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2010年02月05日 近頃思うこと

演出

 園に見学者がほぼ毎日見えます。その方々を園内に招き入れるルートがいくつかあります。それは、来客の目的によって園児と動線を分けるためです。当然、業者の動線もあります。それは、動線というように単に入口が違うというだけでなく、入口に至るまでの経路も重要になるのです。そして、その入り口から部屋に通すための動線もあります。昨年、私の園に大臣が見えた時には、事前に動線計画の打ち合わせをしました。また、その後、警察署の方々に依る動線チェックを行いました。その動線チェックは、それぞれの担当によってポイントが違うためです。私が決めるのは、どこをどのような順序で案内すればより効果的かを考えることであり、事前チェックは、歩く途中での付き添いや取材者や、大臣の位置の確認、警察では警護の在り方からのチェックです。
 寺や神社は、参道と呼ばれるそこにお参りするための動線から、ありがたさを増すように計画されていることが多いようです。それは、下に玉砂利が敷かれているということや、両脇を杉の木が植えてあるというのもそういう演出のひとつでしょう。手前の方に鳥居があり、まずそこをくぐらせるというのもある意味では演出かもしれません。一昨日の近くの神社への節分会参加でも、まず、鳥居をくぐります。
昨年末に、妻と宇治の「平等院鳳凰堂」に行ってきました。そこへの参道について、上田篤さんが「庭と日本人」の中で、こう紹介しています。
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「京都の川はいっぱんに北から南に流れるが、宇治川は地勢上、一時、南から北に向かう。ために京都から宇治にやってくる人は、宇治が京都の東南にあるにもかかわらず、宇治にいくのに宇治川を西北から東南にわたるのではなく、逆に東北から西南に向いてわたる、という体験をする。その宇治川を渡る手前の堤から川むこうをながめると、平等院鳳凰堂がみえる。それは西の方向である。極楽浄土で説法をしておられる阿弥陀さまの方角だ。そして夕暮どき鳳凰堂に灯がはいると、夕日をバックに西方の極楽浄土の阿弥陀さまが鳳凰堂の格子窓のなかに姿をあらわす。という仕組みになる。」
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なんともにくい演出です。太陽を背にして建つ鳳凰堂は、光を放っているかのように見えるのですが、逆に写真を撮ろうとすると、どうしても逆光になってしまって真黒になってしまい、なかなか美しい姿をとることができませんでした。また、その前にある池の演出があります。「さて平等院のなかにはいる。鳳凰堂のまえの阿字池の岸に立つ。すると水面に阿弥陀さまが大きくせまってくる。こういう阿弥陀さまとの対面は、庶民にとっては至福のときだったろう。仏を心のなかで念ずるのを「念仏」、心のなかで観るのを「観仏」というが、ほかに「見仏」ということがある。じぶんの目でじかに仏身を見ることだ。ふつうに寺の本堂で仏像をおがむのも見仏であるが、するとこれは「最高の見仏」ではないか。この「最高の見仏」を保証するものが鳳凰堂の庭の阿字池である。」
この池にハスの花を咲かせ、極楽浄土の効果をより上げていたであろうこともわかっているそうです。このもとの構図は、「浄土曼荼羅図」だそうで、そこには宝池があって、多数の菩薩がハスの花のうえにすわって、うしろに中島があって弥陀三尊がいるというものです。
空間演出の効果、動線の工夫、部屋の方角、目的は違いますが、保育室にもそんな配慮や工夫が必要です。

投稿者 fujimori : 2010年02月05日 21:31

コメント

藤原道長が所有していた宇治の別荘を伝領を受けたその子頼通が大日如来を本尊とする仏寺にするため平等院とした伝えられています。当時、頼通がどこに寝泊まりしていたのかが気になりますが、まさか鳳凰堂の中で寝起きしたわけはないでしょう。池の向こうは浄土世界で往生したことになるわけで、たぶん阿弥陀さんを毎日拝める所に住んでいたと考えられます。(そのためにわざわざ西向きにした)建武三年の宇治合戦で放火され阿弥陀堂、鐘楼、北門を残して焼失したと記録にありますから、それまでは鳳凰堂の周りに、居住スペースとして多くの建物があったと考えられます。栄耀栄華の絶頂を極めた藤原氏の当時の生活はどんなものだったのでしょうか。

投稿者 yamaya49 : 2010年02月06日 18:19

平等院鳳凰堂は素敵な演出を考えて造られていたんですね。建築物は部分的には注目しやすいですが、全体の動線や演出はどうしてもそこへの意識が抜けてしまいます。動線や全体の構成を意識することで、部分がより際立つということはあると思います。園内を案内する際も、注目してもらいたい点はどこか、どのように見てもらいたいかによって、どこからスタートしどのコースを通るか、考えるのは当然のことなんでしょうね。子どもにとっての動線や演出だけでなく、その他の人にとってはどうかを考え直してみようと思います。

投稿者 あいやま : 2010年02月06日 21:20

父親が大工でしたから建築に無縁だったわけではありませんが「動線」ということはかつては意識したことがない概念の一つでした。その建物あるいは構造物にどんな人がどのように関わるかを保障する動線設計は如何に大切か、をここ数年で経験しております。そして今回のブログでは京都宇治の「平等院」の動線を紹介しております。そしてその「動線」はまさに「演出」。ドラマそのものですね。大道具小道具役者・・・そしてそれぞれには「意味」があり「役割」がある。保育園や幼稚園学校も同様に「演出」は必要ですね。そこには意味、役割、機能、目的そして理念がなければなりません。これらのことは常に意識されることが大切でしょう。もっとも無意識のうちにやれていれば幸せなことかもしれませんが。

投稿者 toshi1223 : 2010年02月07日 00:35

 京都や奈良にはたくさんの貴重な建物が存在しますが、どの建物にも庭園があり、その美しい庭園の中を歩いていくと、目的の建物に辿りつきます。昔の人は素敵な演出をよく作り出すことができると思います。そんな演出の中にも動線計画や家具の位置、色使いなど、たくさんありますが、どれも保育にも通じる部分があるのですね。保育という仕事は、様々な分野からも通じるところがあり、奥が深く、極めることがとても難しいものです。

投稿者 Sasuke : 2010年02月10日 00:11

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