荘子1

 荘子(そうし)は、老子の思想を楽しくわかりやすい内容で語っています。その書物は「荘子(そうじ)」と濁るのでややこしいですね。この本で、動物を人間にたとえたり、植物から生き方を語ったり、その工夫は、「遊び心」満載という感じです。しかし、その遊び心を発揮できるというのは、きちんと老子の考え方を学んでいるからであって、決してふざけているわけではありません。今、 園の有志の職員と勉強会をしているのですが、たとえば、子どもたちには理屈抜きで楽しいことをしてもいいのではないかという話になりました。その時、私は、「だったら、大学生のころのほうがもっと面白いことができたのではないか」「その後国家資格をとってからの面白さとは、どう違うのか」ということについて話し合いました。子どもは、よく「うんち」とか言いますが、荘子も同じように「うんち」という言葉を使って、道を説明しています。
あるとき、東郭子と荘子の問答です。
東郭子が「あなたのいう道はどこにあるのですか?」と荘子に尋ねると、荘子は、「どこにだってあるさ」「では、例をあげて説明してください」「虫けらの中にある」「そんな下等のものの中にあるのですか?」「ヒエの中にだってある」「ますます下等ですね」「煉瓦の中にだってある」「だんだん酷い物の中になっていきますが」「いやいや、うんこや小便の中にだってある」「……?」(「荘子」外篇・知北遊)
この後、荘子は、どうしてそういう「下等」なものばかり例にあげたのか説明しています。それは、東郭子が「道」を上等なものと思っていて、自分たちには手の届かない、特別なものだと思っているために、「道」というのは万物の根源であるからこそ、どこにでも「道」は存在するということを言いたかったのです。それと、道というのは、すべてのものの中にあるものなので、頭の中だけで考えるのではなく、事物をよく見ることで道を知ることができるのだということを言いたかったのです。これが荘子の「道」に対する考え方の基本で、この後、「万物斉同」という荘子哲学の真髄ともいえる部分の説明になっていきます。
荘子の「斉物論物」にこんなくだりがあります。「無非彼、物無非是。自彼則不見、自知則知。故曰 彼出於是、是亦因彼。」英語を初めて習った時に、私の教科書は、「This is a pen.」から始まっていました。その次が「That is a book.」でした。その時、「これ」と「あれ」の区別を教わりました。近くのものが「これ」で、向こうのほうにあるものが「あれ」ということは、もし、本のそばにいる人からすれば、本は「これ」になり、ペンは「あれ」になります。考えてみれば不思議ですね。他にも、1人称の「私」が、他の人からすると「彼」になります。そのように、その人の立ち位置で逆転するということは、たとえば、自分が「悪」だと思っているものが、相手から見ると「善」ということもあるのです。それは、時代によっても変わります。日光浴が体に良いと思われていたのが、日光浴は体に害であるというようにです。時代、見方、立場によって、物の善悪は変わってしまいます。
このように、人間の判断は一方的なものです。それに、彼という概念は、自分のことを是れということによって生まれてくる概念です。その二つは依存し合っているのです。よい子、悪い子という判断は、お互いの相対的な判断から来る基準であることを承知しておく必要があるでしょう。

明鏡

 老子の教えを「老荘思想」と言いますが、それは「老子」と「荘子」の二人わ合わせた呼び方です。この「老荘思想」は、古代中国哲学の一つですが、中国だけでなく、日本においても、これまで多くの人びとに影響を与えてきました。この老荘思想が最も大切にした、最上のものとしたのが「道」である「タオ」ですが、老子は、この道について、哲学的な思索を深めていきました。そのために、なんだかよくわからないような、禅問答のような説明をしています。そして、この老子の思想を引き継いだのが荘子で、「無為自然」「本当の幸せ」「心の大きさ、人生の大きさ」などの抽象的なテーマを、寓話やおとぎ話風の読み物として誰にでもわかりやすくまとめました。そのために、老子が、かなり政治的なものの言い方をしているのに対して、荘子は、政治的志向が非常に薄いと言われるゆえんかもしれません。それにしても、彼ら二人が説いた「老荘思想」は、すべてのものが自然から授かり、その為に自然に生き、自分の心と自然を一体にして、無理せず、心安らかに、幸せに生きることを目指したのです。そんな姿勢は、現在でもとても参考になります。
 孔子が生きた時代に、足切りの刑に処せられた王駘という人物がいて、彼は、講義するわけでもなく、議論するわけでもなく、人を指導するようなことは何もしていないのに孔子と同じくらいの弟子を集めていました。孔子の弟子である常季は、孔子に「王駘は、自分の知恵によって自分の心をとらえて、自分の心をさとっただけの人物です。とても博学だとは思えません。それなのに、どうして多くの弟子が集まるのでしょうか。」と尋ねてみました。すると、孔子は 「人は流れる水を鏡にすることはないでしょう?止まっている水を鏡にするのです。止まっているものだけが物事を映し出すことができるのです。王駘はまるでじっと止まっている水のように落ち着いた平静な心を持っているので、自分の心を見たいという人々の心を見事に映し出す。だからみんなの足も止まるのですよ。」 と答えました。
この孔子の言葉として出てくる「明鏡止水」という言葉は、荘子の内篇 徳充符篇第五にある「人莫鑑於流水、而鑑於止水、唯止能止衆止」が出典です。人は、流れている水面を鏡とはしないで、静止した水面を鏡にする。静止しているからこそ、真の姿が見えるということから、一点の曇りもない鏡や静止している水のように、よこしまな心がなく明るく澄みきった心境を指す言葉として使われます。
確かに、水面が波立っていると、人の姿は映し出しません。鏡のように静まり返って、波立つことなく静かに澄んだ水の水面は、人の姿を映し出します。人の心もまた、波風立てず、不動の境地に至れば、あらゆるできごとを虚心に受け止めることができることができるでしょう。その姿を、荘子は、坐忘といって、無心になりきって一切をあるがままに受け入れることにより自由な生き方を獲得するという生き方を説きました。英訳では、「be under no illusions」というように、刷り込みがなく、その物そのままを見るにも通じるような気がします。 このような態度をとるためには、心を磨き、澄ませておかなければなりません。
同じような言葉として、「虚心坦懐」というものがありますが、これも、「心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること。心にわだかまりがなく、平静に事に望むこと。」表わします。「虚心」とは心に先入観やわだかまりがなく、ありのままを素直に受け入れることのできる心の状態を指します。同じように「坦懐」も、わだかまりがなく、さっぱりとした心である平静な心境を指します。子どもを見る時には、そのような心が必要です。

ユーロ

ここ数日、気になるニュースがあります。しかも、その情報は日々変わるので余計気になります。昨日のニュースでは、「28日のニューヨーク外国為替市場の円相場は午後5時現在、前日比01銭円安ドル高の1ドル=91円04?14銭をつけた。ユーロは1ユーロ=1・2270?80ドル、111円80?90銭。1ドル=91円を挟んでもみ合う展開。欧州系格付け会社がスペイン国債を格下げしたことを受けて、ユーロは主要通貨に対して値下がりした。」
それが、もう今日のニュースでは、「円は対ユーロで急反落した。17時時点では同1円97銭の円安・ユーロ高の1ユーロ=112円82?86銭近辺で推移している。海外ヘッジファンドを中心にユーロを買い戻す動きが出て、円は一時113円02銭近辺まで下げ幅を広げた。」とあります。こんなニュースが気になるのは、私が、なにも相場をやっているのではなく、6月の最終週に、ユーロ圏であるドイツに行くからです。円をユーロに換える時期を考えているのです。なんとなく、私の中では、1ユーロ140円という感覚があるのですが、それがなんと110円強となると、1ユーロ30円も違うので、500ユーロでは、1万5千円も違ってくるからです。
なぜ、こんなにユーロが下がってしまったのかという原因は、いろいろとあるようで、私にはよくわかりませんが、知っている範囲としては、ギリシャで昨年秋に政権交代が実現したら、前政権が統計操作で隠していた巨額の財政赤字が発覚してしまいます。その財政赤字は、なんと国内総生産(GDP)の12.7%にも達していたのです。それを「ギリシャ危機」といいます。ところが、この赤字が、欧州一体に影響します。それは、ギリシャは欧州の単一通貨「ユーロ」に参加しているためで、結果、ユーロ安を招いてしまっているのです。また、EU各国や世界の金融機関がギリシャ国債を保有しているので、金融不安への懸念から世界の株価は一時的に大きい下落をまねいてしまったのです。
その為、EU各国はギリシャの財政再建を支援することで合意したのですが、そのために必要な緊縮財政政策にギリシャの労働者が反発しました。そして、大規模なデモやストライキが起きています。この財政危機は、ギリシャよりも経済規模が大きなスペインも同様です。そして、この「スペイン危機」への不安が、ようやく回復に向かい出した世界経済を、不安に陥れたのです。
ところで、ユーロ通貨は、現在、欧州16カ国で使われていますが、一度に参加国が16カ国あったわけではなく、順に参加していきました。共通通貨として採用された1999年の参加国は、オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、オランダ、ポルトガル、スペイン、ルクセンブルグでした。そして、2001年に今回の騒ぎの元であるギリシャが参加しました。そして、2007年にスロヴェニア、2008年にキプロス、マルタ、2009年にスロバキアが参加しています。その中で、イギリス、スウェーデン、デンマークは当初からユーロ使用を見送っていますし、スウェーデンでは2003年の国民投票で是非が問われ、反対が 55.9% を占めて参加していません。
それでも、EUの成長とユーロ採用国の増加に伴いアメリカドルに次ぐ基軸通貨として成長しています。ですから、世界経済に大きな影響を与えているのです。
 私は、円高ユーロ安の時に、ドイツで買い物をした方が得なのか、いつ円をユーロに換えたら得なのかというような小さいことで悩んでいるのですが、本当は、世界経済にとって、とても大変なことなのでしょう。

日本文化

 明日は、園の近くの小学校の運動会です。運動会というと、秋空のもとというように秋に行われていましたが、最近、小学校では、春に行う学校が増えてきました。また、6,7月は、下町ではお祭りが、各神社で順に行われます。私が育ったのは、鳥越神社のうらでしたが、この神社では6月9日に近い日曜日に「鳥越祭り」が繰り広げられます。この祭りのメインは、東京一の重さが有ると言われている本社御輿の渡御です。御神輿の列の先頭には、猿田彦(天狗)や、手古舞連、子どもたちの持つ五色の旗が歩きます。私の子どもの頃は、あまりの人だかりで、よく見えなかったので、家の2階から眺めていて、よく大人の人に「神様を見下ろすな!」と怒鳴られたものでした。その本社御輿が、各町内をめぐって、神社に戻ってくるころには日が暮れてきます。すると、提灯をつけた元祖提灯神輿は、高張り提灯に囲まれ宮入りします。それは、荘厳かつ幻想的で、日本の文化を感じました。
 日本の文化は、何でしょうか。また、それらは今、伝承されていっているのでしょうか。日本の文化は海外ではどんなものが代表的なものなのでしょうか。あした、ドイツのデュッセルドルフ旧市街で、日本デーが開催されます。この日本デーは、2002年に第一回目が開催されて以来、9回目です。この日本デーでは、欧州で唯一日本の花火師が打ち上げる日本の花火が見られることから、ドイツ全土および近隣諸国から毎年約百万人の人が集まってくるようです。
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そのほかにも、デュッセルドルフ市旧市街のブルク広場に設置される特設舞台で多くの日本文化が紹介されます。ここで紹介されるものを見ると、改めて、日本文化として、どんなものをイメージするかがわかります。まず、日本でいう夜店のようなテントの中では、寿司、たこやき、焼きそばを食べながら、見て歩けるように、生け花、書道、着物の着付け、折り紙、紙飛行機の他、ヨーヨー釣り、餅つきなど日本の伝統文化をただ鑑賞するだけでなく、体験できる企画が用意されているそうです。また、ポップカルチャー関連のテントの中では、漫画・アニメグッズ、コスプレ・グッズ、ヴィジュアル系シンガーAOIのサイン会などが並ぶようです。漫画コンテストでは、一等賞として日本への往復航空券が授与されるようです。
舞台では、和太鼓、合唱、琴の演奏や、阿波踊りなどが披露され、三味線プレーヤー上妻宏光とピアニスト塩谷哲のユニット「アガシオ」のステージは、三味線とピアノという異色のコラボレーションから生み出される音色の斬新さが受け、日本はもとより世界中で人気を誇っているようですまた、日本を代表するジャズ・ピアニスト大原保人が率いる「大原保人スーパージャズトリオ」のライブも行われるようです。スポーツ舞台では、柔道、剣道など日本の伝統武道の演武が行われ、欧州相撲選手権を前に、今年もアマチュア相撲のデモンストレーションを予定しています。そして、特設舞台では、コスプレ大会、カラオケ大会、Jelly Beansの公演、ファッションショーが開催されます。
「サムライ」から「アキバ系」まで多種多彩なイベントは、日本文化が五感を通して感じられるようになっています。
そして、日本デーのクライマックスを飾るのは、日本の花火師たちによる花火の打ち上げです。今年のテーマ「世界に開かれた都市デュッセルドルフ」に合わせた花火、約3500発が打ち上げられるそうで、多くの外国の人々を魅了するようです。
 次第に、日本文化は、海外でしか見られなくなるかもしれません。

私は、「保育学」ではなく、「保育道」であると常々思っていますが、それは、保育というものは、学問ではなく、人として生きていく上の道理だからです。しかし、本当は、簡単に「道」という言葉を使えるほど簡単なものではありません。同じように「保育」ということは難しいことだと思うのです。よく、子どもの発達に及ぼす環境の一つとして「事象」を挙げることがありますが、事象とは、目に見える「出来事」であり、現実の「事」であり、現象です。この事象は、ある道理があり、自然と人間を貫く、あらゆる事象が帰結するある普遍的なものがあります。それが「道」なのです。私たちは、その不動の境地である「道」を目指さなければならないのです。
老子は、現実的行動的で、無意を説くのは万能を求めてであり、無私を説くのは能く成し遂げるためであるとしています。多様な事象を生み出す唯一の根源的実在としての道を想定し、これへ働きかけようとするのです。老子の時代は、明日をも知れない変化の時代であり、周りは、対立や差別があり、諸行無常の時代でした。それは、安定していると思われる今の時代においても、何を信じてよいかわからなくなるほど、価値観や環境は変わっていきます。そんな時代に対して、儒教では道議を守る必要性を説きました。それに対して老子は、一貫して変わることがない道を追究したのです。無為の態度をもって、ひたすら道に従おうとするのです。
「名の名とすべくは常の名に非ず。名無きは天地の始め、名有るは万有の母。故に常無を以ってその妙を見んと欲し、常有を以ってその徼を観んと欲す。此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。」
子どもたちに絵を描いてもらいます。多くの子どもたちはまだ絵が完成しないうちに時間切れになってしまいます。とりあえず、次の機会に続きをやるために、途中で中断して、途中まで描いた絵を集めます。しかし、後日その続きをやるために絵を返す時にだれがどの絵かわからなくなるので、自分の絵に、それぞれ自分だけの印をつけてもらいます。後日絵を子どもたちに返そうとすると、自分でどんな印を書いたかわからなくなる子、同じ印をつけてしまった子など混乱して、自分の絵が戻ってきません。誰でも誰の絵かわかるような印はないかということで、自分の名前を書く必要性を感じます。これが、私が若いころに文字指導をするときの導入です。名前は、他と区別するためのしるしであり、便宜上の約束事なのです。相対的な概念です。ですから、「常(永遠不変)」の名ではありません。
 天地の始めである道には本来名前はありません。道というのはすべてを包括する絶対的な概念ですので、それを区別するための相対的な名前をつけることは不可能なわけです。しかし、そこから有形無形のさまざまなものが生み出されてくると、それには名前を付けて、他と区別する必要が出てきます。つまり、原理は、絶対性の道であり、現象は、相対性の中にある万物なのです。
 全篇を通して老子は、言葉では言い表せない道というものを何とか工夫を凝らして表現しようとしています。ですから、なんだかなぞなぞめいてしまう言い方になってしまうのです。その呼び方のひとつが「玄」です。ただ玄というだけでは深みが出ないので「玄のまた玄」と言葉を重ねています。この「玄のまた玄」が老子の世界なのかもしれません。

ハウチワ

先日の日曜日に、「第61回全国植樹祭」が、南足柄、秦野両市で開かれたというニュースが流れました。「森が育む あなたの心 森を育む あなたの手」をテーマに、天皇、皇后両陛下を迎え、8275人が参加して、約9000本の苗木が植えられたそうです。ここで植樹されたのは、天皇陛下がケヤキ、スギ、クヌギで、皇后さまがヤマザクラ、イロハモミジ、シラカシだったようです。同じ日、私の園の後ろ隣にある「おとめ山公園」で、「おとめ山緑祭り」が行われ、来賓として参加しました。この祭りは、地域の緑を大切にし次世代にもつなげていくため、町会などの地域の人たちが中心になって開催しており、今年で36回目を迎えました。
この祭りは、子どもたちと区長さんが池に鯉を放魚し、次に記念植樹をしました。今年植樹したのは「ハウチワカエデ」です。
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ハウチワとは、漢字に当てはめると「葉団扇」だろうと思っていましたが、区役所の担当職員の説明では、「羽団扇」だそうです。この木は、カエデ科カエデ属の落葉小高木で、わが国の固有種で、北海道から本州にかけて分布しています。葉は手のひらのように切れ込みが7?11ほど入っています。この葉の形を、天狗のもつ団扇にたとえたところからつけられたそうです。英名は Fullmoon mapleと言うそうですが、日本でも別名「めいげつかえで(名月楓)」とも呼ばれます。ちなみに、カエデの名称の由来は、葉がカエルの手に似ていることから「カエルデ」と呼ばれ、それが次第にカエデに変わっていったと言われています。また、日本のカエデとして代表されるのは、イロハモミジです。ハウチワカエデは、春に、新葉とともに暗紅色の花をつけます。そして、モミジの紅葉も素晴らしいのですが、このハウチワカエデの紅葉は,葉が比較的大きく、真紅に染まるので非常に見事です。
羽団扇と言えば、天狗が持っている団扇のことを言いますが、最近ミシュランで有名になり、非常な人気がある高尾山には、高尾山薬王院があります。ここの御本尊は、飯縄大権現ですが、不動明王の仮の姿として衆生を救済する徳を備えた仏神と言われています。そして、この飯縄大権現の眷属(随身)として、除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、古来より神通力をもつとされている、天狗伝説があります。この天狗が持っているのが、羽団扇で、家の玄関やお部屋の入口にかかげておくと、天狗様が護って下さる縁起物である「開運天狗うちわ」が売られています。
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このようないきさつから考えると、「葉団扇」と書きそうですが、辞書には、「羽団扇」とかかれ、「鳥の羽で作ったうちわのこと」で、「天狗の―」という使い方をすると書かれてあります。また、落語でも「羽団扇」は有名です。正月二日に、一富士、ニ鷹、三なすびなどという初夢を見ると運が開けるなどと言われています。そこで江戸の人達は宝船を書いた絵を枕の下において寝ると良い夢が見られるという風習があったそうです。そのようなことをして寝た旦那さんが、夢の中で天狗をおだてて団扇をうまく取り上げてしまいます。この団扇で煽ぐと体が浮き上がって空を飛ぶことができるのです。奪った団扇を使って、旦那は天空高く舞い上がり、空を走り始め、調子づいていると、海の上に出てしまったと思った拍子に空から落ちてしまいます。その後宝船に落ちて7福神にあい、その後夢から覚めてある「オチ」があるのです。
このブログも、植樹祭から、高尾山、天狗と来て、落語に「オチ」ました。

NHK大河ドラマの「龍馬伝」の第2話のタイトルが「大器晩成?」だったようですが、龍馬は、大器晩成だったのでしょうか。確かに子どものころは、弱虫で、何をやってもだめで、どうなるかと思っていたのが、日本を動かす働きをするようになるということからそういうタイトルがついたのでしょう。しかし、龍馬は暗殺されますが、このとき33歳ですので、彼にとっての晩成とは30歳代ということになります。
この言葉は、もともとは老子の中に出てくる言葉ですが、はじめは今使われているような意味ではなかったようですが、すぐに当時でも今のような解釈をして、そのような使い方をしているようです。もとの文章は、老子・第41章「大方無隅。大器晩成。大音希聲。大象無形。道隠無名。」という部分です。意味として、広辞苑には「人は、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。」と書かれてあります。極めて大きな四角形には、すみとかかどが見えません。大きな四角形は角が見えず、大きな器は晩(おそ)くまで出来上がりません。すぐには出来上がらないものです。また、大きな音はその響きが聞き取れず、極めて大きなものは形としては見えないものです。そして万物の摂理たる「道」というものも、人間の認識を越えたものなのです。
大きな器量をもった人を、大きな器をもった人と言います。そのような人は人の話をよく聞き、人を受容し、共感する力をもっています。しかし、器が大きければ大きいほど、すぐには出来上がらず、すぐには完成しません。同じように、「優れた能力をもった人物は、大成するまでに時間がかかる」という比喩で「大器晩成」という言葉が使われるようになりました。しかし、老子は、道というものは、あまりに大きすぎて、その端や形や音などの形としては見えないものであることを言いたかったのでしょう。
老子14章に「視之不見、名曰夷。聽之不聞、名曰希。搏之不得、名曰微。此三者不可致詰、故混而爲一。其上不〓、其下不昧。繩繩不可名、復歸於無物。是謂無状之状、無物之象。是爲惚恍。迎之不見其首、隨之不見其後。執古之道、以御今之有、能知古始。是謂道紀。」という言葉があります。
このような書き方は、いかにも老子的です。「目をこらして視ようとしても見えないもの、これを「夷」と呼ぶ。耳を澄まして聴こうとしても聞こえないもの、これを「希」と呼ぶ。手探りで取ろうとしても得られないもの、これを「微」と呼ぶ。これら三つのものは元々一つのもので、我々には捉える事の出来ないものなのだ。」見るもの、聞く者、触るものというのは、五感のうちの三つです。それが感じられないのは、たぶん対象物は一つのものであって、その実態があまりに大きく、人間の認識できる外にあるからなのでしょう。そんなものがこの世にあるのでしょうか。人の機微の解かる人間になりなさい」と言われることがあります。この「機微」とは、広辞苑には、「容易には察せられない微妙な事情・おもむき。」とあります。
また、「その上に行っても明るくならず、その下に行っても暗くならない。おぼろげでとらえどころも無いので名づける事も出来ず、結局は無に帰ってゆく。」これを「すがたの無い姿」、「かたちの無い形」または「おぼろげなもの」と呼ぶことにします。しかも、それは、「こちらに向かって来るのを迎えても顔は見えず、後から追いかけても後姿は見えない。」なんだか、ますます対象が何か分からなくなります。なぞなぞのようです。それを、ろうしは「道」と言っています。いくら見えず、聞こえず、触れず、姿が見えなくとも、人の生きざまを感じ、その尊さを自覚することが「道を治める」ことであり、その「道」を通して、目の前の現実を見れば、物事の起源を知る事ができるのです。これが、「道の始まり」だと老子は行っているのです。

地球環境局

東京では、晴れの日はほとんど携帯に「東京都の光化学スモッグの発令・解除状況をお知らせします。」という情報が流れてきます。この情報には、4段階あって、「予報」は、「オキシダント濃度が高濃度になり光化学スモッグ注意報等が発令されると予想されるとき」で、「学校情報」は、「オキシダント濃度が100ppb以上の状態になり、その状態が継続すると認められるとき」で、これは、児童・生徒の光化学スモッグによる被害を未然に防止するため、学校等に対して提供する情報ですが、いつもこの情報が発令されたとき、私たちはどうしてよいかわかりません。だから、どうしろとは言ってくれないのです。次は、「注意報」で「オキシダント濃度が120ppb以上の状態になり、その状態が継続すると認められるとき」、「警報」は、「オキシダント濃度が240ppb以上の状態になり、その状態が継続すると認められるとき」となっています。これは、「東京都環境局環境改善部大気保全課」というところから発令されます。これからは、ほぼ毎日、午後は園庭で遊ぶことができなくなるだけでなく、窓も開けられなくなります。
環境省の内部部局である「地球環境局」から出される情報があります。地球○○局というと、なんだかアニメの世界のようですが、現代ではとても重要な情報が出されます。ここでは、地球温暖化防止、オゾン層・酸性雨・黄砂対策、海洋環境の保全、森林・砂漠化対策、南極地域の環境保護等の地球環境保全に関する政策及び国際機関・海外諸国との調整や開発途上地域に対する環境協力等の環境省に関する国際的な事務をおこなっています。
先日、北東アジアに共通する環境問題について話し合うなかで、日中の会合では、黄砂の対策について年内に中国で会議を開くことで合意したことが報道されました。黄砂問題については、2008年から年に1度、韓国も含めた3国で対策を話し合う場が設けられてはいたようですが、中国が欠席するなどして具体的な進展がなかったようです。しかし、黄砂が最近は深刻な影響を与えています。風によって大気中に舞い上げられた黄砂は、発生源地域周辺の農業生産や生活環境にしばしば重大な被害を与え、大気中に浮遊し、黄砂粒子を核とした雲の発生・降水過程を通して地球全体の気候に影響を及ぼしています。また、海洋へも降下して、海洋表層のプランクトンへのミネラル分の供給を通して海洋の生態系にも大きな影響を与えていると考えられています。
黄砂現象とは、東アジアの砂漠域(ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠など)や黄土地帯から強風により大気中に舞い上がった黄砂粒子が浮遊しつつ降下する現象を指します。日本における黄砂現象は、春に観測されることが多く、時には空が黄褐色に煙ることがあります。黄砂現象発生の有無や黄砂の飛来量は、発生域の強風の程度に加えて、地表面の状態(植生、積雪の有無、土壌水分量、地表面の土壌粒径など)や上空の風の状態によって大きく左右されます。このような黄砂現象は、従来、自然現象であると理解されてきましたが、最近ではその頻度と被害が甚大化しており、急速に広がりつつある過放牧や農地転換による土地の劣化等との関連性も指摘されています。そのため、黄砂は単なる自然現象から、森林減少、土地の劣化、砂漠化といった人為的影響による側面も持った環境問題として認識が高まっています。さらに、土壌起源ではないと考えられるアンモニウムイオン、硫酸イオン、硝酸イオンなども検出され、輸送途中で人為起源の大気汚染物質を取り込んでいる可能性も示唆されています。
 最近の特異な自然現象も、結局は人間が招いた自然からのしっぺ返しのようです。

トロッコ

昨年11月10日のブログで、黒部でトロッコに乗った話を書きました。そして、そのときに芥川龍之介の短編である「トロッコ」についての思い出をかきました。この小説は、男の子が、少年時代に、誰でも経験する冒険心と、また、そののちに来る不安を描いた作品として、共感を呼ぶものです。そんな思いに、この作品が忘れられない人も多いようです。
映画「春の雪」の現場でチーフ助監督を務めていた川口監督も、そんな一人でした。幼いころに教科書で読んだこの物語が忘れられず、是非いつか映画化したいと長年温めていました。しかし、今では、芥川が描いたトロッコは、どこにもありません。ふと、撮影の合間の軽いおしゃべりで、「台湾にトロッコ線路ある?」と、撮影監督の台湾のリーさんに聞いたところ、「台湾には昔のトロッコ線路がまだ残っているらしいんだ」と言われ、芥川の本当の小説は、大正時代の小田原から熱海までのトロッコ路線での話ですが、その小説そのままを、台湾でロケをして作ろうと思ったようです。
ロケハンに訪れた台湾で、そこで出会った日本統治時代を経験し、美しい日本語で思い出を語るお年寄りたちに強く心を打たれます。運命的に台湾へと導かれ、3年の歳月をかけて、原作を大きく脚色したオリジナル脚本をもとに、映画「トロッコ」を作りました。今日は雨が降っていたので、いつものウォーキングをやめて、その映画を妻と見に行きました。久しぶりの映画ネタです。
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ある夏の日、急死した台湾人の父親の遺灰を届けるために、兄弟は日本人の母親と、台湾の小さな村にやって来ます。そこで待っている、日本人びいきの祖父母と数週間を過ごします。素直に甘えられる弟とは対照的に、兄は悲しみも母親を案ずる気持ちも、小さな胸の中にしまい込んでいて、気丈に振舞います。そんな心情をくみとる余裕がない若い母親と、少しずれていきます。彼は、父親から譲りうけた大事な写真に写るトロッコの場所を見つけます。数日後、ある決意を胸に兄弟は、山と森を再生させるために東京に留学したいと思っている青年を手伝いながら、トロッコに乗り込みます。最初はそのスピードに胸を躍らせますが、鬱蒼とした森の奥へと進むにつれて不安がもたげてきます。この不安が、少年のこれからの生活に対する不安を象徴するかのように描かれ、芥川の小説を彷彿とさせます。
この映画には様々なテーマがありますが、私は、母子の思いの掛け違いに、忙しさから気がつかないために、子どもが切ない思いを小さいながらも必死に耐えている姿に胸が詰まります。素直に甘えられる弟に対して、母親は不憫に思います。しかし、実はナイーブで、大好きな父親が急死したことに傷つき、母親の愛に飢えている兄が、その思いを胸にしまっていることに、仕事をしている母親は気がつきません。親は、兄とか姉はしっかりしていると思い、あなたはしっかりしていると頼りにします。それに対して、下の子は、弱くて、頼りないので、かわいがります。親は子に対してどちらも愛情に差をつけているわけではないのですが、上の子は、特に兄弟に兄の方は、とかく親の期待にこたえようと胸を傷めていることがあります。
今年度の初め、私の園で、ナイーブな時期の兄の思いを受け止めるために、自宅からより近い職場に異動した職員がいます。一生懸命働くのもいいのですが、子どもたちの親を求める気持ちが感じとれなくなったら、少し一息入れる必要があると思います。

無為

日本では「論語」がよく読まれ、生き方に対する戒めとして使われますが、それに対して、老子はもう少し自然体で生きようよと説きます。それが、「無為自然」ということです。この考え方は、直接どこかの章に現れるのではなく、私がここ数日書いているように、いろいろな章からそれを感じるようです。しかし、その考え方は人によって違うようです。それは、私が提案する「MIMAMORU」という考え方に非常に近いものがあります。「子どもを見守ることが大切である」というと、「いや、子どもはただ見守るだけではだめだ」という人がいますが、それは、ただ眺めているだけではだめということです。看護師がいくら患者を看(み)て護(まも)る人だからといって、患者が気持ち悪がっているのに何もしないで眺めているわけはありません。
老荘思想における「無為自然」が「作為を持たず、自然に任せること」であっても、何もしないで放っておくというわけではありません。第三十八章に「道常無為、而無不為。侯王若能守之、萬物將自化。」とあります。無為というのは、何もしないという意味ではありません。この「無為自然」という言葉が、最近赤ちゃんを眺めていると実感する言葉です。赤ちゃんは、なにもできず、なにも知らない存在であり、大人が教えてあげ、導いてあげ、守ってあげなければならないと長い間思われていました。しかし、最近は、赤ちゃんは非常に能動的な生き物であり、自ら育とうとする力をもっているということが分かってきました。それが、私は人が長い間受け継がれてきた遺伝子であり、人としての「道」のような気がします。「道」というのは、とくに何かをする訳ではないのに、「道」によって成し遂げられない事はありません。人の上に立つ君主がこの事を弁えていれば、全てのものが自分から成長しようとするものであると老子は考えています。すなわち、無為自然とは、人間が赤ん坊のころから持っている、自ら成長しようとする、素直で自然な自分本来の生き方であるといえるでしょう。
「治大国若烹小鮮」という言葉が老子にあります。大国を治めるには、人民にあまり干渉せずに、自由にしておくほうがよいことをいっています。ここでは、無為自然の政治を行うべきことを説いたことばですが、これは必ずしも政治についてだけ言っているのではありません。たとえとして、小魚は形がくずれやすいので、煮る時には、いたずらに箸でかき混ぜると肉が崩れてしまうということを言っています。これは、子育てにおいての戒めとしても言えることです。子どもを、あれこれ大人からの干渉をしすぎると、かえって子どもの力を無くしてしまいます。子どもは過干渉せず、温かく見守ってあげるべきであるということです。
子どもは、もともと能動的な生き物であると言われますが、その意欲は大人からの見守りによって増されます。大人は無為自然であるためにだれからの見守りが必要なのでしょうか。「天網恢恢、疎而不失」という言葉が老子にはあります。日本では「天網恢恢疎にして漏らさず」といいます。「天網」とは、天が世の理非を正すために張った網のことで、「恢恢」とは、広く、ゆったりとしているさまをいいます。ですから、この意味は、天の網はこの上なく大きく、網目は粗いように見えますが、何一つ取り逃がすことはないということで、天は、どんな小さなことでも見逃さないので、悪いことをしてもきっといつかその報いを受けますし、良いことをしていたら、きっといつか報われるということを言っているのです。「MIMAMORI」には、精神的な応援でもあるのです。