江戸から現在

10月から産経新聞に「ちょっと江戸まで」というコラムを法政大学教授である田中優子さんが執筆しています。彼女は、今年の10月1日に『未来のための江戸学』(小学館)という本を出しています。私は、最近江戸時代の教育に、特に寺子屋、藩校、薩摩の郷中教育、会津の什教育などに関心があります。それは、その頃の教育は、明治に入っての日本人の外国にも劣らないエネルギーを生み出したことに、今に通じる何かがあるように思うからです。興味があります。また、江戸時代の教育だけでなく、環境問題、リサイクル、エコについても世界に誇る取り組みをしたことも評価されます。だからといって、江戸時代に戻るわけも行かず、また、教育の目的も時代で大きく変化していることもあり、私は江戸時代から100年進化させた今の日本のあるべき姿を作っていくべきであると思っています。いわゆる「温故知新」です。
コラムを書いている田中さんは、江戸文化を研究しながら「私たちの近現代は何を乗り越えたのか、あるいは何を克服しそこなったのか、とりわけ、何を捨て何を失ったのか」という問いを持ち続けているようです。そして、その研究の面白さをこう書いています。「過去の時代を知る面白さは、異なる価値観や美意識や奇妙な人間たちに出会う驚きの連続で、終わらない旅のようなものだ。戦後生まれの私にとって江戸時代は、どれだけ研究しても驚愕の異文化なのだ。しかし、江戸時代に驚いてばかりはいられなくなった。いったん江戸時代側に立って現代を眺めてみると、それもまた驚きの連続である。食料自給率39%という数字は多く見積もっての話で、飼料や種子や加工食品の原料のことを考えに入れると、米以外はほとんど自給できなくなっている。気候変動、テロ、伝染病、戦争、何が起きても日本人は飢餓に陥る可能性がある。江戸人から見ると、なんと不安な国なのだろうか。子供の貧困は進み、いざというときの受け皿となっていた共同体はもはやない。子供さえ孤立し、親からも他人からも助けてもらえない。江戸人から見ると、何と過酷な国だろうか。」
 最近、日本の貧困率の高さが話題になり、日本は豊かな国だ、私たちはみんな豊かだという幻想が打ち砕かれました。それに反して、世界の中でブランドに走る若者が多く、クリスマスは高級ホテルや高額ディナーショーがいっぱいになり、どこが貧困かと疑いたくなる人たちも多いようです。それは、「景気回復」が真っ先に叫ばれ、そのために節約をしないで、消費すべきだという「金を使えば豊かになる」という信仰が叫ばれていることの影響しているのかもしれません。そのことについて田中さんは「経済」という言葉は「経世済民」という意味であることから江戸時代の考え方を紹介しています。
 「江戸時代には、未来につなげたい考え方がいくつかある。そのひとつは「持続可能な豊かさ」である。「経世済民」という経済の理念を実現すべく、必要を満たしながらも配慮と節度をもって使いさえすれば、自然は永遠に持続可能な豊かさの源泉だった。質素倹約こそ、豊かさの基本なのである。貪欲と浪費はたちまち「貧しさ」に直結する。私たちの時代は、貧しさの直前まで来ている。もうひとつ未来につなげたいことは「因果関係」への鋭敏さである。今自分がおこなっていることや日々の生き方は、数年後数十年後にどういう結果となって現れるのだろうか。今が過去の結果であり、同時に未来の原因であるとすれば、今日をどのように生きるべきか。そういうことに意識的であれば、なりふりかまわぬ競争はできなくなり、勝ち負けはどうでもよくなる。大事なのは生き方だからだ。だからこそ、江戸時代は明治になって否定されたのだろう。」
 今の姿は、過去の教育の結果なのです。