江戸時代の遊び

 西田知己さんの「寺子屋の楽しい勉強法」には、現代における教科と対比させて、寺子屋ではどんな勉強をしていたかを紹介しています。当時の「読み」「書き」「算盤」は今の国語や算数を学ぶことだろうとは想像がつきますが、理科や社会は何によって、どのように教えていたのかは想像つきません。逆に総合的学習は、寺子屋というよりも、昔の学問そのものという気がして、いろいろな学びは、総合的に行われていたのだろうと思います。この本の「はじめに」には、このように書かれてあります。
 「時代が違えば、教育の狙いや方針も異なります。その差は優劣で割りきれる話ではありませんが、現代の教育にも有益な先人の教えが読み取れるかもしれません。」
 この本の中で寺子屋の正月の意味を紹介しています。大きく二つあったようです。まず、江戸時代の正月はもちろん旧暦ですので、今の1月下旬から2月の中旬にかけて正月が来ます。その正月は、その字のごとく、「正に」ということは、物事のはじまりを表します。それは、最初の姿が正しいという考え方を伝える字で、堕落したり、脱線してしまったものを、元の姿に戻す時の理想が「正」ということです。ですから、寺子屋の教えとして、「正月は、今年1年のお手本となるような過ごし方を心がける月、笑顔を絶やさずに楽しく過ごすのが第1で、子どもは福笑いやカルタ取り、はねつきやコマ回し、凧上げなどに熱中しました。」と書かれてあります。
 正月の子どもの遊びには、昨日のブログの「なぞなぞ」同様、子ども集団の中で遊ぶもので、子どもたちは、手先や脳、運動能力をつけると同時に、遊ぶ中で社会を知っていったことでしょう。この本に書かれてある遊びのほかにも、江戸時代には様々な遊びがお正月に行われていたようです。特に、「貝合」「絵合」「花結び」「小鳥合」「十種香」「盤遊び」「縫物くらべ」など盛んに行われたようですが、これらの遊びは春の遊びとして平安時代から伝わってきたものです。しかも、これらは対戦型で、やはり一人遊びは少ないようです。
ブログに書いたと思いますが、凧にしても日本の凧は持ち手が必要になることで協力を知っていったと言われています。凧は、立春の空を仰ぐのは養生のためにいとして、盛んに揚げられ、より高く揚げるために工夫することも学んだと言われています。それに対して、外国の凧であるゲイラカイトは、一人で揚げることができ、より速く走ることが要求されます。一人で生き抜く力をつけるのです。
 そのほかにも、子どもの遊びには面白いだけでなく、意味がありました。明治になっていっぱんに正月の遊びとして定着した「福笑い」ですが、最近は、目隠しをして顔を作り、その出来上がりの顔が変なことを笑うのでよくないのではないかということで、やらなくなりましたが、私は、顔の目鼻、口、まゆ毛の位置や傾きで顔の表情が変わることを知るのによい教材だと思っていました。若いころ、子どもたちに絵画指導をしていたことがありましたが、目隠しはしませんでしたが、顔のパーツを子どもたちに動かせて、顔の表情を様々に変えた体験をさせたことがありました。そうすることによって、絵の中の人物に様々な表情をつけることを知ってもらったのです。
 有益な先人の教えを、今に有益なものとして受け取る力が欲しいものです。

江戸時代の遊び” への4件のコメント

  1. 今回の寺子屋の勉強法を読んでいて、フィンランドの理科の教科書の話を思い出しました。小学校の理科の教科書ですが、外へ自転車に乗って調べに行くことが多いため、まずは道路標識と自転車のギアのことがのっているとのことです。遊びの中で様々な力をつけ、そして社会を知っていった寺子屋の勉強法と似ている感じがします。目的のためにまっすぐな取り組みを行っている点は学ぶことが多いです。それにしても最後の一言「有益な先人の教えを、今に有益なものとして受け取る力が欲しいものです」は、とても心に響きました。こうした言葉を自分の言葉として使えるようになりたいものです。

  2. 昨日放送の「所さんの笑ってこらえて」の中で、イタリヤの女性犯罪学者が、所さんと明石家さんまさんの写真を見て、性格や職業まで当てたのにはびっくりしました。人間の顔には多くの情報が詰まっていて、その道のプロにはそれを分析して人間像を描くだけの観察力を持っているんですね。まあ、そこまでいかなくても、私たちは相手の顔の表情の変化に敏感でないと、うまくお付き合いができません。子どもの頃から、福笑いで顔の表情と心の変化を学ぶことは、人と関わる力を養うのにとてもいいと思います。

  3.  正月の遊びは今の子ども達にどれくらい定着しているのか気になります。これだけゲーム機が普及しているので、おそらくほとんどの子どもがゲームのような気がします。それも親子で楽しむ事ができるゲームだと思います。そう考えると、保育園に置いてあるカルタ取りやコマなどの遊びは、とても重要な気がしました。そして、凧揚げにしても、高く上げる為に色々と考える必要がありますし、福笑いも人の表情の変化というのも学ぶ事ができます。教科書や参考書で学ぶ事も大切ですが、やはり実際に体験から学ぶ事の方が身につきやすいと思います。

  4. 「正月は、今年1年のお手本」と引用されています。しかも「笑顔を絶やさずに楽しく過ごすのが第1」。なるほど、だから正月には楽しくなるさまざまな遊びがあってのですね。1年間笑顔を絶やさず楽しく過ごす。「一年の計は元旦にあり」と言われますが、この「一年の計」を「笑顔を絶やさずに楽しく過ごす」こととしてみたい、今回のブログを読みながらそんなことを思いました。子どもの頃お正月三が日には「百人一首」をして遊んでいました。叔母さんや従兄弟を交えての対戦ゲーム。きっかけは祖父の「小倉百人一首」。上の句、下の句を自然に覚えられました。やがて中学高校でも「百人一首」に古典の授業で触れることになりましたが、その味気なさときたら、30数年経った今日なお昨日のことのように思い起こされます。

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