年始の猿

 明けましておめでとうございます。このブログで新年のあいさつを言うのは今年で5回目です。私の人生の節目の目安と目指すスタンスは、論語の「吾十有五而志于学、三十而立。四十而不惑、五十而知天命。六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩。」です。私は、かなり昨年から「耳順」を心がけたつもりです。その本当の境地に達するには、10年はかかると思いますが、とりあえず、昨年は「北風よりも太陽として人と接しよう」をテーマにしてきました。そして、それを人に語ることによって、自分にも戒めてきました。この論語の言うところは、50歳までは自分への課題であるのに対して、60歳代からは他人との関係になります。若いころの自立は、自分が「立つ」ことだったのが、次第に「他人」のなかでの自分の立場を見つけることであり、その立場から他人が「立つ」ことを援助することのような気がしています。それが、「耳順」の結果のような気がしています。
 また、私が携わっている「保育」という仕事は、人の生き方に沿うことであり、人の遺伝子が繰り返されていく過程に出会うことのような気がしています。そんな人生を猿に見立てて表わした日光東照宮の神厩舎の欄干に彫られた作者不詳の8つのシーンで描かれた彫刻に見ることが出来ます。
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昨日のブログでその中の3つまで書きましたが、年の初めに当たって、残りのシーンで見てみたいと思います。
 4番目の猿は、2匹の猿が上をみあげています。
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説明書きには、「青雲の志を抱いて天を仰ぐ。(若いうちは可能性が多い。望みを大きく持って上を見る。)He is ambitiously looking up.」と書かれてあります。そして、右側の方角の雲が青く塗られていることから、青雲の志を抱く青年期の象徴とされています。最近、「青雲の志」を持った若者が少なくなりました。元旦は、「1年の計」だけでなく、「一生の計」をぜひ立ててもらいたいと思います。
 5番目のシーンは、落ち込んでいる猿の背中に、別の猿がそっと手を置いている絵が描かれていました。
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説明書きには、「人生の崖っぷちにおいても、励ましてくれる仲間がいる。(崖っぷちに立たされた猿。しっかりと足元をみつめる)」と書かれてあります。自立は決して一人で生きることでなく、仲間を感じることだと思っています。その見守りの中だからこそ、自分の足元をしっかりと見つめることが出来るのです。
 そのあとの猿は、側面に書かれてあります。
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6番目が、右の猿は物思いにふけっている様子で、その左には、そんなことには関係ないように木に登っている猿が描かれています。それは、右の猿は恋をしているのが、次のシーンで分かります。7番目の猿は、新婚の猿がに引き描かれています。二人が手を取り合って、荒波を乗り越えていこうという決心が見えます。そして、8番目の猿は、おなかが大きく、妊娠していることがわかります。それは、次の世代につないでいく姿です。しかし、この8番目の猿で終わりでなく、この猿はこの物語の始まりでもあるのです。それは、やがて生まれてくる子どもの猿によって、次世代が始まるからです。それが1番目の猿につながっていきます。この猿たちによって、遺伝子の繰り返されていくことが表現されます。その繰り返しの中で、いま、自分がどんな役目を担っているのか、何を次の世代に渡していけばよいのかを考えていかなければならないのです。

年始の猿” への5件のコメント

  1. 明けましておめでとうございます。今年も新年から非常に考えさせられるテーマをいただきました。自分は30代なのでまずは「三十而立」が目指すところですが、自分のことに集中すればするほど相手の立場や更に広い立場に立って物事を見ることが必要になってくることを感じています。「保育という仕事は、人の生き方に沿うことであり、人の遺伝子が繰り返されていく過程に出会うこと」という素晴らしい言葉にも出会えましたし、その中で自分の役割をゆっくり探していこうと思います。今年もよろしくお願いします。

  2. 明けましておめでとうございます。日本史の教科書で、徳川家康→日光東照宮→見ザル言わザル→左甚五郎と習いましたが、8種類のサルの彫刻が「人間の一生」を表現していることはつゆ知りませんでした。知識は試験には必要ですが、人生を生きるのに役にたつのは智慧だとつくづく感じます。「一人立ち前のサル。まだ座っているが、飛躍を期す」ー壮年の自分も新年を迎えるたびに、こんな心境になります。50代で藤森先生に出会って以来、自分も天命を見つけました。ビジネスを通じて他人(顧客)が見守る保育に立つことを援助すること。今年はそれをより進化させて実践していこうと思っています。どうぞよろしくお願いします。

  3.  あけましておめでとうございます。今年も藤森先生のブログから多くの事を学ばせていただきます。
     まだ20代の私には論語の言葉はあてはまっていませんが、着実に近づいているのは確かです。まずは30で立つと書いてありますが、その時に私は自分の足でしっかりと立っていられるのか不安です。その為にも、たくさん色々な事を学んで力を蓄えておく必要があります。ただ闇雲に頑張って日々を過ごすのでなく、しっかりと未来の自分の姿も意識する必要があると思いました。

  4. 新年あけましておめでとうございます。
    一昨年いただいた「保育というものは、保育学ではなく保育道」という藤森先生の言葉にあったように人間を真に学ぶ保育の道の偉大さ尊さを最近は特に感じてます。
    私たちが今、様々な逆境の中でも安心して一生懸命に素直に純粋に頑張ることができるのも、藤森先生が自らの道によりその歩みの理念を明確に示してくださっている御蔭ではないかといつも深く感謝しています。
    他の方々のコメントにも相変わらず刺激されましたが何より私自身、藤森先生の温かく大きく優しいメッセージを深く探り感じ取れるように知行合一を優先し一生の計を立てて歩める年にしていきたいと思います。
    いつも節目節目にて真心の教育に触れる機会を得られていることに感謝しています。
    これからもご指導のほど、何卒よろしくお願いします。

  5. 新年の幕開けに感謝し藤森先生のご健勝ご多幸をお祈り申し上げます。また、当ブログ読者のみなさまにこの場を借りて新年の寿ぎをお伝え申し上げます。ほぼ毎回「遅刻」のコメントですが、今年もマイペースでコメントさせて下さい。宜しくお願い申し上げます。さて、日光東照宮の猿。人生譚だったのですね。しかも「遺伝子の繰り返されていくこと」が表現されている、とあります。近々家族で同地を訪ねる予定です。あれもこれもさらっと見ておしまい、ではなく、この8面の猿彫刻を一つひとつ確認するだけでも大変大きな意味があるような気がします。そして「いま、自分がどんな役目を担っているのか」。ややもするとこのことを忘れて昂揚したり落胆したり不安定となることがあります。自らの現在の役目、役割を常に確認して日々を安定して生きる、本年もこのことを意識して生活していきたいと思います。

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