わさび

昨年の10月にドイツのケルンで「食品メッセ」行われました。このメッセは、世界97カ国、6522社が参加する食品メッセで、「ANUGA(アヌーガ)と呼ばれるもので、1919年から開催されており、今では「世界最大規模」と呼ばれるまでに成長しています。このメッセでは、「冷凍食品」「飲み物」「オーガニック」「ケータリング」など10分野の専門見本市が1つの会場で同時開催されました。
今年は、「日本食ブーム」によって年々高まりを見せる日本食の需要に応えるため、日本パビリオンに25の企業と団体が出展したそうです。そのメッセの事前イベントでは、日本パビリオンを設置する日本 貿易振興機構(JETRO)と参加企業3社による個別のプレゼンテーションが日本の食文化の奥深さを紹介しました。日本人である私たちは、意外にも知らないことがあります。これは、保育の世界でも同様で、私が毎年ドイツに行っているのですが、保育室に最近日本の文化を象徴するようなものが置かれたり、日本の空間文化が演出されたりしているのを目にすることが多くあります。食の面でも、洋食ばやりの中、ただマグロがどうというだけでなく、日本の食文化を見直すことが必要です。
プレゼンの一つとして、わさび業界のパイオニア金印物産株式会社が、「薬草としての日本原産わさび1300年の歴史と伝説について」と題し、ショートムービーで寿司を美味しくする名脇役「わさび」の辛さの秘密と輸出用商品に仕上げるまでの先代の汗にじむ努力の記録を伝えました。この内容はわかりませんが、確かに日本わさびの歴史は古く、飛鳥時代から利用されていたことがわかっています。しかし、当時は、わさびは薬草として用いられていました。それは、奈良県明日香村の苑地遺構から出土した飛鳥時代の木簡を調べてみると、「出土された木簡の長さは8~30cmほどで、わさびや薬草とみられる植物名や、庭園を管理する役所名などがかかれていた」ようです。それは、庭園で野菜や薬草が栽培されていた可能性を示す発見で、庭園は、単なる遊覧の場でなく、薬草園の性格を持っていたのではないかと思われています。
奈良時代の日本古代の基本法典である「大宝律令」の中の、納税方法の中の「賦役令」に、わさびが年貢として納められていたことが伺われる記載があり、平安時代になると、日本最古の薬草事典の「本草和名」に、「山葵」の記載があります。このことからも、わさびが薬草として用いられてきたことをうかがい知ることができるそうです。室町時代の寺子屋の教科書とされる「庭訓往来」にも、「御時の汁には、・・・山葵、冷汁(ひやしる)等也、・・・」と記載され、わさびが寒汁の実として、法会の食事として食されていたようです。
このように、わさびの効能について、古くから知られていました。香辛料としての食欲増進効果、魚の生臭さの消去などが生活の知恵として昔から知られていました。それは、わさびや西洋わさびに含まれている種々の芥子油類には、抗菌活性があることがわかっています。 これらの成分のうち、多く含まれているアリル芥子油(辛味成分)は揮発した状態で抗菌活性が強く、食中毒菌である腸炎ビブリオ、サルモネラ、O-157などに増殖抑制効果があります。 また、食中毒菌だけでなく、酵母やカビに対する作用も強いことが証明されています。
一昨日、職員とそばパーティーを催したのですが、そばにはわさびが欠かせません。そば切りにわさびを添えて食べるようになったのは、江戸時代になってからです。そのころに、刺身、なますにもわさびを添えて食べていましたが、文政、天保時代に握り寿司が流行しこれにわさびをつけたことで急速に広まりました。いま、日本の家庭に浸透している粉わさびやチューブわさびの主原料に使われているのは西洋わさびと言われているものですが、しかし、本わさびその特有の香り・辛味が魅了され、日本料理には欠かせない食材です。少し高いのですが、日本伝統の食文化である、本わさびの本当のおいしさや香辛野菜としての本質を若者たちにも伝えていくことが必要かもしれません。