わさび

昨年の10月にドイツのケルンで「食品メッセ」行われました。このメッセは、世界97カ国、6522社が参加する食品メッセで、「ANUGA(アヌーガ)と呼ばれるもので、1919年から開催されており、今では「世界最大規模」と呼ばれるまでに成長しています。このメッセでは、「冷凍食品」「飲み物」「オーガニック」「ケータリング」など10分野の専門見本市が1つの会場で同時開催されました。
今年は、「日本食ブーム」によって年々高まりを見せる日本食の需要に応えるため、日本パビリオンに25の企業と団体が出展したそうです。そのメッセの事前イベントでは、日本パビリオンを設置する日本 貿易振興機構(JETRO)と参加企業3社による個別のプレゼンテーションが日本の食文化の奥深さを紹介しました。日本人である私たちは、意外にも知らないことがあります。これは、保育の世界でも同様で、私が毎年ドイツに行っているのですが、保育室に最近日本の文化を象徴するようなものが置かれたり、日本の空間文化が演出されたりしているのを目にすることが多くあります。食の面でも、洋食ばやりの中、ただマグロがどうというだけでなく、日本の食文化を見直すことが必要です。
プレゼンの一つとして、わさび業界のパイオニア金印物産株式会社が、「薬草としての日本原産わさび1300年の歴史と伝説について」と題し、ショートムービーで寿司を美味しくする名脇役「わさび」の辛さの秘密と輸出用商品に仕上げるまでの先代の汗にじむ努力の記録を伝えました。この内容はわかりませんが、確かに日本わさびの歴史は古く、飛鳥時代から利用されていたことがわかっています。しかし、当時は、わさびは薬草として用いられていました。それは、奈良県明日香村の苑地遺構から出土した飛鳥時代の木簡を調べてみると、「出土された木簡の長さは8?30cmほどで、わさびや薬草とみられる植物名や、庭園を管理する役所名などがかかれていた」ようです。それは、庭園で野菜や薬草が栽培されていた可能性を示す発見で、庭園は、単なる遊覧の場でなく、薬草園の性格を持っていたのではないかと思われています。
奈良時代の日本古代の基本法典である「大宝律令」の中の、納税方法の中の「賦役令」に、わさびが年貢として納められていたことが伺われる記載があり、平安時代になると、日本最古の薬草事典の「本草和名」に、「山葵」の記載があります。このことからも、わさびが薬草として用いられてきたことをうかがい知ることができるそうです。室町時代の寺子屋の教科書とされる「庭訓往来」にも、「御時の汁には、・・・山葵、冷汁(ひやしる)等也、・・・」と記載され、わさびが寒汁の実として、法会の食事として食されていたようです。
このように、わさびの効能について、古くから知られていました。香辛料としての食欲増進効果、魚の生臭さの消去などが生活の知恵として昔から知られていました。それは、わさびや西洋わさびに含まれている種々の芥子油類には、抗菌活性があることがわかっています。 これらの成分のうち、多く含まれているアリル芥子油(辛味成分)は揮発した状態で抗菌活性が強く、食中毒菌である腸炎ビブリオ、サルモネラ、O-157などに増殖抑制効果があります。 また、食中毒菌だけでなく、酵母やカビに対する作用も強いことが証明されています。
一昨日、職員とそばパーティーを催したのですが、そばにはわさびが欠かせません。そば切りにわさびを添えて食べるようになったのは、江戸時代になってからです。そのころに、刺身、なますにもわさびを添えて食べていましたが、文政、天保時代に握り寿司が流行しこれにわさびをつけたことで急速に広まりました。いま、日本の家庭に浸透している粉わさびやチューブわさびの主原料に使われているのは西洋わさびと言われているものですが、しかし、本わさびその特有の香り・辛味が魅了され、日本料理には欠かせない食材です。少し高いのですが、日本伝統の食文化である、本わさびの本当のおいしさや香辛野菜としての本質を若者たちにも伝えていくことが必要かもしれません。

人物デザイン

 現在、NHK大河ドラマで、「龍馬伝」がまあまあの視聴率のようです。テレビや映画でまず注目するのが、原作者、監督、脚本家、演出家、俳優です。このような時代劇の原作は、よく司馬遼太郎さんのものが多いのですが、司馬さんは、以前、彼の原作である「竜馬がゆく」が1968年にNHK大河ドラマになっています。今回のドラマには原作がなく、オリジナル作品です。また、脚本は、長州出身の福田靖です。彼は、木村拓哉が主役を演じ、関東地区では、視聴率が全話30%を超え、大ヒットドラマとなった「HERO」シリーズや「海猿」シリーズの脚本を書いています。演出は、どうしてかわかりませんが、大友啓史、真鍋斎、渡辺一貴の三人が交代でしています。主演は、もちろん福山雅治です。
そんな大河ですが、今回注目しているのが「人物デザイン監修」という役目の人です。それを担当しているのが、柘植伊佐夫さんです。彼は、とても面白い担当をやります。映画「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」のときには、「キャラクター監修」でした。また、「ヤッターマン」では「キャラクタースーパーバイザー」でしたし、「おくりびと」では「ビューティーディレクター」を担当しました。そして、今回が「人物デザイン監修」です。この「人物デザイン監修」という言葉は、「龍馬伝」のために作られた言葉だそうです。彼は、「例えば、呼び方は作品のなかで担当する領域によって違いますが、行っていることは(映画やドラマに登場する)キャラクターや役を、それぞれの作品世界に合うように創り上げるための要素をトータルで監修するという仕事です。」と言っています。
彼が言うキャラクターや役を創り上げるための要素とは、衣裳、カツラ、メイク、小道具などですが、大きく分けて2つあるそうです。その1つは、それぞれの要素を活用して役柄のキャラクターデザインをすること。それともう1つは、キャラクターのふん装に関わる衣裳部、カツラ部、メイク部など、それぞれのチームを統括的に運営指揮することだそうです。
そして、彼は、登場人物について「スタイリング」という考え方を取り入れています。それは、例えば着物だったら、それをどのように着付けるか?どのようにして役者さんに似合わせるか?という領域のことです。彼は、「カツラでも、どうも役者さんにしっくりこないという場合があります。それは、サイズが合ってないこともあるし、比率が合ってない場合もあります。この比率が、「スタイリング」においてはとても大切なことなんです。人それぞれによって体型や発生しているバイブレーションが違います。カツラにしろ、衣裳にしろ、メイクにしろ、それらは異物です。人に異物を付けていくには、やはりその人の体型やバイブレーションに合わせた全体的な比率が重要なんです。例えばメイクでは、どのくらいの分量で、どのくらいの線でメイクすると、その人に最も合うのか?その比率を見つけていく作業が「スタイリング」です。これは単純に長さや広さを合わせるだけでなく、「人の波長にシンクロする」ということも含まれていますね。きっとこれまでの時代劇にはデザインによって人とシンクロするような「スタイリング」という概念はなかったのではないでしょうか。」
どのように登場人物をデザインしているかという観点から今回の大河ドラマを見ると面白いかもしれません。

春の鉢植え

 園では、卒園式が終わり、入園式を迎えようとしています。その式には、会場を春の花の鉢植えで飾ります。その主なものにチューリップがあるのですが、さほど値段も高くなく、もう少し華やかな鉢植えも春にはたくさんあります。しかし、華やかさというと、どうしても外国の品種であることが多いので、その名前は難しく、なかなか覚えられません。
 たとえば、「ラナンキュラス」です。この花はキンポウゲ科の花ですが、光沢のある薄い花びらが幾十にも重なり合って厚みを出しているので、非常に豪華に見え、この時期の花屋さんでは特別に目を引きます。
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ラナンキュラスの「ラナ」とは「カエル」という意味のラテン語から由来しているのは、原産地では、湿地に自生する多年草で、湿地に生えることと、葉の形がカエルの足に似ていることからのようです。もともとトルコやイランなどの中近東からヨーロッパ東南部、地中海沿岸に野生していたものを、十字軍がヨーロッパに持ち帰り、改良を加えて、園芸用品種がつくられました。この花の特徴である花びらの重なりは野生種ではなく、一重咲きの種だったそうです。今では、「万重咲き」といわれるほど数多くの花びらが重なっています。この花は、球根で殖やすのですが、乾燥した球根に急激に水を吸わせると腐ることがあり、乾燥したまま植えると発芽しないことが多いといわれています。実生系品種の場合は種まきもできるそうですが、花びらが幾重にもなっている豪華な種では、種子を作る能力をなくしてしまっているのだそうで、自らの力では新しい子孫を残してはいけないそうですが、改良でそうなってしまったというのは、何か悲しいですね。
 もうひとつ、園を飾る鉢植えで、名前の難しい花を紹介します。「ディモルフォセカ」という花です。
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この名前は、種に2種類の形があるため、ギリシャ語の「ディモルフォス」という「2つの形」に、「セカ」という「箱」を足したもので、「2つの形の果実」を意味しています。キク科というだけあって、菊のような光沢のある花弁と、その真ん中に黒みがかったリングがあり、アクセントを付けています。この光沢のある花びらが、光に当たって輝いて見えるため、太陽の下がよく似合う花です。南アフリカのケープ地方原産で、18世紀後半にヨーロッパに紹介されたために、イギリス名は、ケープマリーゴールドといって、ケープという言葉が入っています。寒さにも強い1年草ですが、寒さに強いというのは、この花は一度開いても夜の間や雨の日、曇った日には閉じてしまい、この知恵を持っているからかもしれません。
この一年草種あるいは黄色やオレンジ系の花をディモルフォセカと呼ぶのに対して、この花によく似ているのですが、多年草種あるいは桃?赤系の花は、「オステオスペルマム」といいます。
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この花の名前の語源は、ギリシャ語の「オステオン」という「骨」に、「スペルマム」という「種子」という言葉が合わさってできています。このオステオスペルマムには黄色い色の花を咲かせる品種もあるのですが、多くは白、ピンク、赤紫です。この花も、花心にはやはり黒みがかったリングがあります。
 今、職員玄関を飾っている春の花の鉢植えを見るたびに、屋外でさくらの花から感じる春を感じることができました。

春の色

 まだまだ寒い日が続きますが、日本は確実に春に向かっています。春というと何色をイメージするでしょうか?色は、何かにたとえて名前が付いていることが多いようです。動物の色、植物の色、自然の色などです。ただ、肌色のようにそのもののイメージが付いてしまうことから差別的な要素を持つことがあるものは注意を要しますが、具体的なもので表現すると、その色のイメージがつきやすくなります。その色名の中で、長い歴史のなかで生まれ育まれてきた日本の伝統色があります。その色は、主に草木から染め出したもので、その美しい色合いは日本の風土とも合いしっとりと落ち着きがあります。しかし、日本の色といってもやはり身近な動物や植物から採った名前が多く、そのほかに、染め材料をそのまま色の名前にしたものなどがあります。その色の歴史もさまざまで、万葉の昔から使われてきた名前もあれば、江戸の文化と共に生まれた名前、明治以降に化学染料が主流になってから付けられた名前などがあります。
 いろいろな色がある中で、春をイメージするものは、春という季節を感じるものですが、春といえばやはり「桜」でしょう。やはり「桜色」(さくらいろ)という日本の色名があります。この色は、桜といってもソメイヨシノなどの、日本産桜の園芸種の花弁に見られる淡紅色をいます。ソメイヨシノといえば、昨年のブログで紹介しましたが、江戸末期から明治初期に、江戸の染井村に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成された品種です。この染井村は、今の豊島区駒込です。それまで、花見と言って桜の花を愛でていたのは、ヤマザクラでした。ヤマザクラの幼葉は赤みがかっているために、遠目には、花が赤っぽいように見えますが、一般的には白色です。ですから、淡紅色をあらわす桜色という色は、意外と新しいのです。
そのほかにも「桜」が付く色がいくつもあります。「薄桜」は、よく着物や帯などの色に使われます。「桜鼠」は、桜色の灰みがかった色を言います。明度の高いソフトな感じを「灰桜」と言い、明度が低くなると「桜鼠」と言います。桜と同じ時期に花が咲き、もう少し赤い色の花をつけるものに「桃」があります。この桃の花の色に似た淡い紅花染の色を「桃色」と言います。根も色は、「桃花色」とも言います。そのほかに、赤系統の中の色で、花の名前にちなんだものも多くあります。「梅」にちなんだものとしては、「紅梅色」は、淡い藍の下染めに紅花を上掛けした、紅梅の花の色に似て、かすかに紫色を含む淡い紅の色を言います。「薄紅梅」という、もう少し薄い色を指す名前もあります。「栗梅」は、栗色がかった濃い赤茶色を言います。この栗梅に似たような色に「栗皮茶」がありますが、これは「栗梅」よりすこし黄味が強い茶色です。「梅染」は、梅屋渋(梅木の煎汁に榛皮の煎汁を加えたもの)で浅く染めた赤味の淡茶色を言います。「梅茶」は、梅と茶の中間色を指します。「梅鼠」は、「四十八茶百鼠」とも言いますが、梅のように赤味がかった薄い鼠色を言い、この色の名のように、江戸後期から明治にかけて各種鼠を名とする色が現れました。「牡丹鼠」は、牡丹のような赤みのある鼠色を言いますし、「藤鼠」は、淡い藤色がかった鼠色を言います。
「撫子色」「躑躅色」「牡丹色」「薔薇色」「女郎花」「山吹色」「菜の花色」などいろいろな名前を見ていると、花の美しさを、何とか表現しようとその花の色を真似して作ったことがしのばれます。そして、その色は、とても繊細で、日本人好みの感じがします。

共有

 「リンク」というと、何を思いだすでしょうか。先日、イタリア・トリノで行われているフィギュアスケート世界選手権で、高橋大輔が日本男子初となる世界王者の座につきました。彼が滑ったのは、スケートリンクです。しかし、もともとこの「リンク」は、英語ですので、日本人には区別が難しいのですが、スケートリンクの「リンク」は「r」で始まるrink単語ですが、もうひとつ「l」で始まる「link」という単語があります。この意味は、「連結すること、繋がりの意味」で、最近はこの単語をよく見ることがあります。
そのリンクは、IT上でよくつかわれる単語で、「文書内に埋め込まれた、他の文書や画像などの位置情報」のことをいいます。かえって難しくなります。よく、文章内で、「参照1」とか書かれてあって、別なところにその参照する文章なり図が示されることがありますが、その参照するものがIT上の別のホームページであるということです。また、ITでは、文章のことをテキストと言いますが、複数のテキストを相互に関連付けたり、結びつけるというリンクをはることを「ハイパーテキスト」と言います。これは、「テキストを超える」という意味です。そして、ハイパーリンクを用いて複数の文書、および関連する画像などのオブジェクトを関連付けたシステムをハイパーテキストといいます。最も有名なハイパーテキストは、World Wide Webというもので、WWWと書かれているもので、Webブラウザで文書を表示し、リンクのある場所をマウスでクリックすると、関連づけられたリンク先にジャンプするようになっています。
しかし、ハイパーリンクを貼るにはリンク先のサイト管理者に対して許可を取るべきだというモラルがあります。それに対して、ウェブサイトにおいて、断り無しでリンクして構いませんよという意味を表す言葉として「リンクフリー」ということがありますが、これは、和製英語で、日本のインターネット社会で作られ、日本でのみ通じる概念だそうです。海外では、一般的にはハイパーテキストによる情報の結合・情報資源は共有するものだという理念があります。
今日、私の息子から突然と携帯電話にメールが来ました。その内容は、「時間があったのでフリー百科事典の「ウィキペディア(Wikipedia)」で「卵かけご飯」という項目を見ていたら、外部リンクの項目にお父さんのブログ臥竜塾が載っていたよ」というものでした。私には許可の承諾可否の問い合わせがありませんでしたが、私も情報は共有するべきだと思っています。
共有というと、今日の中日新聞でおもしろい記事を見つけました。消費低迷で住宅市況が冷え込む中、ある建設会社がが、こどもの人間形成に役立つとされる「子育て住宅」で業績を伸ばしているという記事です。この住宅は、静岡大教育学部の外山知徳名誉教授と共同研究を進め、子育てに必要な居住環境の条件を盛り込んだ住宅のようです。外山名誉教授は、住居のあり方がこどもの人間形成に大きな影響を与えると提言し、こどもの成長に適切な住居について研究を重ねてきました。その研究を住宅に取り入れ、リビングやダイニングとは異なる「第3の空間」を提案しているのです。例えば、親子で共有できる場として、階段の踊り場にいすなどを設置することによって、空間を親子で自由自在に使うことができ、「コミュニケーションづくりにつながる効果もある」と会社の社長さんは言っています。この会社では、昨年、一般住宅の新規住宅着工件数は72件あったのが、今年はさらに20件増の92件になり、このうち、30件が子育て住宅を導入しているそうです。明らかにこの「子育て住宅」の影響のようです。
保育室は、そのあり方が子どもの人間形成に大きな影響を与えます。

人望

「目は口ほどのものをいう」ではありませんが、目には大きな力があることは、漢字の成り立ちを見てもわかります。先日のブログで「省」の言う漢字が「目」に関係していることを紹介しましたが、共同通信編集委員の小山鉄郎さんは、古代中国にあった「望」の文化について紹介しています。
字統によると、「大きな目をあげて、先方を仰ぎ見る人の形」とあります。小山さんによると、「望」の古代文字は、つま先で立つ人を横から見た姿の上に「臣」をかいたものだそうです。「望」の異字体には「亡」の部分が「臣」になったものもあるようです。「臣」も「目」を表す文字だからです。「臣」の古代文字は、「目」を立てたような形をしていますが、「臣」は大きな瞳を表す漢字です。古代中国では神に仕える人は瞳をわざと傷つけて視力を失った人がいました。そうやって神に仕える人が「臣」というわけです。後に君主に使える「おみ」「けらい」の意味になりました。その「臣」には、才能を持った賢い人たちがいました。それが「賢」です。「賢」の上部は「臣」に「又(また)」を加えた字形ですが、この「又」は「手」のことで、それに「臣」という瞳を表す文字があることから、大きな瞳(臣)に手(又)を入れて、瞳を手で傷つけている姿です。そうやって瞳の視力を失い、神に仕えた人が「臣」です。
 「望」は、つま先立って遠くを望み見る人ですが、この「望」にも呪いのような力が表現されています。古代の日本でも、天皇が高い所に登り、国土を望む国見の儀礼があったそうです。農業の豊作を祈る儀式ですが、目で見ることの占いの力が信じられていました。 つま先立って大きな瞳で遠方を望み見ることは、「目」の呪術的な力で敵を抑えこみ、服従させる行為だったそうです。そこから「のぞむ」という意味になったのです。さらに「ねがう」という意味にもなりました。
 「学問のすすめ」の最後の編には、「人望論」というタイトルが付いています。福沢は、「十人の見るところ、百人の指すところにて、「何某は慥かなる人なり、たのもしき人物なり、この始末を託しても必ず間違いなからん、この仕事を任しても必ず成就することならん」と、あらかじめその人柄を当てにして世上一般より望みをかけらるる人を称して、人望を得る人物という。」と言っています。十人がおなじひとを見ていて、百人がおなじひとを指差していいます。「だれそれはたしかな人物だ。たのもしい人物だ。この始末をたのんでも、かならずまちがいはないだろう。この仕事をまかせても、かならずこなすだろう」と。このように世間から期待をかけられるひとのことを、人望のある人物であると言っています。
しかし、人望はただ力量で得られるものではないと言っています。そのひとの活発な才能、知恵、そして正直な心が、人望を積んでいくからです。それなのに、福沢は「世の中はその反対の状況をみることがおおいようだ」と嘆いています。例として、こんなことを挙げています。「ヤブ医者が玄関ばかりを広くしてさかんに名を売り、薬を売るものが看板を盾に商品を売りさばき、山師の帳場に意味のない金の箱をおき、学者の書斎には読めない外国の本をかざり、人力車にのっている上で新聞を読んでおきながら家に帰れば夕方に眠気をおぼえ、日曜日の午後に礼拝堂で泣くくせに月曜日の朝に夫婦喧嘩するものもいるのです。」
「活発な才能」「知恵」「正直な心」を持ちたいものです。

人にして

昨日、今日の東京はとても肌寒いのですが、数日前に、気象庁は、東京でサクラ(ソメイヨシノ)が開花したと宣言しました。この時期は、平年より6日早く、昨年よりは1日遅いそうです。毎年、異常気象と言われながら、ちゃんと春が来て、桜が咲きます。このような四季の移ろいを感じるにつけてもつくづく日本はいい国だと思います。また、最近、園で赤ちゃんを見ていると、人間の不思議さと、人間の素晴らしさを感じます。私たちは、日本に住んでいる人間であること、そして、人間同士で社会を作って生きていることなどをもう一度見直すと、いろいろなことが見えてくることがあります。福沢諭吉の「学問のすすめ」の最後の編である「十七編」の最後にはここ書かれてあります。
「人類多しと雖ども鬼にも非ず蛇にも非ず、殊更に我を害せんとする悪敵はなきものなり。恐れ憚るところなく、心事を丸出にして颯々と応接すべし。故に交わりを広くするの要はこの心事を成る丈け沢山にして、多芸多能一色に偏せず、様々の方向に由って人に接するに在り。或いは学問をもって接し、或いは商売に由って交わり、或いは書画の友あり、或いは碁将棋の相手あり、凡そ遊冶放蕩の悪事に非ざるより以上の事なれば、友を会するの方便たらざるものなし。或いは極めて芸能なき者ならば共に会食するもよし、茶を飲むもよし、なお下がりて筋骨の丈夫なる者は腕押し、枕引き、足角力も一席の興として交際の一助たるべし。腕押しと学問とは道同じからずして相与に謀るべからざるようなれども、世界の土地は広く人間の交際は繁多にして、三、五尾の鮒が井中に日月を消するとは少しく趣を異にするものなり。人にして人を毛嫌いするなかれ。」
 一時期、「モンスターペアレント」などという言葉が使われたことがありましたが、この文章の最初ではありませんが、親は怪物ではありません。ほとんどの親は、子どものことを思って一生懸命だということを信じる事が必要です。ただ、その思いを表現しようとすると、苦情なりクレームになってしまうということが多いようです。「心事を丸出しにして颯々と応接すべし」ということを、今の時代こそ見直すべきでしょう。
また、人にはそれぞれ得意なこと、すぐれているところがあり、それらを含めて社会なのです。本書の最後は「人にして人を毛嫌いするなかれ」という文でしめくくっています。自分も人間ですから、人間を毛嫌いするべきではないと言っています。そこでは、他人と積極的に交際し、知見を広めて、この社会全体を良くしていこうとする心構えが「学問」であるとでも言いたいのでしょうか。「学問」をもって、人としてのありかた、人と人のつながりである人間関係、人とのコミュニケーション能力、社会のありかた、国のありかたなどが一体となった社会を作っていこうということです。
人との関係性を作るためには、関心をさまざまに持ち、いろいろなことを経験し、多方面で人と接することが必要になってきます。「世界の土地は広く人間の交際は繁多」です。もっともっと視野を広くし、人とのつながりを深め、人それぞれを認め合う社会を目指さないといけないのです。「学問のすすめ」の最後がこのような結論になることをもっと知る必要があるように思いました。

空間利用

人間は、非常に大きな集団の中で折り合いをつけて生きてきたといわれています。このような大きな集団の中だと、子供達はいろいろな人に囲まれて育ちます。その子供たちは独り立ちするまで数年かかりますので、非常に多くの人と出会っていたことでしょう。Sの集団の中での単位として、大昔から家族という単位が存在していたでしょう。その家族の中で、父親、母親という役割もその頃からすでにあっただろうと考えられますし、母親だけでなく父親もずっと子供と一緒にいて、子育てに関わってきただろうと考えられています。また、ひとつひとつの家族がバラバラに暮らしているのではなくて、洞窟などの中で入り混じって生活していたと考えられています。父親かおり母親かいて、しかもその周りには、祖父、祖母、おじ、おばなど、ほかの家族がたくさんいたでしょうし、そういう中で子供達はほかの人々のやっている事を観察し、学習しつつ、育っていったのではないだろうかと考えられています。
そのさまざまな人が集団で暮らしていた洞窟の中の生活で、旧石器時代の西アジアではすでに目的別に空間が使い分けられていたらしいということが「Science」の昨年暮れの号で取り上げられていました。そこには、古代人の空間利用の様子を見ることができます。この様子が見つかったのは、イスラエルの「ゲシャー・ベノト・ヤーコブ遺跡」という約75万年前の旧石器時代の遺跡においてです。この遺跡からは,最古の炉址という、住居内で火を使った跡がみつかったことで知られています。今回、イスラエルのヘブライ大学のアルパーソン・アフィル博士らは、ゲシャー・ベノト・ヤーコブ遺跡の炉址と発掘された石器などの分布状況を分析した結果,遺跡は主に二つの区画に分かれていたことがわかったのです。
炉址のまわりでは、加熱処理された石器や、調理されたらしい魚、カニ,ナッツ類などが多く出土しました。一方、炉址からはなれたところには、加熱されていない石器が集中し、切りきざまれたと考えられる食物もみつかったということです。これは、博士らによれば、目的別に使われる区画が分かれていたことを示す証拠だといっています。今後、それぞれの区画でどのような社会的集団が作業を行っていたのか検討する必要があると博士らはのべています。
住まいづくりを始めるときは、まず「全体像」を描くことが大切です。住まいの性格を決めるのは、全体的な構成です。これをゾーニングといいます。もともとゾーニングとは、都市計画や建築プランなどで、関連のある機能や用途をまとめていくつかのゾーンに分け、それぞれに必要な空間の大きさを考慮し、相互の関係を考え、位置関係を決める作業のことです。簡単に言うと、ゾーニングとは、機能や用途などを考えて空間を分けて配置することです。各々のゾーンのつながりや動線なども考慮し、使いやすい間取りを考える時に使われる手法ですが、これは、必ずしも平面的な配置だけを指すわけではありません。建物の上下階にわたって垂直に空間を配置していくこともバーチカルゾーニングというゾーニングです。それに対して、水平的に空間の配置を行うことをフロアゾーニングといいます。
古代人でも、住まいにおけるゾーニングをしていたようです。ゾーニングは、住まいの性格を決める大切なことですが、保育室もゾーニングの必要があると思います。

 私の園には、「省」という字がつかわれています。そして、園には「三省」という保育の振り返りの観点が三つ掲げられています。このときに「省」という字を見て、どのような印象を持つかは人によって違うようです。私がこの字を使うときには、「かえりみる」という意味で「せい」と読みます。ある人は、厚労省などに使われるように、「しょう」と読みます。また、ある人は、「はぶく」と読んで、除かれるというイメージを持ちます。そこで、字統という辞書を読んでみてもなんだかはっきりしませんでした。しかし、「47ニュース」というサイトに、文化勲章を受けた漢字学者の白川静さんの研究を基にして、漢字の体系的な仕組みを楽しく伝える企画がありました。小山鉄郎さんという共同通信社編集委員兼論説委員が、白川静文字学をやさしく紹介しています。その漢字の中に「省」という字が開設されていました。
私が、絵画指導をしていたときに、子供たちに目鼻がない顔に、目や口やまゆ毛を置いて、いろいろな顔の表情を作ってもらったことがありました。顔の表情が変わるのは、おもに目とまゆ毛の傾きによることを子供たちは気がつきました。ですから、この二つが美しければ顔が美しいことになるので、「眉目秀麗」という言葉があるくらいです。小山さんは、まず、「眉」について解説しています。
古代文字では、横形にかかれた「目」の上に「眉」があります。これは単なる眉ではなく、呪術的な力を増すための眉飾りをつけている字形なのだそうです。「眉」に飾りをつけ「眉」と「目」の力を強調したのです。確かに、この二つを強調することによって、顔に神秘的な表情を表したのでしょう。この眉飾りのついた漢字に「省」があります。「省」という字は、「目」の上に「少」が付いていますが、この部分が眉飾りだといいます。なぜ、呪術的な力を増す眉飾りをつけた目が必要だったかというと、その目で地方を見回り、取り締まることが「省」のもとの意味だそうです。さらに自分の行為を見回ることに意味を移して「かえりみる」になり、見回った後に除くべきものを取り去るので「はぶく」意味となったようです。こう考えると、「はぶく」という意味の「省」は、除くべきものをとり除くということなので、いわゆる事業仕分けかもしれません。
 「直」という字も眉飾り関係の漢字だそうです。これは「十」と「目」と「 」を合わせた形で、この「十」の部分が眉飾りで「少」の省略形です。つまり「十」と「目」とで「省」のことになります。「 」は塀を立てる意味です。つまり「直」は「省」に「 」を加えた形で、ひそかに調べて不正をただすことという意味になり、そこから「なおす」意味になったそうです。
 「徳」も呪術的な力を増す眉飾りをつけ、各地を見回ることを表す文字だそうです。この「徳」という漢字は、「十」「 (ヨコメ))」「彳」「心」でできた文字です。「十」と横長の目である「 (ヨコメ))」の部分は「目」の縦横が違いますが、「直」の字から「 」を除いた部分と同形です。「彳」は十字路の左半分の形で、道を行くことです。そういう人が持つ本当の力は、その人の内面から出ていることが自覚されて「心」の字形が加えられて「徳」の字ができ、「人徳」「道徳」などの「徳」の考えが生まれたのだと言います。
 「省」という漢字は、「直す」につながり、「徳」につながる、なかなかいい漢字です。

航空会社

 先日、「国内最後の民間空港」と言われる茨城空港が開港しました。この新規開港は昨年6月の静岡空港以来で、国内98番目の空港となるそうです。ずいぶんとたくさんの空港があるのですね。茨城空港の本体事業費は約220億円で、このうち茨城県の負担額は約73億円だそうです。これだけかけて、羽田空港の発着枠拡大の影響や航空業界の業績不振などで、就航誘致は難航しているようです。多く就航していても、空港は採算が合うようになるのには、よほどのことがないとだめなようです。また、JALの再建計画が行われていますが、航空会社も経営が難しいようです。
 私は、ここ数年、ドイツのミュンヘンに行っているのですが、ずいぶんと昔に、ドイツに行ったときは途中モスクワで給油し、イギリスについて、そこで乗り継ぎをしてフランクフルトまで行き、そこから列車に乗ってミュンヘンに行きました。家を出てから、ドイツの宿に入るまでちょうど24時間くらいかかった覚えがあります。それが、フランクフルトまで直行するようになり、ここ数年は、ミュンヘンまでの直行便に乗っていきます。その時の航空会社は、ルフトハンザ航空です。この航空会社は、ドイツでは最大手で、世界で初の機内でITができます。かなり値段が高いので、私は使ったことはありませんが、座席にコンセントがあるのは、長時間飛行では助かります。食事もまあまあで、応対もまあまあです。
 ところが、この独ルフトハンザが、09年は貨物と旅客部門が営業赤字 事業買収も圧迫しているようです。貨物部門は世界不況のあおりで大幅な時短や設備縮小を強いられ、1億7100万ユーロの営業赤字に悪化したというニュースが流れました。さらに、航空需要の減退に加え、運賃低下や平均収益の減少を背景に、主力の旅客部門も苦戦しているようです。このルフトハンザは、世界89カ国327都市に就航、旅客数はエールフランス‐KLMに次ぐ欧州第2位、世界でも十指に数えられる大規模航空会社(メガ・キャリア)なのに、苦戦しているということは、日本では、そう簡単に黒字になどなるはずがないですね。それなのに、どうして新しい空港など作るのでしょうか。
ドイツの「ハンザ同盟」というのは有名ですが、社名である「Lufthansa」は「空のハンザ同盟」の意味です。中世ドイツの「商人組合」にかけて「旅商人組合(同盟)」の意味を込め「ドイツ・ルフト・ハンザ株式会社」(Deutsche Luft Hansa Aktiengesellschaft) とされたのです。シンボル(ロゴ)のモチーフとなっている鳥はツルで、その理由は、(1) 鳥の中で最大級の大きさであること、(2) お伽話や童話で「天国の使い」、「幸運を呼ぶ鳥」、「長命のシンボル」等として取り上げられていることから決められています。4色のカラーリングは、黄:「差別化」「発見」、銀:「高い技術水準」、白:「信頼」、灰:「品質」を表しています。
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このルフトハンザに乗るといいことがあります。それは、乗ったらもらえるマイレージが、ANAマイレージに加算してくれることです。それは、ともにスターアライアンスに加盟しているからですが、毎回、ANAを利用するときにアナウンスで「スターアライアンスメンバーの方は優先搭乗できます」と聞くたびに、スターアライアンスというのは何だろうと思っていました。ルフトハンザ航空は、このスターアライアンスの創立メンバーです。スターアライアンスは、1997年5月14日に設立された世界で最初の航空連合であり、世界最大の航空連合です。
今年も6月の終わりにミュンヘンに行く予定です。