今の時代だからこそ、中庸の意味と、必要性と、求道の心を今一度考えないといけないのかもしれません。「子曰。道之不行也。我知之矣。知者過之。愚者不及也。道之不明也。我知之矣。賢者過之。不肖者不及也。人莫不飲食也。鮮能知味也。」
「なかなか人の道を実行するのは難しいものです。知者は、たくさんの知識を持っていますが、それにまかせて実践を軽視し、道などは行うに足りないものだと頭だけで考えてしまいがちです。一方、愚かな人は、理解が足りなくて、何をどう行えばいいのかの判断がつかず、実行が及ばないからである。これが、中庸の道が行われない理由です。また、賢いといわれる人は人情に通じすぎて道を行う必要がないと思ってしまい、愚かな人は理解が及ばないからです。人は誰でも飲んだり食べたりしますが、本当に味のわかる人は少ないものです。飲食は、毎日行われるものであり、生きる上で大切なことです。ですから、どんな人でも日常行っています。しかし、それを味わい、そこに意味を見出す人は少ないものです。食事は栄養の摂取ではなく、食の営みです。生きるということは栄養素を体に入れ、体を維持することではなく、道を歩むことです。
よく、「知識を学ぶこと」ではなく、「人間としていかに生きるか」を学ぶことが本来の学問であるといわれます。文部科学省のHPで、OECD教育局・指標分析(PISA)課長のアンドレアスさんが国際的他学力調査についてのインタビューに答えています。「PISAは生徒が現代社会の課題にどれだけ準備できているかを測ります。学校の勉強をどれだけ習得しているかではなく、学んだ知識を道の新しい状況に応用できるのかを測るのです。生徒が基礎的な技能を持っているかを見ます。例えば、リテラシーです。情報にアクセスして活用し、様々な情報源から集約し、熟考する能力です。」そして、日本の子どもたちの学力の高さを評価しつつも、こんな課題を挙げています。「学習意欲の問題。学習は将来の人生に活かす必要があります。その明確な活用姿勢があまりない。知識や技能を、将来に機会につながるものとしてあまり見ていない。」知識、技能はそれを実践に使うから必要なのであり、その必要性を感じるからこそ意欲が生まれてくるのです。
「舜其大知也與!舜好問而好察邇言,隱惡而揚善,執其兩端,用其中於民,其斯以為舜乎!」孔子は、舜を偉大なる知者であるとたたえています。それは、知らないことは人に聞き、学ぼうと常にしており、つまらないと思われる意見に対してもそれを真摯に受け止め、それを戒めにするのです。そして、他人の悪を暴きたてるようなことはせず、逆に善に対してはそんな小さなことでもそれを認め、ほめたたえるのです。また、もし、部下が、極端に意見が分かれ、対立しているのを見ると、その両者の言い分をよく聞き、それを比較検討し、そのそれぞれの意見の妥当なものを取り入れ、それを採用したのです。白か黒かではなく、誰の意見かでもなく、その中庸の道を見つけようとしたのです。単に妥協点を見つけることでもなく、中道を見つけることです。もちろん、それは難しいことかもしれません。
いろいろなことを学ぶことによって、ただ人生を送るだけでなく、味わい深い人生を送りたいものです
リヒテルズ直子先生の「イエナ教育プランに学ぶ」によると、オランダの小学校は、3学年ごとの異年齢グループで自立学習と共同学習を基本スタイルとして授業を行うそうです。また、教科にとらわれず、ワールドオリエンテーションという総合学習を通じて、知識そのものではなく「発見し観察し探究する心」を育てることをとても大切にしています。かたや、PISAの結果にあわてた日本の文科省は、ゆとり教育をやめて、従来の一斉画一の授業での知識の詰め込みの強化で学力向上をはかろうとしています。これでは、ますます学習意欲のない子どもを量産するだけで、逆効果だということは明らかです。なにより子どもの発達に即した教育に柔軟に改めていくことが、中庸の道だと思います。
本来の学問のあり方は「いかに生きるか」を学ぶことというのは全く同感です。ただ、知識を学ぶ学問と「いかに生きるか」を学ぶ学問があるのではなく、どう学ぶかで大きく違ってくるんだと思っています。勉強というのは受験のための手段ではなく、意欲をもち、自分の個性を見つけていくために学ぶ教育のあり方が、生きることにつながっていくんだと思っています。そう考えると、勉強することや学ぶことは終りなんかありませんね。
知識があっても実行しなければ、意味が無い。逆に知識が無ければ実行も起こせないし、起こしても中途半端になる。その中間というか、知識があって実践をする事が大切。私はまだまだ知識が必要かもしれません。そういう意味では分からない事があれば、すぐに聞くことで、常に学ぼうとする意欲が大切など改めて思いました。そして今回のブログで個人的に印象に残った部分は、中庸が物の考え方だけでなく「食」にも通じているとは、とても奥が深いと思いました。
OECDのアンドレアスさんの見解をわが国の教育学者、教育行政担当者、そして教育現場に携わる先生方はしっかりと聴いて理解すべきです。同氏はわが国教育の将来を心配しています。実はアンドレアスさんのみならず日本のことを知っている世界の識者は彼と同様の憂慮を表明しています。例えば、フィンランドで教育改革を断行した元教育省大臣。同氏もあるインタビューで日本の教育現状に疑問を投げかけていました。また、今年早々の新聞にはエズラボーゲルさんの日本の今後に関するインタビュー記事が掲載され、現在の反復記憶を重視する日本の教育実態を問題視していました。どうやらわが国以外の人々はわが国教育の問題点をよくわかっているようです。知らぬは・・・。憂うべし、です。