先月から農林水産省では、地産地消に関心を持つ人同士の情報交換を進めたり、連携を深めるための一助となるようにと、メールマガジンを発行しています。その名も「地域の恵みを地域で食べよう!」というものです。その活動は、生産者と消費者の結びつきを強め、農山漁村の六次産業化を後押しする取組です。そのために、各地域で、地場農林水産物の加工・販売や学校給食における地場産物の活用など、様々な取組が行われています。そのひとつとして、今年度までに、食育基本法の食育推進基本計画において、学校給食の地場農産物の利用割合(食材ベース。都道府県平均)を30%以上とするとの目標を定めています。それは、学校給食法の改正(平成20年6月11日成立)により、学校給食において地場農産物の活用に努めることが法律に位置づけられたためです。
この概念はずいぶん古いころから言われていました。1980年代、「農村部の食生活を改善する」ということから始まりました。それは、当時の農村では「ご飯、味噌汁、漬物」を基本形にした食事を取っていたため、栄養の偏りやそれにともなう病気が問題になっていたからです。そこで栄養不足を補う食材として、当時は安価であった国内野菜(とりわけ地元産の野菜)を食生活に取り込もうとする運動が発生したのが「地産地消」という概念の始まりです。しかし、その考え方は、国民には浸透しませんでした。それは、80年代になると、農産物の輸入の自由化が始まり、円高を背景に、ずいぶんと安い農産物が大量に輸入されるようになったからです。
それが2000年代になると、輸送距離を縮めることによるエネルギー消費の抑制しようとする環境問題から、また、食の安全の面から、国内農業の保護の面から、食文化の保護の面からもう一度「地産地消」という考え方が見直されるようになってきました。その言葉が定着するにつれて、その言葉から派生する言葉や概念がずいぶんと出てきました。私もその言葉を使って、「地産地活」という、「地域で生まれ育った人材は、その地域で活躍しよう!」という人材を養成する保育の提案をしています。同じように派生語として「地産他消」、「自産自消」など様々な言葉が生まれています。その中で最近注目されている言葉に、補足説明食料に対する安全志向,生産・流通に費やされるエネルギーへの疑問・批判などから,旬の食材を旬の時期に消費することという意味で、「旬産旬消」という言葉があります。
日経の「時代を読む新語辞典」で、今月初めにこの言葉が取り上げられていました。この「旬産旬消」という考え方は、ハウス栽培におけるエネルギー消費を抑制できるので環境保護に寄与するほか、食文化に季節感を取り戻すこともできると言われています。「地産地消」という考え方は、確かに遠産遠消よりも輸送距離が短くなる分、輸送に必要なエネルギー消費も低減できます。しかし、地元で農産物を作る場合でも「それが旬の時期の生産でない場合」は、ハウス栽培で燃料が余計に必要になるわけですので、単純に近場の農産物を消費するだけでは、環境保護に寄与しない可能性もあるということで、「旬産旬消」という概念が生まれたのです。また、栄養の観点からでも「旬の食材の方がそうでない食材に比べて栄養価が高い」とする研究結果も発表されていますし、「季節感」の復権も期待されています。
今日、読売新聞から食育についての取材を受けましたし、来週には、食育番組の取材を受けます。今日の取材の中で、このような食育ブームが、ひとつのノルマや手順や、ただの目的ではなく、生活の営みの結果であることを忘れてはいけないのではと提案しました。

” への4件のコメント

  1. 当地は緑豊かな田園風景が広がる純農村地帯。地産地消の流れに乗って、数十年前より県内各地に産直市ができて、連日賑わっています。地元の農家の人が、その日の朝に収穫した野菜や果物を直接販売所に並べていますので、新鮮でおいしくて安心安全な食材が安く手に入るとあって大人気です。そろそろ早掘りのたけのこが出だす頃でしょうか。これは生産量が少なく幻のたけのこと呼ばれています。旬のものを旬の時期に食べられるのも産直市の楽しみです。ところで、藤森先生のお話が読売新聞に出るんですか?とても楽しみです。

  2. 食べるということが本当に難しい時代になってしまいましたね。私が子どもの頃は家の畑でとれたものを食べることをしていたので、旬は十分に感じることが出来ていました。それだけでなく、食べることと食材を作ることをセットとして考えることが出来ていのはありがたい事だと思います。今は生活の中から食べることだけを取り上げて、理想はこうだとか、1つの食材の効能を宣伝し意味のよくわからないブームをつくってみたりと、おかしなことがとても多いと感じています。生活と経済のバランスをとることはなかなか難しいんですね。

  3.  自宅で食べていた米、大根やキャベツ、タマネギ、ジャガイモなどは祖父母が畑をしていたので、スーパーであまり買っていませんでした。また小学校の自由研究でスーパーに売られている野菜はどこから来ているのか?というテーマで調べたことがありますが、地元の野菜はほとんどなく、地方からきた野菜がほとんどだったという結果が出ました。地産地消という考えは、とても大切だと思っていましたが、全てを補うのは確かに不可能ですし、ブログにも書いてありますがハウス栽培などでコストがかかってしまいます。なかなか全てを地産地消するのは難しい気もしますが、バランスが大切だと感じました。

  4. まずは「農山漁村の六次産業化」で立ち止まります。そもそも農山漁村は一次産業でした。それが今や「第六次」産業として復活。わたしにとってはニュースでした。次に「地産地消」。この概念に接せしたのは2000年になってからです。保育園の「給食」にも「地産地消」を導入しようとしたことがあります。しかし地方にいても地元の生産物をある一定量、定期的に購入することは数量の問題や価格の問題などの壁にぶつかり決して容易ではなかったことを思い出しました。何を大切にするかの優先順位、あるいは考え方がしっかりしていなかった結果ですが・・・。「地産地消」をもじって「地産都消」もありますね。「地方で生産して都会で消費する」。東京で「地産地消」しようと思えば水耕栽培をしたりビルの屋上を牧場や養鶏場にする必要があるかもしれません。

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