トロッコ

昨年11月10日のブログで、黒部でトロッコに乗った話を書きました。そして、そのときに芥川龍之介の短編である「トロッコ」についての思い出をかきました。この小説は、男の子が、少年時代に、誰でも経験する冒険心と、また、そののちに来る不安を描いた作品として、共感を呼ぶものです。そんな思いに、この作品が忘れられない人も多いようです。
映画「春の雪」の現場でチーフ助監督を務めていた川口監督も、そんな一人でした。幼いころに教科書で読んだこの物語が忘れられず、是非いつか映画化したいと長年温めていました。しかし、今では、芥川が描いたトロッコは、どこにもありません。ふと、撮影の合間の軽いおしゃべりで、「台湾にトロッコ線路ある?」と、撮影監督の台湾のリーさんに聞いたところ、「台湾には昔のトロッコ線路がまだ残っているらしいんだ」と言われ、芥川の本当の小説は、大正時代の小田原から熱海までのトロッコ路線での話ですが、その小説そのままを、台湾でロケをして作ろうと思ったようです。
ロケハンに訪れた台湾で、そこで出会った日本統治時代を経験し、美しい日本語で思い出を語るお年寄りたちに強く心を打たれます。運命的に台湾へと導かれ、3年の歳月をかけて、原作を大きく脚色したオリジナル脚本をもとに、映画「トロッコ」を作りました。今日は雨が降っていたので、いつものウォーキングをやめて、その映画を妻と見に行きました。久しぶりの映画ネタです。
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ある夏の日、急死した台湾人の父親の遺灰を届けるために、兄弟は日本人の母親と、台湾の小さな村にやって来ます。そこで待っている、日本人びいきの祖父母と数週間を過ごします。素直に甘えられる弟とは対照的に、兄は悲しみも母親を案ずる気持ちも、小さな胸の中にしまい込んでいて、気丈に振舞います。そんな心情をくみとる余裕がない若い母親と、少しずれていきます。彼は、父親から譲りうけた大事な写真に写るトロッコの場所を見つけます。数日後、ある決意を胸に兄弟は、山と森を再生させるために東京に留学したいと思っている青年を手伝いながら、トロッコに乗り込みます。最初はそのスピードに胸を躍らせますが、鬱蒼とした森の奥へと進むにつれて不安がもたげてきます。この不安が、少年のこれからの生活に対する不安を象徴するかのように描かれ、芥川の小説を彷彿とさせます。
この映画には様々なテーマがありますが、私は、母子の思いの掛け違いに、忙しさから気がつかないために、子どもが切ない思いを小さいながらも必死に耐えている姿に胸が詰まります。素直に甘えられる弟に対して、母親は不憫に思います。しかし、実はナイーブで、大好きな父親が急死したことに傷つき、母親の愛に飢えている兄が、その思いを胸にしまっていることに、仕事をしている母親は気がつきません。親は、兄とか姉はしっかりしていると思い、あなたはしっかりしていると頼りにします。それに対して、下の子は、弱くて、頼りないので、かわいがります。親は子に対してどちらも愛情に差をつけているわけではないのですが、上の子は、特に兄弟に兄の方は、とかく親の期待にこたえようと胸を傷めていることがあります。
今年度の初め、私の園で、ナイーブな時期の兄の思いを受け止めるために、自宅からより近い職場に異動した職員がいます。一生懸命働くのもいいのですが、子どもたちの親を求める気持ちが感じとれなくなったら、少し一息入れる必要があると思います。

トロッコ” への7件のコメント

  1. 映画「トロッコ」、YouTubeの予告編だけで目がウルウルしてきました。子育てに悩む母親が、「子どものいない同年代の人が羨ましい」と語るシーンがありますが、うちも夫婦二人だけの家庭で子どもはいません。漫才コンビみたいな夫婦なので、子どものいないことは寂しくはありませんが、母親としての家内を見てみたいなあと思うことはあります。子どもというのは、時に煩わしい存在かもしれませんが、子育てをしないと得られない経験や人とのつながりもあります。やっぱり、子どものいる家庭が羨ましいというのがこの映画から感じることだろうと思います。

  2. みんながみんなそうとは限らないと思いますが、これまで知り合った台湾の方は皆気さくであまり変な気遣いをしなくて済みます。最近もコンサートで台湾出身の方と知り合いになりました。中国の企業の日本支社で働いているとのことです。日本語は私より流暢です。その人の知り合いのお子さんが私たちの園に入っている、ということで私たちの園のことも知っていました。世間とは本当に狭いですね。台湾には行ったことはありませんが、行ったことのある人の話を聴くと、昔の日本の面影を残しているところがそこかしこにあるとか・・・。「トロッコ線路」も台湾には理想的な形で残っていたのですね。「親の期待にこたえよう」、長男の思いはいずこも同じかな、と何だか胸が熱くなります。

  3. 兄の思いと弟の思い。それぞれ違っていて当然なのに、余裕のないときはそう考えられないこともあります。兄の思いだけでなく、弟の思いに対してもです。それに気づいたときに何を優先するかの判断が大事なんですよね。「ああ、またやってしまった」の繰り返しではありますが、少しずつですが変わってきていることを自分でも感じています。この先どんな判断をしながら進んでいくのかを、楽しむくらいの余裕があってもいいのかなと思うようになってきました。

  4.  写真のようなトロッコやインディー・ジョーンズの映画に出てくるトロッコなどに乗って、冒険してみたいと常々思います。そんな夢をいつまでも持ち続けたいと思います。
     兄の心情を、細かく再現した映画…とても見てみたいです。私は上の立場ではないので、どのような心境になるのか分かりません。確かに兄や姉というのは親から信頼され、頼られる存在です。保育園でも年長さんは先生に頼られます。実際に私も年長の子ども達を頼ってしまう時がよくあります。中には期待に応えようと無理をしたり、甘えたい子ども達がいるかも分かりません。毎日「年長さんなんだから…」と言うのでなく、時には上の立場の子ども達の気持ちをしっかりと受け止める時も必要ですし、それが保育士の一息入れる時のような気がします。

  5. 私は上に一人兄弟がいますが、やはり甘えべたなところがありますね。小さいときから「自分は兄だから」と我慢することも多かったと言っていたことがありました。兄もそれは見せまいとしていたこともこの映画の兄のようにあったのかもしれません。両親も性格を理解していても、忙しくついつい頼ってしまうことがあったといいます。「一息いれる」ことで本来のその子の姿を受けとめる時間は必要ですね。

  6. 芥川龍之介の「トロッコ」は中学か高校の国語の授業で読んだ記憶があります。あまり内容は覚えていませんが…。
    「親は、兄とか姉はしっかりしていると思い、あなたはしっかりしていると頼りにします。それに対して、下の子は、弱くて、頼りないので、かわいがります。親は子に対してどちらも愛情に差をつけているわけではないのですが、上の子は、特に兄弟に兄の方は、とかく親の期待にこたえようと胸を傷めていることがあります。」とありますが、長男としてとても分かる気がします。映画を観てみようと思いました。

  7. 実は人知れず思いを抱えているのに、なかなかそれを出すことができずにいるという姿はもどかしいですね。出していない分、周囲もそのことになかなか気づけないということにもなりそうで、その子の気持ちになると切ないなと思ってしまいます。私も長男なので、兄弟の中での年長者の気持ち、なんとなく分かる気がします。しかし、我が家の場合は割と周囲から可愛がられる私に対して弟はどんな気持ちだったのかなといまふとそんなことを思いました。きっと弟には弟なりの気持ちがあったんだろうなと思います。

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