考えるようです。こんな言葉がスクリーンに映りました。「天気に良いも悪いもない。悪いものがあるとしたら、その天気にそぐわない服装をすることである。」というものでした。検索で、「雨の日 遊び」を入れてみると、「雨でも目一杯遊びたいですよね。梅雨時に便利な室内施設を集めてみました。雨降りなんかに負けずに遊びに行こう!」やっぱり、室内です。
しかし、雨の日も子どもにとっては魅力的なものです。雨の時の子どもの心情を歌った歌「あめふりくまのこ」(鶴見正夫作詞、湯山昭作曲)があります。この歌詞は、すべてひらがなで、5連からなっています。第1連は、山に雨が降りだし、だんだんと本降りになり、地面に川筋ができました。その川筋は、小川みたいな川筋になり、あちこちに水たまりもできていることでしょう。第2連で、熊の子が登場してきます。川遊びごっこをしてあそびます。まず、雨降りでできた川筋の小川の覗き見します。魚がいるかなあと覗き見します。第3連は、できた小川には何もいないことが分り、熊の子は水を手ですくって飲みます。第4連は、それでもどこかに魚か小さな生物か何かがいるような気がして、落ち着きません。気がかりなのです。ですから、もう一度のぞいて見ます。第5連は、雨はなかなか止みません。そこで、熊の子は葉っぱを自分の頭上にかぶせて、自分の体が雨にぬれるのを防ぎます。
なんて、雨の中の子どももかわいいことでしょう。
「悪いものがあるとしたら、その天気にそぐわない服装をすることである。」いい言葉ですね。とてもシンプルな言葉ですが、「雨=室内遊び」という先入観をすっきりと消してくれる力強さを感じます。雨も子どもにとっての大事な教材と考えると、いろいろ発想が広がります。あめふりくまのこの歌詞もあらためて読んでみました。雨の中で楽しんでいる子どもの姿が浮かんできて、こっちまで楽しい気持ちになります。私たちが子どもたちにできることはまだまだたくさんあります。
大人にとって雨は気分も滅入って、とてもうっとうしいものですが、子どもの頃を思い出すと、雨がふると何かわくわくしたものです。雨に日でないと見れないものがそこにはいっぱいあって…。大きな水たまりに長靴で思いっきり踏んづけて水しぶきを友達にかけあったり、雨傘をグルグル回して水を跳ね飛ばしたり、雨の日の学校帰りはおもしろかった。道端のあじさいにかたつむりやなめくじを見つけて、ちょっといたずらしてみたり、普段見れない動物にも出会える雨ふり。雨がやんだら、空に大きな虹がかかってきれいだった。
梅雨の時期は確かにストレスが溜まるかもしれません。室内もジメジメしますし、蒸し暑くなります。ただ、梅雨の間に時たま見せるカラッと晴れた太陽は、とても気持ちがいいです。そうは言っても梅雨の時期ですから、すぐに雨が降ってしまいます。ただ逆に考えると、雨だからこそ出来る事があるかもしれません。「天気に良し悪しもなく、悪いものがあれば、その天気にそぐわない服装をすること」学力が世界一の国の考えはやはり違うと実感しました。私も「雨の日=室内」という刷り込みがあるので、雨の日は気分も落ち込みますが、雨の日だからこそ、出来ない体験があると考えれば、雨でも楽しみになります。その辺りで、子どもに貴重な体験などをさせる事が保育士の専門性につながると思いました。そして雨の中で色々な経験をすることで子どもの探究心などを引き出すことが重要かもしれません。
日本における雨の日の遊び方を考えると思い浮かぶのは「室内」の遊びばかりですね。雨を感じるのもあくまで視覚的なことが多く、雨を感じながら遊ぶということはほぼないですね。フィンランドではレインコートを着て保育をしていると聞き、とても新しい保育の形を知りました。多くの人は雨の日が憂鬱に感じるときが多いです。それはもしかしたら、小さいときから雨の日に外に出れず、楽しいことがない経験が多かったからそういう固定概念が生まれたのかもしれませんね。「天気に良いも悪いもない。悪いものがあるとしたら、その天気にそぐわない服装をすることである。」まさにこれこそが自然を取り入れた保育というように感じました。
今では少雨でも傘をささないとダメなのですが、実はある時期までアウトドア派兼雨に濡れることを楽しんでいました。「雨も教材であり、遊び道具」という子ども時代を一時過ごしました。我ながら不思議です。今ではインドア派で、アウトドアの例えばキャンプなどは決して行きたいとも思いません。これは一体何故か?もしかすると子ども時代にアウトドアを体験し過ぎたせいか。今は雨降りの日は基本屋内で静かに過ごしています。それでも雨の音は好きです。いろいろな降り方がありその降り方に応じて音色が違うのです。いいですね。今の子どもたちは雨が降ると屋内です。でも、もしかすると、私のように屋内にいて「雨の音」を感じているお子さんもいるのでしょう。今は雨のシーズン。毛嫌いせずに雨降りを楽しみたいものです。