茶碗蒸し

 少し前に長崎の園を訪ねたとき、昼食に出前を取っていただきました。届いたのは、「吉宗」の茶碗蒸しと蒸寿しが一対となった「夫婦蒸し」というメニューでした。
tyawanmusi.JPG
この組み合わせは、「吉宗」が創業当時、忙しい人の為にと考えられたもので、長崎の山海の幸を生かした家庭的な味です。茶碗蒸しには、あなごをはじめ、白身の魚・かしわ・しいたけ・きくらげ・ぎんなん・たけの子・蒲鉾などが入っています。
 江戸時代の料理書によれば、茶碗蒸しは寛政年間(1790年代)京、大坂に始まり江戸、長崎に広まったといわれています。元禄2年(1689)、長崎に唐人屋敷が設けられ、唐人料理から卓袱料理が生まれました。その献立の一つであったのが茶碗蒸しだそうです。しかし、「吉宗」のHPには、茶碗蒸しの歴史として、このような経緯が書かれてあります。「伊予松山の藩士であった吉田宗吉信武は、出入りしていた長崎の肥後屋敷で初めて茶碗蒸しを食し、こんなに美味しい料理があるかと感動したそうです。1866(慶応2)年、ついに宗吉は『吉宗(よっそう)』の屋号で長崎市万屋町に茶碗蒸しと蒸し寿司の専門店を開業してしまいました。当時、近所にあった魚市などで働く忙しい人々のため、手軽でうまい食事を提供しようと、蒸し寿司と茶碗蒸しの2碗をセットにして“夫婦蒸し”として売り出して以来、長崎を代表する庶民の味として親しまれています。」
yosso.JPG
初代・宗吉は、茶碗蒸しに合う具材は何かと思案した末に、現在の9種類を選んだそうです。そして、ボイラーの火の、噴出し口の上に、1段に茶碗蒸しを5個ずつ入れたせいろを10段積み上げ、一気に50個を蒸し上げます。微妙な火加減をし、3分の2まではある程度の強火で蒸し、次に火を弱めてゆっくり蒸し、できあがったら、せいろの上下を入れ替えて、さらに余熱で蒸らすそうです。茶碗蒸しは、家庭ではふつう、円筒状の茶碗に具材をいれ、溶き卵に薄味の出し汁を合わせたものを入れ、蒸し器の蓋をずらして乾いた布巾を挟んで蒸し器で蒸します。蒸し時間が長いと、卵が凝固し過ぎて隙間ができてしまいます。この表面にできてしまう小さな穴の隙間を「す」といい、「すが入る」と言います。今は、簡単に電子レンジで作れるようです。具として欠かせないのが、銀杏とシイタケです。シイタケは干してあるモノのほうがビタミン類は明らかに豊富ですが、香りが強すぎるので、出汁や三つ葉、柚子などの微妙な香りを消してしまいます。ですから、生の椎茸を使った方がいいようです。また、マイタケには卵のタンパク質を分解してしまう成分が含まれているので、使わない方がいいようです。
一方、江戸前の握りはねたの良さで勝負する屋台から始まったものですが、大阪寿司は、寿司飯と具の調和が活きるテイクアウトの出来る料理屋の寿司です。そんな大阪寿司を散らし寿司にして器ごと蒸し器に入れて蒸したものが「蒸寿し」です。蒸し寿司は蒸す事によって酢の酸味が減るので、食べる前に好みで酢を少量掛けて食べるといいようです。
 長崎というと、「長崎ちゃんぽん」や「皿うどん」が有名ですが、最近は、「長崎角煮まんじゅう」が人気があるようですが、「茶碗蒸し」と「蒸寿し」も有名だとは知りませんでした。