登山

よくブログで、江戸時代の寺子屋のことを書きますが、この寺子屋は自然発生的に生まれてきた「読み」「書き」を中心とした庶民の教育機関です。しかし、その前には教育がされていなかったわけでもありませんし、教育機関がなかったわけではありません。その教育機関として中心となったのは、鎌倉時代までは、貴族階級を対象にしたものであり、知識の伝達の担い手は貴族でした。それが、鎌倉時代になって武士が台頭してくるに従って、貴族に変わって僧侶が新しい教育の担い手になってきます。その場所も、奥深い山中の寺院となり、そこで弟子たちを養成していきました。最初は、僧侶の養成を目指した寺院教育でしたが、次第に、そこで教育を受けたものが、世俗に戻っていったのです。昨年のNHK大河ドラマでも、上杉謙信が幼少のころ春日林泉寺で学んでいたことが描かれていました。
しかし、この寺院教育では庶民の子どもではなく、武士の子ども対象でした。子どもたちは、7歳ころになると、「登山(入山)」といって寺院に入り、4~5年くらいそこで教育を受けます。その後、13歳位になると、その寺院教育が終了します。それを「下山」と言います。この機関の授業は、読み、書きのほか、和歌や連歌、管弦などの音楽教育もありました。その時の教科書は、寺子屋でも使っていた「童子教」「實語教」「庭訓往来」などでした。
このころのことが「世鏡抄」という書物に書かれてありますが、この本は、作者や成立年代が不明ですが、だいたい室町時代に、国人領主層の子弟を七歳から十三歳まで教育していた真言宗系の寺院でまとめられたものではないかと言われています。その「第七 若身持之事」の章には、守役・乳母に対する若君の幼少期の育て方についてまとめられています。「誕生の蟇目より七歳までの学文始め迄肝要也。如何にも如何にも賢人の御父、智人の乳母をつくべき也。君は又おちめのとの膝に三歳まで居て、四歳より少しづつ云ふ事を覚るべき也。賢人のおちは大義を教へ、智者の乳母は生長してより以来四恩の道を教へはたして、一命を重んじて君に軽く仕へよと云ふべし。」ここには、教育上、最も重要である期間は、赤ちゃんから七歳までの期間であると言っています。今、OECDが提案していることに、最も重要な機関が0歳児から8歳までであるというものがありますが、この世鏡抄でも、ほとんど同じことを言っています。そして、それぞれの年齢におけるポイントを言っています。「三歳までは守り役・乳母の膝で甘えていてもよい」「四歳ごろから少しづつ大人の言いつけを理解するようになる。是非とも賢明な守り役・乳母を付けるべきだ」と言っています。数え年ですが、3歳くらいまでは、保育者は子どもを十分に受容することが大切であり、4歳くらいからはきちんと専門性を持っている保育者が育てるべきであるというのは、今と全く同じ考え方で、室町時代と変わらないですね。そして、子どもの成長過程において四恩の道(一切衆生の恩、父母の恩、国主の恩、そして仏・法・僧三宝の恩)をしっかり教え、命の大切さ、他人への貢献を教えるのが専門性であると言っています。
このあとがまたまた面白いです。それは、「如何にも如何にも愚者に片時須ユも添ふ事なかれ。愚は先生之畜生、今仮に人となれり。賢は菩薩の身、智は諸天の化現なれば、今生のみか後生までの事なり。」というように、愚かな人につくとロクなことにならないと警告しています。
もう少し、世鏡抄を読んでみましょう。今に通じるものがあって、面白いですね。

登山” への4件のコメント

  1. 四恩(一切衆生の恩・父母の恩・国主の恩・師の恩)を忘れてしまったことが現代の日本社会が荒廃した原因だと思う。戦後、欧米からお題目だけの民主主義を輸入したおかげで、権利を主張し義務を忘れる風潮が強くなってきた。四恩の精神は、封建時代の遺物ではなく、発達の過程で身につける人間本来の姿であって、自分と周囲の環境を調和させていくためにとても重要だ。恩という字は、原因の下に心。いつも自分が存在できているのは、様々な因によってであると自覚することから感謝が生まれる。中国の諺に「恩を受けて恩に報いざるは禽獣に等し」とあるように、恩知らずは犬畜生に等しい。いや、犬でも飼い主にしっぽを振るから、畜生以下だと思う。

  2. 子どもの育ちに必要なことは昔から変わってないんですね。変わるのはどう生きるべきかという価値観だとすると、当然その価値観はそのときの社会が求めているものであるべきでしょう。そう考えると、問題が起きるのは社会が必要としているものと個人の価値観の方向とのギャップということになりそうです。浅い解釈しかできませんが、世鏡抄という今まで馴染みの薄かったものからこんなことを考えることができました。

  3.  ブログの題名から前回のブログと関係があるのかと思いきや、全く無関係でした(笑)
    さて、「世鏡抄」に子どもの育ちが書かれている内容は、今の時代でも通用する内容には驚きました。OECDが0~8歳までの育ちが重要と提案したのは、きっと様々な研究から導き出した結論かと思いますが、「世鏡抄」を書いた人物はどのようにして、本をまとめたのか気になります。おそらく自分の目の前にいる子ども達の姿を見て、実際に感じた物を書物にまとめたのだと思うのですが…。やはり子どもの育ちを考える場合は机に向かってひたすら資料などを読んで勉強するのでなく、自分の目で実際の子どもを見る事が一番、子どもの成長を知る術なんですね。

  4. 時代の変遷とともに、教育機関も変わってきた、ということを今回のブログを読みながらあらためて認識したところです。そして今回紹介していた『世鏡抄』(この書の存在を始めて知りました)から引用されていた部分は、時代も変わり、伴って教育機関も変わるが、しかし変わらないことがある、ということを示唆しています。脳の臨界期とされる8歳までの育ちの重要性、そしてその重要なる8歳までの育ちを正しく導く方法、はどうやら時代が変わり教育機関が変わっても、変わらないこと、なのでしょう。「愚者に片時須ユも添ふ事なかれ。」という部分を引用しています。今の時代は「多様性」を認め合うことに焦点が充てられ過ぎているので賢愚の区別がつかなくなってきています。結果、多くの人々が迷いの中に放り込まれている、という結果に到っています。

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