ここ数日、四書五経の「大学」について書いていますが、同じ大学でも、今週末には大学入試センター試験が行われます。この日程は、文部科学省の通知として1月13日以降の最初の土曜日親日翌日の日曜日と決められているのです。受験生や、その家族は、体調管理などで大変でしょうね。少子化で少しは大学入試が楽になったのかもしれませんが、人気のある大学では相変わらず大変のようです。
昨日、オランダのイエナプランの紹介者でもあるリヒテルズ直子さんから、最近出版した本をいただきました。その本は、「私なら、こう変える!」20年後からの教育改革(ほんの木)というもので、14人の識者がこれからの教育に対して具体案を提案しているものです。これら14人の主なメッセージとして紹介されているもののひとつに、「大学入試制度撤廃」というものがあります。それに対してリヒテルズさんは、8つの提案をしています。そのひとつが、「入試をやめて明確な卒業資格基準で進学を可能に」というものです。
ここに書かれている内容を読むと、欧米では、入試制度は例外だそうです。普通は、進学の要件は、それまでの教育課程の卒業資格を取得していることで、その資格の基準は、国が定めているそうです。こうすることにより、次の利点が生まれると言っています。「1、一生いつでも進学できる 2、一旦ある学科に入った後からでも自分の適性や動機に合わせて進路を変更できる 3、生徒の力を1回限りのペーパーテストでではなく長期にわたる観察で多面的に評価できる 4、生徒間に競争による相対評価ではなく、進学先の教育機関にふさわしい必須能力という観点から絶対評価をするので、生徒間に競争ではなく協働・協力の関係が育つ 5、生徒たちは試験のために終わりのない競争に駆り立てられることなく、社会性や情緒の発達など、人間としての幅広い発達の機会を得られる」
このような大学は、確かに大学で学ぶためにはとてもいい気がします。しかし、今、日本では大学で学ぶというよりも就職のため大学に行くという動機が大きい気がします。ですから、入学することに価値があり、また、どの大学を選ぶかも、その大学で何を学びたいかではなく、どの大学が就職に有利か、名の知れた大学であるかということで有名大学に人気があるのでしょう。そのあたりは、少しずつ変わり始めてはいますが、どうでしょうか。
60年代の終わりから70年代にかけて、それまでの権威的で保守的な画一教育を廃し、子どもたち一人ひとりの健全な発達を保障する個別教育への転換を図り、子どもの幸福度が高く、学力も他の欧米諸国の中でも高い位置に引き上げたオランダの教育を紹介しているリヒテルズさんが執筆している章の最後にこう書いています。「自立と共生を養う時間は、決して学力を伸ばすことを犠牲にするものではありません。自分の能力や適性を知り、自分にふさわしい社会的な役割を見出すことに努力する子どもたちは、おのずと、学びの意義を自覚し、知識欲を持つようになるからです。」
最近、私は子どもたちを見ていると、「自立と共生」ではなく、「共生を知ることが自立することである」と思います。そして、他に貢献しようとする心が意欲を生むと思っています。しかし、リヒテルズさんが言っていることと基本的には同じ考え方です。
「共生を知ることが自立」で「他に貢献しようとする心が意欲を生む」という考え方は「共生と貢献」そして「自立と意欲」との相関関係を見事に、そして的確に表現していると思います。私たちは他者と競争するよりは「協力」して共生したいと思いますし、微力ながら他者の役に立ちたいと願っています。たいていの人々はそう思っていると思います。共生と貢献ができていれば自立と意欲があることになります。そして自立と意欲があれば共生と貢献が実現している可能性が大変高いことになります。そしてこれら共生と貢献、自立と意欲を教育実践の場で具体的に培っていく方法を人的物的空間的環境を通して私たちは構築していかなければならないはずです。藤森先生のお役目は当分なくなりそうにありません。
確かに欧米の入試制度は、日本とずいぶん異なります。フィンランドでは、高校を卒業するために全国一斉の卒業試験を受けますが、大学入試の際はこの結果だけでなく、大学で専攻したい分野の専門知識が問われます。(学問への意欲のない学生はここで振り分けられそうです。)大学に入ると、ほとんどの学生は修士をとるまで熱心に勉強します。就職のときに、どこの大学を出たかは関係なくて、大学で何を学んだかを問われるからだそうです。もちろん、高福祉国家ですから学費はタダ。生活費の援助もあるそうです。人材育成が国家戦略の国だからできることです。さて、こんな国と日本は太刀打ちできるでしょうか?
「共生を知ることが自立すること」「他に貢献しようとする心が意欲を生む」という考えは、自分にとって少し新しい視点です。共生や貢献の言葉がまだ自分の中で消化できていないので、新しい視点から考え直してみようと思います。変な例えですが、「共生」や「貢献」は噛めば噛むほど味が出る、そんな感じの言葉です。
大学についてですが、リヒテルズ直子さんの提案が採用されるとすると、当然大学自体は変わっていくでしょうが、小中高にも変化が出てくると思います。ゴールが大学の入試や入学ではなくなると、上手く言えないのですが、小中高がとても貴重な学問の場になるのではないでしょうか。様々な教科を総合的に学べる場が、もっと生きてくるように思います。こうした提案が議論の場にどんどんあがってくるようにならなければいけないですね。
気がつけば大学入試の時期ですね。少し懐かしい気分になりました。日本の入試制度は、とくに違和感無く思っていました。そして大学選びも、大学で何を学びたいか、何をしたいかで選ぶのでなく、できるだけ就職に有利な有名な大学に行く事が目標だったような気がします。そういう意味でリヒテルズさんが提案している内容はとても面白いですし、納得する部分が多くあります。とくに利点の中で「進路を変更できる」これは、自分が将来は何をしたいのか、より明確に探す事ができ、見つけやすいような気がします。