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2009年11月19日 地域を知る

住宅街

 私の園がある下落合は、JR山手線の高田馬場駅の近くですが、この駅にはもうひとつの路線、西武線が走っています。その沿線には、西武球場があるのですが、西武と言えば、堤一族が浮かびます。堤康次郎は、滋賀県出身で、大正9年(1920)箱根土地(国土開発の前身)を設立する一方、鉄道事業にも乗り出し、土地開発・観光・ホテル・流通・レジャーなどの都市型第三次産業を展開する西武コンツェルンを築いた人として有名です。
 彼は、早稲田大学に在学中に、下落合に下宿していました。卒業後も、下落合の女性と結婚し、引き続き下落合に住んでいました。そして、下落合の住宅化に伴う土地の上昇に目をつけます。そして、資産運用のために土地の買収に乗り出したのです。そして、この地の大地主であった宇田川家から土地を買い上げ、「目白文化村」の分譲を始めるのです。それが、1922年(大正11年)でした。彼は、最初に箱根の強羅、仙石原と買収していったので、「箱根土地」という会社を立ち上げたのですが、その後軽井沢と買収していきます。そして、この設立と同時に、機関銀行として目白駅前の高田農相銀行を乗っ取りました。そして、本社を落合村上落合に持ちますが、目白文化村を開発する過程で文化村内の下落合(今は、中落合)に移転しています。
 話は突然変わりますが、ブログでもよく取り上げる「地産地消」という言葉を最近よく見かけます。その地域でとれた産物はその地域で消費しようという考え方です。それは、その地でとれた特に農産物は、その地方の気候、風土の中で育っているので、その地方の生活に適した効用を与えるのです。南方で育った果物は、熱くなった体を冷やす役目があるように、夏にとれる胡瓜も体を冷やす役目があります。同じように、私は「地産地活」ということを提案しています。その地域で育った人材は、その地域で活躍してもらおうという考え方です。やはり、その地域の風土が人を育てるために、その地域で生かされてくるのだと思います。それが、いつの間にか、都会に出て活躍するのが出世のように思い、しかも、そこでサラリーマンになるのがいいかのような教育をしすぎている気がします。いつか都会に出てきて、そこで職を得、そこに土地を求め、家を建て、家族を持つのが夢のように思わされてきました。人は、それぞれの違いを認め、それぞれの場で活躍することによって、社会を形成するものです。それがどうしてこのような社会になっていったのかを考えるためには、江戸から明治、大正、昭和とどのような土地に対する考え方か、どのように開発されていったのかを知るために、その特徴的な園の周りの下落合という場所から考えてみようとしたのです。
 まず、「目白文化村」を見ていく前に、江戸の町について考えてみました。ある人から、私と同じ名字の藤森照信氏の「落合における高級住宅街の成立」という切り抜きと、中島明子さんから、彼女と野田正穂氏との共著である「目白文化村」(日本経済評論社)という書籍をいただきました。それらによると、江戸時代の住宅地は、どのような封建都市も武士と町人(商人と職人)の居住地を分ける身分地域制を住政策の大本にしていました。その分け方は、ふつうは人為的に線を引く形であったのが、江戸だけは立地の特徴から、山の手台地には武家地が置かれ、下町低地には町民地が配されています。つまり、山の手方面には、江戸のサラリーマン階級とも言うべき武士のために、庭付きの住居併用住宅が発達し、下町方面には、商人と職人のために、棟の接した店舗併用住宅が発達します。土地の高低により住む人の職種が違い、また、住宅の様子も違っていたのが江戸の特徴だと言います。
 このイメージが、東京ではまだ残っているようです。

投稿者 fujimori : 2009年11月19日 22:10

コメント

吉幾三の「おら、こんな村いやだぁ~」ではありませんが、華やかな都会暮らしに憧れて、大学時代を東京で暮らしました。一旦、田舎は捨てたつもりが、仕事に行き詰って夢破れて故郷に舞い戻ってきました。もう昔の夢は忘れました(笑)。「地産地活」-とっても励まされる言葉を教えていただきました。中央集権から地方分権へと変化していく今、とても大事なことですね。自分のように都会を知っている田舎人が、この土地の発展に何か貢献できるかもと思ってしまいました。それに、このブログで藤森先生から全国各地の街づくりの事例を教えていただいています。これは本当にためになる!よし、市会議員に立候補しようかな(嘘です)

投稿者 yamaya49 : 2009年11月20日 17:28

地域の歴史を取り上げられている理由がよくわかりました。また、「地産地活」という言葉から大きな課題をいただいたように感じています。このブログからはいつもいろんな気づきや課題をもらっています。何度も何度も読み返し自分の立場に置き換えて考えていると、自分に足りないものが次々と見えてきます。今回は特に大きく足りないものが見えました。ありがとうございます。

投稿者 あいやま : 2009年11月20日 21:43

私が大学院の学生であった頃、西武ライオンズのリーグ優勝とか日本一とか兎に角「西武ライオンズ」が一世を風靡していた感があります。清原選手や工藤投手の活躍がめざましかったですね。そしてその頃父とともに箱根散策の機会が何度かありそのとき「何故この箱根の地に西武ライオンズグッズ?」と疑問に思っていたことを思い出しました。そして20年後今、その問題が氷解しました。西武の堤家の会社が「箱根土地」!現在でも西武鉄道を利用したり西武百貨店を利用したりしていますが、1980年代バブルの頃の勢い、雰囲気が感じられなくなりましたね。栄枯盛衰。これも世の移り変わりというものでしょうね。さて、今日も「山の手台地」を家族で散歩し坂を下って帰宅しました。山の手台地の豪邸群と車庫に停められている外車の数々。「江戸の特徴・・・」とは言い得て妙。

投稿者 toshi1003 : 2009年11月20日 23:21

 「地産地活」という言葉は大切な事です。正直私も地元を離れている身分のために、人のことは言えませんが…。ただ地元に残って働く事で、井の中の蛙になってしまいそうで、どうも変な抵抗を持っていました。しかし、藤森先生の言われるとおり地域の風土が、地域に合った人材を育て、そしてその地域で活躍でき、地域の活性化につながると思いました。確かに、いつからか東京に出てサラリーマンで働く事が目標になってきた気がします。

投稿者 Sasuke : 2009年11月22日 18:22

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