桶町

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、坂本竜馬が千葉道場に入門し、そこから去るところが描かれています。私が、千葉道場というと、「チョコザイな小僧め、名を、名のれ!」「赤胴鈴之助だあ!」という元気のいい声と同時に、竹刀の音がして歌が始まります。「剣をとっては 日本一に 夢は大きな 少年剣士 親はいないが 元気な笑顔 弱い人には 味方する おう! がんばれ 頼むぞ ぼくらの仲間 赤胴鈴之助」この歌は、同世代では、みんな一緒に歌い出すでしょう。最近、テレビ視聴者が高年齢化していると書きましたが、ラジオも、聴いている人の率、時間量ともにあまり変化はありませんが、10年の変化を年層別にみると、聴取層の高齢化が進んでいるという結果があります。しかし、私の子どもの頃は、ラジオにかじりついていました。その代表的な番組が、この「赤胴鈴之助」です。
 ラジオ放送は、1957年01月07日にラジオ東京(現TBS)で開始されました。そして、翌1958年10月にはテレビでも放映を開始されます。「少年画報」連載漫画(作・福井英一・2回から武内つなよし)が原作です。金野鈴之助は、江戸に出て父の友人である千葉周作に弟子入りし、修行を積んで心と技を磨きます。この千葉周作が、北辰一刀流の創始者で、千葉道場の総師範なのです。当然、鈴之助も北辰一刀流です。2番の歌詞の「父の形見の 赤胴つけて かける気合も 真空斬りよ」とあるように、赤胴をつけていたので、「赤胴鈴之助」と呼ばれます。そして、殺技は、千葉周作の紹介で飛鳥流に弟子入りして伝授された「真空斬り」です。子どもの頃は、「ウー ヤー タァーッ!」と言いながら、その形をよく真似をしたものでした。
赤胴鈴之助のラジオドラマでデビューしたのが吉永小百合で、千葉周作の娘の千葉さゆり役でした。その後のテレビ化の時にも吉永小百合が初出演をしています。渋谷区立代々木中学生でした。また、歌詞にある「なんの負けるか 稲妻斬りに 散らす火花の 一騎打ち」の稲妻斬り切りの使い手である竜巻雷之進は宝田明でした。
神道無念流の錬兵館、鏡新明智流の士学館とともに、江戸三大道場といわれた千葉道場である北辰一刀流の道場玄武館は、お玉が池の辺りで、千桜小学校の跡地に石碑が立っています。坂本竜馬も千葉道場門下でしたから、北辰一刀流でしたが、通っていたのはこの千葉周作の道場ではなく、周作の弟である千葉貞吉の桶町小千葉道場でした。この桶町は、桶屋が多かったからのようですが、その場所はよくわかっていないようです。たまたま妻が持っている江戸の古地図に桶町の地名があり、それに相当する現在の地図がありました。
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その地図の3番のところに「剣聖千葉周作の弟定吉の道場があったところ。周作の「玄武館」が「大千葉」と呼ばれたのに対し定吉の道場は「小千葉」と呼ばれた。坂本竜馬が修行・寄宿した所として有名。」と書かれてあるので、その場所に行ってみました。しかし、何にも碑も印もなく、どこか確証は持てませんでしたが、その地図にある場所から写真を撮ってみました。向こうの方に見えるのが、東京駅に止まっている新幹線です。
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こんな、東京駅前に道場があったのですね。ことしの大河ドラマつながりの場所探しは、坂本竜馬の評価が今までそれほどされていなかったということもあり、マイナーなところも見つける楽しさがありそうです。