インディペンデント

最近、何をきっかけか忘れましたが、このブログで福沢諭吉のことを書いていますが、どうもその話題から離れると、またその話題に戻ってしまうようなことに出会ってしまいます。
昨日、東京では1996年に公開されたアメリカ映画「インデペンデンス・デイ」がテレビで放映されていました。この映画は、アメリカ独立記念日を控えた7月2日、直径24キロにも及ぶ円盤型のUFOがニューヨーク・ロサンゼルス・ワシントンだけでなく、世界中の大都市上空にも出現し、それによる混乱に陥る中、アメリカ政府は交流を求めるためにUFOとの交信を試みますが、容赦ない攻撃を受けてしまうというSF映画です。この映画の題名である「インデペンデンス・デイ(Independence Day)」とは、アメリカ独立記念日のことを言い、1776年にアメリカ独立宣言が公布されたことを記念して、毎年7月4日に定められているアメリカ合衆国の祝日のひとつです。
この「Independence」というのは名詞ですが、「Independent」という形容詞があります。その意味を携帯電話にある辞書で調べてみると、1.独立の、自律的な:自主的な:自治の、2.他に影響されない:独自の、3.自活する:働かなくても暮らせるだけの(収入のある)とあります。この言葉を福沢諭吉はよく使いますし、この言葉に込められて思いが彼の思想の大きな部分です。その言葉をただの独立ではなく、「独立自尊」と訳しているのです。
福沢諭吉展に展示されていたものに様々な彼が使用していた印章があります。彼は、揮毫の際、落款印として用いた陽刻の印章ですが、それと対で用いた陰刻の印章には「三十一谷人」と書かれてあります。
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当時の有力者がこぞって雅号というものを虚飾的な風流として、また一種の権威主義として用いていましたが、諭吉はこれを嫌って雅号は持ちませんでした。代わりに最初のころは、「諭吉」をもじった「雪池」の語を雅号のように用いていました。その語を落款印にも刻み使っていました。その後、「三十一谷人」の語を用いるようになります。この言葉の意味は、「是れは谷にも山にも地名などに縁あるに非ず。三十一を一字にすれば世の字にして、谷人の人を偏にして左右に並ぶれば俗の字となるが故に、則ち世俗の意を寓したるもの」と「福沢諭吉全集緒言」にその意味を説明しています。なるほどなあと思いますね。そして、そのことは、遠縁に当たる漢学者であった高谷龍洲と文章談をしている中で思いついたと記されています。
つまり「三十一谷人」という語は、当時の知識人たちがこぞって官職を求めた中で、無位無官を通して世俗にて「独立」した存在でいようとする、まさに彼の生き様の精神を表し、まさにこれが「独立」なのです。独立した個人を大切にし、権威におもねず、日本をいかに近代化するかという精神ということなのでしょう。
 また、諭吉が2人の息子に書き与えた、徳義や知識を教えるために小話集「ひゞのをしへ(日々の教え)」も展示されていました。
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展示されていた資料10月16日の部分に「子供とて、いつまでもこどもたるべきにあらず。おいおいはせいちょうして、一人前の男となるものなれば、稚きときより、なるたけ人のせわにならぬよう、自分にてうがいをし、かおをあらい、きものもひとりにてき、たびもひとりにてはくよう、そのほかすべて、じぶんにてできることは、じぶんにてするがよし。これを西洋のことばにて、インヂペンデントという。インヂペンデントとは、独立ともうすことなり。どくりつとは、ひとりだちして、他人の世話にならぬことなり。」
 どうも、彼の言う「独立」とは、自立、自主的、自律的という意味合いが強いようです。