2010年02月01日 [近頃思うこと]
童子
そろそろ園でも卒園が近くなりました。卒園式に歌う歌としていろいろな歌がありますが、この歌も卒園式に謳う園があるかもしれません。それは、他にもいろいろと幼稚園、保育園で使われることが多い「とらや帽子店」の「パレード」というCDに入っている曲で中川ひろたかさん作詞の「空より高く」です。中川さんとは、ほぼ毎年、地方の講演で一緒になることがあり、一度彼と一緒に写真を撮ったのですが、その時の写真を彼のブログで紹介してもらったことがありました。今回は、その写真で、私の顔の部分を切り取って紹介します。

「人は空より高い 心を持っている どんな空より高い 心を持っている だからもうだめだなんて あきらめないで 涙を拭いて 歌ってごらん 君の心よ 高くなれ 空より高く 高くなれ 人は海より深い 心を持っている どんな海より深い 心をもっている だからもう嫌だなんて 背を向けないで 見つめてごらん 信じてごらん 君の心よ 深くなれ 海より深く 深くなれ だからもうだめだなんて あきらめないで 涙を拭いて 歌ってごらん 君の心よ 広くなれ 空より広く 広くなれ 君の心よ 強くなれ 海より強く 強くなれ」この「君の心よ~高くなれ」の部分の曲は、「蛍の光」のメロディーになっています。
この歌詞をどうして突然思い出したかというと、この一説が思い出されたからです。「父恩者高山 須弥山猶下 母徳者深海 滄溟海還浅」(父の恩は山より高く、須弥山(しゅみせん)猶(なお)下(ひく)し。母の徳は海より深く、滄溟海(そうめいかい)還(かえ)って浅し)です。中川さんがこれを思い浮かべて歌詞を書いたかわかりませんが、これは、江戸期の寺子屋等で最もよく用いられた教科書の一つである「「童子教」にあります。私のブログで、今スキーでにぎわっている「妙高山」の由来を「名香山」から来たと書きましたが、もうひとつの説は、仏典にあるシュメール(須弥山(しゅみせん))に結びつけて,妙高山とよぶことになったという説です。古代インドでは、仏教の世界の中心にシュメール(須弥山)という高い山がそびえ立っており、太陽や月は、その中腹を回転しているという考えがあり、妙高は、そのシュメールの漢訳です。そんな山よりも父の恩は高いのです。また、母親の徳は、あおあおとした広い海よりも、もっと広いのです。
これが掲載されている「童子教」は、仏教思想や儒教思想による童子を対象とした教訓を五言の漢文320句に収めてあり、鎌倉末期より流行し、江戸時代には寺子屋の教科書として「実語教」とともに広く利用された教訓書です。
こういう言葉が載っています。「一日学一字 三百六十字 一字当千金」一日に一文字だけ学んだとしても、毎日、一年間続ければ365文字覚えられます。一字一字が千金に当たるということです。小さな、毎日できる範囲の努力でも休まず長い間続ければ、その積み重ねは大きな成果となるということです。先日のセミナーでは、赤ちゃんの一日は、人類の進化に当てはめれば、50万年に相当すると教わりました。子どもと過ごす日々は、毎日50万年の進化に相当するのです。
一日一日を大切にしたいですね。
投稿者 fujimori : 2010年02月01日 22:30
コメント
なぜ藤森先生の写真を切り取ってアップされたのか気になりますが、写真が妙に気になったので中川さんのブログを調べてみると、やはりこれは大田市に来られた時の写真ではないでしょうか。たしかあの時は、とある事情で中川さんと打ち合わせができないまま本番となり、進行役だった私はとってもあたふたしていた記憶があります。なんだか懐かしいです。
赤ちゃんの1日は50万年。赤ちゃんとともに過ごす日々は、ものすごい進化に相当する。そう思って赤ちゃんと向きあうか、大人と同じ1日と思って向きあうかでは大きく違ってきますね。自分の考え方を変えることで、接する対象や周りの環境も変わってきます。大切にしてきた「何事も自分次第」という言葉の奥の深さをあらためて感じています。
投稿者 あいやま : 2010年02月01日 23:46
大田市のご講演の時の画像でしたら、大変懐かしいです。
藤森先生のお顔があればマイピクチャ保存しましたのに残念です。
あの時は、先生のご著書販売担当でしたが、なんと図々しくも先生にサイン会までしていただいてしまいました。
中川ひろたかさんの本より5倍多く売れたのは、中川さんには秘密です。
投稿者 出雲屋安兵衛 : 2010年02月02日 18:30
中川ひろたかさんの詞から「童子教」さらには「須弥山」への今回のブログの展開は時空系列の壮大さを感じます。「須弥山」・・・う~ん、なつかしい。サンスクリット語でsumeru。同山は標高「八万由旬」。1由旬が『倶舎論』の世界では約7kmとされますから、高さはなんと5億6千万キロメートル。その山の中腹を太陽や月が回ります。須弥山を中心としてその南方に私たちが住むジャンブー・ドヴィーパこと娑婆世界。須弥山山頂には帝釈天。同山に降る雨こそが「甘露の雨」。而して「童子教」は父の恩は須弥山よりも高い、としその恩の有難さを強調します。本年4月には亡父十三回忌を迎えます。時折夢の中に出てくる父に今更ながら感謝し、なんとか報恩を、と考えます。
投稿者 toshi1218 : 2010年02月02日 22:43
toshi先生のお父上は十三回忌だそうですが、自分の父親も今年で七回忌を迎えます。父は私が小学生の時に、ふいと家出。ほどなく両親は離婚。母親の手ひとつで育ちました。10年前、父は寝たきりの生活になって、私たち夫婦が最後を看取りました。父親にかわいがられた記憶は何一つありませんでしたが、火葬にする瞬間、涙がとまりませんでした。あんなに恨んだ親なのに…。『父の恩は山よりも高く、須弥山猶下し』ー父親の人生の最後にやっと恩返しができたことを誇りに思っています。
投稿者 yamaya49 : 2010年02月03日 11:10
気がつけば1月も終わり、2月に入っているのですね。そして卒園式は来月です。今年も号泣してしまうと思います。
赤ちゃんにとっての一日が、人類の進化の50万年に値するという事実は、驚きと同時にとても神秘的に感じます。そう思うと明日から赤ちゃんを見るのがとても楽しみです。そんな赤ちゃんが一日一日、たくさんの経験をし、それが積み重なることで成長していきますが、そんな当たり前な事でも今回のブログを読むと、本当に違った視点で赤ちゃんに限らず、子どもを見ることができる気がします。
投稿者 Sasuke : 2010年02月04日 23:31