中国の四書五経のうちの「大学」は、中江藤樹や二宮尊徳だけではなく、いろいろな人に影響を及ぼしたような気がします。たとえば、少し前のブログで話題にした福沢諭吉の「一身独立」という考え方も、展示会ではそうは書かれていませんでしたが、ずいぶんと影響を受けていると思うのですが。
「大学」では、こう書かれてあります。「古之欲明明德於天下者,先治其國;欲治其國者,先齊其家;欲齊其家者,先修其身」昔から、天下に明徳を明らかにしようとする者(自らの徳で人民に影響し、天下に太平の世をもたらそうとするもの)は、まず、その国を治めようとした。その国を治めようとする者は、まず、自分の家庭を和合させようとした。家庭を和合しようとする者は、自分自身の徳を深め、修養しようとしたのです。
そして、二宮金次郎が薪を背負って読んでいる書物である「大学」の開いているページには、こう書かれてあります。「一家仁,一國興仁;一家讓,一國興讓;一人貪戾,一國作亂。其機如此。」(一家仁なれば一国仁に興り、一家譲なれば一国譲に興り、一人貪戻なれば一国乱を作す。その機かくのごとし。)」どちらにしても、国を憂えるのであれば、自分自身がきちんと徳を積まなければならないことを言っています。
「大学」の昨日書いた最初の文章の続きにはこうあります。「知止而後有定,定而後能靜,靜而後能安,安而後能慮,慮而後能得。」至善に止まることが出来たら、そののち志は決まってくるものです。そして、その志が決まってきたら、心の動揺はなくなります。そのような静かな心境ののち、どんな状況下でも安定してきます。それは、安定してこそ思慮をめぐらすことが出来るのです。そして、思慮をめぐらすことが出来て初めて様々な能力がついてくるのです。幼稚園教育要領の中で「幼児は安定した情緒の下で自己を十分に発揮することにより発達に必要な体験を得ていくものであること」と書かれてあることと同じことを言っています。
では、どうしたら自らの徳性を高めることが出来るのでしょうか。「大学」には、こう書かれてあります。「欲修其身者,先正其心;欲正其心者,先誠其意;欲誠其意者,先致其知,致知在格物。」自らの徳を高めるためには、まず、心を正しくしようとしなければならない。心正しくあろうとする者は、心の働きに少しの邪心も入り込まないようにし、誠を持っていなければならない。そのためには、判断力を磨くことをし、更に物事の道理を極めようとしなければならないのです。ここで言う「身を修める」ということが「終身」であり、今で言う「道徳」なのです。この道徳は、教科として教わることでもなく、命令されてそのようにやることではなく、自ら自分自身を磨くことなのです。それが、幼稚園教育要領に書かれてあるように、「幼児の主体的な活動を促し」であり、「 幼児の自発的な活動としての遊び」が行われなければならないことなのです。
そして、ここでいう心を正しくしようとするものが、「意を誠にする」ことが「誠意」なのです。そして、「正心誠意」であることが「格物致知」につながっていきます。そういえば、以前、食育についての記事を紹介したことがあったのですが、それが掲載されていたのが「致知」という雑誌でした。
これに対して、陽明 は、天理である心の良知を致すのが「致知」であり、「格物」とは良知によって事象を正して理を得させる事だと「致知格物」を主張しました。儒教の特徴として「大学の8条目」である「格物」「致知」「誠意」「正心」「修身」「斉家」「治国」「平天下」は、その逆も成り立つとしているのです。
いつの時代であっても、指導者たるもの、人一倍徳を積み、自らの行動に誠意を貫くことが肝要だ。特に国の命運を担う政治家は、「大学」が教えるように、国を憂えるのであれば、自分自身の徳を積まないといけない。心の働きに少しの邪心も入り込まないように誠を持っていなければならない。昨日、小沢幹事長の疑惑解明のために強制捜査が行われた。法治国家の最高権力者が、政治資金規正法の抜け道をかいくぐって私腹を肥やした罪は重い。小沢さんには、今一度、心静かに論語を読み、権力主義的な生き方を反省することをすすめたい。
「大学」の「知止而後有定・・・」以下と「幼稚園教育要領」の「幼児は安定した情緒の下で・・・」と一致するとの指摘は興味深いですね。「修身」が「大学」より出るということを今回しっかりと理解したわけですが、この「修身」は第2次大戦後のわが国では戦中戦前の価値観として否定され代わりに「道徳」がその役目を引き継ぐようになりました。「四書五経」と言えど時代の制約をちゃんと受けることの証しです。それでも長い年月を経て今日に伝わる典籍には真実があります。個人が徳を高めなければ天下の安寧はありえず、また天下が安泰でなければ個人の幸福も有り得ない。時代が大きく転換しつつある今日、数千年の歴史をもつ古典籍に次の時代を作り上げていくヒントがある、ということが今回のブログを読むとわかります。
藤森先生のブログを毎晩楽しみに拝見し、時々僭越なコメントなどをついつい書いてしまう自分ですが、先生のブログの内容や書かれる皆様のコメントを拝見しておりますと、このような凄い方々に不肖出雲屋の名前や顔を覚えていただいていることだけでも本当に光栄に存じます。
いつも、勉強させていただきましてまことにありがとうございます。
難しい漢字がたくさん並んでいてクラクらしますが、なんとなく意味はわかります。個人の徳を深めなければ国は平和にはならず、国が平和でなければ個人の徳を高めることもできないということも分かります。でも私はどこまで行っても「個人の徳を高めなければ」その次はありえないという立場でありたいと思います。どんな大きなことも1つ1つ。集団が豊かになるのもまずは一人ひとり。そしてその始まりは自分。そう考えることでしか物事の解決はないように思っています。何事も自分次第、思い方次第ということを、久しぶりに思い出すことができました。
自分自身を高めるには、そう簡単に出来るものはありません。この事は分かっているつもりですが、ブログを読んでいて改めて思いました。ただ悶々と毎日を過ごすのでなく、せっかくならば多くの事を学び、成長したいと思います。今回のブログに自分自身を高める事が書いてありますが、自分なりに読み砕いて理解してみようと思います。