2010年01月08日 [近頃思うこと]
室町時代
江戸時代の寺子屋とか藩校における教育はよく論じられることが多いのですが、それ以前の教育機関についてはなかなか目に触れることはありません。室町時代に教科書として使われていた書物については、ほとんど江戸時代でも使われているので資料が多いようです。しかし、逆に言えば、江戸時代の教科書にある道徳観とかは、室町時代の影響をずいぶんと受けていることになります。
教育を受けることが出来るのは、世界中でもある一部の階級でした。それは、教育内容が読み・書き・計算であれば、その必要である人は限られているからです。しかし、日本では早い時期から同時代のヨーロッパに比べても格段と識字率が高かったと言われているのは、教育が一部の特権階級だけのものではなく、室町末期になると、下級武士や農民、商人など、あらゆる身分の少年達も学んでいたからです。室町末期に来日した宣教師フロイスは、「日本では、全ての子供が寺で学習する」と言っています。これは、室町時代の書物「世鏡抄」の中で「貧卑・孤独の人の子であってもしっかりと教えよ」とあるように、寺入りした少年を、貧富や身分で差別してはならない、むしろ庶民の子を、武士の子よりも親切に教育してあげましょうと言っております。それは、孝も書かれてあるからです。「侍の子の悪事は三度まで許し、それ以上は父母の許に返し、凡下の子どもならば十度まで教えよ」とあるように、侍の子には厳しくあったようです。それでも、3度までは許していたのですね。
このころの教育は、全寮制でした。それは、7~10歳ごろから寺に住み込んで、ときどき里帰りをしながら、元服(13~16歳ごろ)まで教育を受けていて、通学していたのは稀だったようです。「世鏡抄」によると、基本的な1日の時間割はだいたい次のようだったようです。まず、6時から9時までは経の勉強をします。そして10時から午後1時までは、習字です。そのあと1時から3時まで読書。そして、その後7時くらいまで「諸芸の遊び」です。この遊びについて世鏡抄では、「遊戯あまりすれば、心乱れて學文跡を忘れ、時々遊戯せざれば、心気起こりて、病出来するなり」と書かれてあり、初めて「遊戯」という言葉が使われたとも言われています。それにしても、あまり遊びすぎるとまずいけれど、ときどき遊ぶことは「心気起こりて 病出来するなり」というように、遊びの効用を認めていたようです。
その後、夜になると、7時から9時までは音楽教育です。詩、歌、物語、笛、尺八、琵琶、管弦などを習ったようです。そして、やっと、9時から11時まで自由時間です。全寮制なので、この時間割をびしっとやらされるとなるときつい気がしますが、そんなことはなかったようです。かなり自由に遊びまわったり、その子が興味を持ちそうな本を選んで、読み書きをさせるとか、基本的にその子の発達にあった個人指導だったようです。
そして、その生活において「去れば千日智者の敵とは成るとも愚者の友と片時もならざれと云へり。」とあるように、智者と千日間にわたって敵対するとしてもいいが、愚かな友とは、一瞬たりともつきあうべきでないと言っています。
世鏡抄は、面白いですね。
投稿者 fujimori : 2010年01月08日 22:34
コメント
三度までは許し…という部分がありますが、こうした「まあ次は気をつけなさい」という気持ちが現代は少し薄くなったのかなあと感じることがあります。教育とは直接関係ないんですが、その人がどうかをあまり見ずに、過ちだけを取り上げて徹底的にたたくという場面を見かけることが少なくありません。もう少し遊びがあってもいいのにと思ってしまいます。
投稿者 あいやま : 2010年01月10日 08:29
先週の日曜から待望の「竜馬伝」が始まりました。幕末期の土佐で身分の壁に苦しみながらも懸命に生きようとする竜馬や岩崎弥太郎たちに感動しました。武士だけでなく、岩崎のような地下浪人でも学問できる土壌があったのは室町時代から続く庶民教育の伝統ですね。寺子屋以前は、寺での全寮制による全人教育。これなら「自立」と「自律」を育むことができそうです。かつて旧制高校から多くの日本の指導者が生まれたように、この全寮制による教育は、集団生活による人格教育という意味でも可能性に満ちていると思います。
投稿者 yamaya49 : 2010年01月10日 11:25
『世鏡抄』が紹介する時間割りには凄まじさを感じます。午前6時から午後7時まで、経、習字、読書、諸芸、音楽教育。13時間教育ですね。おそらく、この通りではないにせよ、こうしたカリキュラムの空気、雰囲気は明治維新まで続いていたでしょう。「遊戯の効用」とあります。当時はどんな遊戯に興じていたのでしょう。いつでも子どもたちが数人で群れて遊んでいたのでしょうね。前頭葉がしっかり発達しそうです。「凡下の子どもならば十度まで教えよ」という部分が引用されています。今どきは「何回言ったらわかるのよ」というお母さんが子どもさんに言うセリフがありますが、「十度まで教えよ」とありますから、我が子を「凡下の子」と諦め、気長にやっていくしかありません。
投稿者 toshi1124 : 2010年01月11日 09:04
朝の6時から夜の9時まで時間割が決まっているのは、今の時代から見ると、とても厳しいように見えます。当時の子ども達はこのような生活にどういう気持ちで過ごしていたのか気になります。きっと、楽しくて仕方がなかったかもしれませんね。もし今の子ども達が、当時の子ども達と同じ生活をするのは、ほとんど無理のような気がします。それにしても「世鏡抄」に書かれている内容は興味深いものが多いです。
投稿者 Sasuke : 2010年01月11日 23:32