今日の朝日新聞の天声人語にこんなことが書かれてありました。「〈江戸の敵(かたき)を長崎で討つ〉の例えは、本来は「長崎が討つ」だという説がある。江戸での見せ物興行で大阪の竹細工が大評判を呼び、地元勢は面目をつぶされる。ところが長崎からのガラス細工がさらなる人気を博し、江戸の職人たちも留飲を下げた、との由来である▼外国に開かれた長崎は先取の地でもあった。「長崎で討つ」となるとその意味は消え、意外な場所や筋違いのことで恨みを晴らす例えとなる。」
このたとえは、先日の日曜日に行われた長崎知事選の結果について、使われています。その日曜日に長崎にいました。よく長崎には行くのですが、毎回とても面白い体験をしますし、発見があります。今回、研修会場は日本で初めて国公立大学としては初めてのカタカナを含んだ名称を持った大学でした。今までも私立の大学にはカタカナ名のものがありました。その多くは、キリスト系の大学で、特にイメージもあるのか女子大に多いようです。たとえば、フェリス女学院大学、京都ノートルダム女子大学、ノートルダム清心女子大学、聖マリナンナ医科大学、聖マリア大学などです。今回会場として使用した大学は、長崎県により1999年に設置された「長崎シーボルト大学」です。もちろん、この名称は、鳴滝塾を設立したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトに因んでおり、長崎県民に募集して決定されたそうです。
しかし、この長崎シーボルト大学は閉学され、2008年、県立長崎シーボルト大学と長崎県立大学が統合され、新設大学として「長崎県立大学」が設置されました。この大学のキャンパスは、旧長崎県立大学のキャンパスを佐世保校、県立長崎シーボルト大学のキャンパスをシーボルト校としました。今回の会場が、そのシーボルト校でした。
その校舎は「世界に向けて文化と情報を発信するバリアフリーの学舎」として、この地に誘致されたものです。そして、その学舎と通りをはさんだ小さな公園には、「古跡 町錬場」と書かれた碑があります。その裏には、「明治維新のころ大村藩が徴兵訓練をしたところといわれる。その後、青年団の運動場となったり、第二次大戦では、畑になったりした。」と書かれてあります。
この大村藩は、今は、長崎県に編入されていますが、明治4年の廃藩置県の時には、大村県となっています。そんな調錬場の前に大学が立てられたのは、因縁があるのかもしれませんね。
そんな場所での研修会のために長崎空港に降りた時に、ちょうどランタン祭りの最中ということもあって航空会社からお菓子をもらいました。そこには、飴と「おたくさ」というパイが入っていました。

このお菓子は、長崎からよくお土産にもらいます。この名前の由来は、文政6年(1823年)長崎に渡来したシーボルトに関係します。シーボルトは、来日早々長崎奉行の計らいで、出島を出て日本人患者を治療することを許されました。その患者の中に美しい女性がいました。シーボルトはこの若い女性に心を奪われたのですが、彼女の名前が「お滝さん」でした。そして、シーボルトと彼女との間に生まれたのが有名なイネで、彼女は日本人初の女医として知られています。そして、シーボルトは、初めて見た美しい花アジサイに、そのお滝さんから「おたくさ」という名前を付けて、ヨーロッパに紹介しました。これにちなんでアジサイの花のように焼きあげられてパイにこの名前を付けたのでしょう。
昼休みに研修会場から出て付近を歩きまわると、いろいろなつながりに出会います。
オランダお稲は、四国とも縁の深い人物です。シーボルトの門下の宇和島藩出身の二宮敬作から医学を学んだことがきっかけで、しばらく宇和島藩主伊達宗城の保護を受けて、現在の西予市宇和町で医院を開業しています。この町は、以前雑巾がけレースの話題でこのブログでも紹介されています。日本の歴史上はじめて(?)の国際結婚で生まれた混血児だったので差別で苦しんだことは想像できますが、類まれな行動力と医学の才で明治天皇のお抱え医師まで登りつめていきます。その陰には福沢諭吉の口添えもあったとか。また彼女の蘭語の師匠は大村益次郎です。彼女の足跡をたどると幕末の錚々たる人物に行きあたります。
今日は研修に参加していたため、昼休みに外を歩いてみました。知らない場所ではなかったこともあり、特別なものは発見できませんでしたが、その場所の変化はあらためて感じました。自分自身が学ぶことについて考えていることもありますが、どんなこと、どんな場所からでも気づきや学びを得られるかどうかは意欲次第だと思います。学ぶことには終わりがなく、学ぶことの楽しさは雪ダルマ式に大きくなっていくことを、もっともっと実感したいものです。
「が」が「で」になっただけで相当意味が変わってくる例を今日のブログ冒頭によって知ることができました。そして「江戸の敵・・・」の例えの本来の意味を知ることもでき自身がまた豊かになっていきます。長崎銘菓「おたくさ」は先日頂きました。菓子名をみて何かの草か、と思いましたが、銘菓に添えられた能書を読み、「お滝さん」⇒「おたくさ」とわかり歴史を思いながら美味しく頂きました。そしてシーボルトによってアジサイの名にもなっている。おそらくオランダ・ライデンに行くとおたくさアジサイに出会えることでしょう。オランダまで行かなくても日本のどこかの植物園に行けばあるかも・・・今度探してアジサイ「おたくさ」を見てみたいものです。長崎はいいところですね。また行きたい場所です。
藤森先生は長崎に限らず、全国各地を何度も講演などで行かれていると思いますが、毎回違う発見をされ、それも全て繋がりがあります。今回のブログの内容もシーボルト大学から、空港で貰った「おたくさ」というお菓子に繋がる展開。不思議でなりません。私自身、同じ場所へ二度訪れると、なかなか新しい発見ができません。もっと色々な場所にアンテナをはっておくべきです。そして一番大切なのは好奇心だと感じました。