長崎と諭吉

 今朝の長崎は、雪が降っていました。真っ白にはなりませんでしたが、うっすらと街が白くなっていました。そんな長崎での食べ物と言って思い出すものは、もちろん「ちゃんぽん」「皿うどん」ですが、最近若い人の間でそれを上回る人気のある食べのものが、以前ブログにも書いた「トルコライス」です。このトルコライスは、最近は全国各地で出され、神戸が発祥であると言われるように神戸でも食べられているようです。この人気メニューは、ドライカレー(またはピラフ・チャーハン)、トンカツ(またはチキンカツ等の肉)、スパゲティ(ナポリタンである事が多い)、場合によってはこれにサラダが付くと言うように、嫌いな人はいないだろうと思われる人気メニューを、一つの皿の上に所狭しと乗せたまさに「大人用お子様ランチ」です。長崎のある喫茶店から発祥し、各地に伝わっていったと言われていますがその名前の由来同様、発祥もはっきりしないようです。名前の由来がさまざまある中で、一つの有力な説が、「カレー」「トンカツ」「スパゲティ」という料理がある国の位置から、それらの中間にある「トルコ」が名前の由来であるという説です。
 もうひとつの説は、意外ですが福沢諭吉が関係しています。彼が創刊した新聞に「時事新報」というのがありました。その紙面で、「何にしようね」という料理コーナーが連載されていました。この連載は、日本の食卓に諸外国の味付けが広く取り入れられはじめられたころに、諸外国に追い付け追い越せという風潮の中、近代化をめざして急激に世の中が変化していた当時の様子が、食の面からうかがえます。その新聞の明治26年10月21日付に「土耳古(とるこ)めし」のレシピが掲載されています。そこからトルコライスと呼ぶようになった説があるのです。しかし、その内容は、大分違うようです。記事の土耳古めしレシピには、
「先づ鶏か牛肉にてソップを取り置き此ソップにあっさり鹽味(しほあぢ)を附け之を水に代用して飯を焚く可し、飯の焚ける前、別に鍋を掛け置きてバタをぢりぢりと底一面に煎り散らし、焚けると直ぐに飯を其中に入れて充分に掻廻はしバタのまんべんなく廻りたるを見て之を御鉢に移す可しバタ餘り多ければしつこき故其所らが手加減の肝要なる所なり少し鹽味を含む上に其味ひ云ふばかりなければ別におカヅが入らぬ程にて香の物か前號鳥めしに用ひしかけつゆ位にて事足るべし」
 これは、鶏肉(または牛肉)のスープで炊きあげたバターライスのことのようです。このメニューは、明治時代の小説「食道楽」(村井弦斎)にも記述があるようで、当時それなりに知られていた食べ物のようです。2001年に、ワニマガジン社からこの「時事新報」の「何にしようね」という料理コーナーが「福沢諭吉の「何にしようか」?100年目の晩ごはんレシピ集?」という、復刻料理として写真付きで紹介した本が発刊されています。
 「長崎」と「福沢諭吉」というキーワードで、まさかトルコライスが出てくるとは思いませんでした。